僕はもう一度 ジョングギをぎゅうっと抱き締めた。
だって 僕の今の顔 見せたくなかったから。
目を瞑って 自分の心を落ち着かせるように 静かに深呼吸を繰り返していると、 ジョングギが突然咳き込み始めた。
ジョングク
ジョングギ…また痩せたような気がする。
トントンと優しく背中をさする。 背骨の感覚が…不気味なほどに僕の手に伝わった。
ホソク
ジョングク
ホソク
ジョングギから体を離して 小さくて細い手を握ると ジョングギは血色の悪い顔を 破顔させて言った。
ジョングク
その言葉に 僕は引き攣りながらも 精一杯の笑顔を見せる。
ホソク
ジョングギはその言葉に 少し不思議そうな顔をしていたけど 深く追求することはなかった。
ジョングギが、 こんなにも嬉しそうにしてるなら 自分は…これからどうするべきなのかなんて
その答えは、もう…ひとつしかなかった。
病院から出た僕は 当てもなく ふらふらと歩みを進める。
頭の中をぐるぐると回っているのは さっきジョングギと交わした会話だ。
僕の母親と、ナムジュンが ふたりで 明洞で ジョングギの服を買いに行ったらしい。
ホソク
あのふたりが ただ服だけを買いに 明洞まで 行くわけがないだろう。
ホソク
その先を考えたら いけない。
まぁ、考えなくても 分かってしまうんだけど。
あいつらは、僕の気持ちなんて知らずに 今でも 仲良しこよし、してる訳だ。
ふるふると肩が震え始め その場で立ち止まった。
ホソク
人目も憚らずに 込み上げてくる笑いを抑えきれず 声をあげて笑った。
なんの笑いかなんて どうでも良い。
もう、笑わないと 自分を保てない気がした。
途中で何度か 息の仕方がわからなくなりつつも 馬鹿みたいに笑った。
訝しげに見てくる周りの人の視線にすら 笑えてくる。
ホソク
笑いすぎて流れた涙だと思ったら それは止まってはくれなくて
今度はしゃくりあげながら 僕はその場で泣いていた。
今、頭の中にある よく分からない感情も
思い出したくもない記憶も
僕の体の中に出された あいつの汚いモノも
この涙も
全部全部、この吐き気と共に 体の外に出して 消えてなくなってしまえばいいのに。
これから、どうしよう。 逃げる道を選べるんだとしたら いっそのこと 病院に戻って、その屋上から、飛び降りようか。
そんな事を考えていると ポケットにあるスマホが着信を知らせた。
ああ、そういえば。
ふと、僕が夜中に帰ってきた時に来てたカトクを まだ見てなかった事に気づく。
涙で濡れた頬を風が撫でて ひんやりとした冷たさを感じると同時に 徐々に冷えていく頭。
スマホを開こうとポケットに伸ばした手のひらには 爪が食い込んだ深い跡がついてて 若干の血が滲んでいた。
いつの間にか無意識に 強く手を握り込んでいたみたいだ。
シャツの裾で手を拭ってから ポケットからスマホを取り出して開いた。
今来たカトクはスジンから。 少し前にはジンヒョンからも来ている。
そして、夜中に来てたカトクは
ホソク
ジミンからだった。 その名前に、真っ先に指が動く。
短いメッセージが2件。 屋上で言ったこと…って、
…そうだ。
助けてあげる、って 言ってた。
辛くなって、疲れちゃったら… 俺のところにおいでって ジミン、言ってた。
ホソク
本当に 助けてくれるのかなんて わからない。
でも、今は そんなに信用のなかったはずのジミンの その言葉を思い出して 藁にもすがる思いで返信した。
『今どこにいる?』
もう、誰でも良い。
助けて、
誰か…助けて。
ジミンからの返信はすぐに来た。
僕はそのメッセージを見て 覚束ない足取りで ジミンのいる、学校へと歩き始めた。
1年E組の教室へやって来た僕を見て 教室内がざわつき出す。 僕のクラスよりもさらに、ここはガラが悪い。
ジミンは 僕が立っている教室の入り口まで来ると 僕の手を取った。
ジミン
ジミンに手を引かれるがまま ぼんやりと歩き始めた僕は気づいてなかった。
ジミンとは学年が違うはずのナムジュンが なぜかE組にいて
ジミンと去っていく僕の後ろ姿を 机に頬杖をついて 微笑みながら見ていた事に。
ジミンが僕の手に指を絡めてきて そこで僕は初めて 自分達が今、学校の外を歩いてる事に気づいた。
辺りを見回す。 住宅街は閑散としていて 僕達以外は、人ひとり歩いていなかった。
僕が立ち止まると ジミンも立ち止まって 振り返って僕を見た。
ジミン
ホソク
ジミン
ホソク
ジミン
ホソク
ジミンの柔和な顔からは 言っている事の真意がわからない。
これから ジミンの家に、行くの…? なんで…?
それに、バレたら、って。 どういうこと。
自ら助けを求めたくせに 今更… たくさんの疑問がふつふつと沸き上がってきた。
ホソク
僕の不安げな声を聞いたジミンは 絡めていた指に力を込めた。 まるで、 離さないとでも言っているかのように。
後退りすら、出来なかった。
なんで、こんなに胸騒ぎがするのか。
ジミンは 僕を助けてあげるって、 言ってくれた人なのに。
ジミン
この人は、今から 僕を助けてくれようとしてるのに…。
ジミン
なんでこんなに、 胸騒ぎがするんだ。
ジミンから漂う 甘い匂い。
この匂いがさらに 胸騒ぎと、不安感に 拍車をかける。
ジミンの家は、 三階建ての 至って普通の家だった。
そう、至って、普通。
三階にある ジミンの、部屋以外は。
ホソク
ジミン
扉を開けると 鼻をつく キツい匂い。
ジミンから香る あの甘い匂いを限界まで濃縮したような。 それにハーブのような すーっとした匂いも混じってる。
甘すぎて、空気が重い。 気持ち悪くなる。
そして、目につくのは やたらと存在感を放っている 部屋の端に置いてある、 黒くて長方形のテントのような物。 幅は1.5メートルぐらいで、 高さはジミンの背丈ほどある。
そのテントの側面にある 透明な窓から見え隠れする あの緑の、葉っぱ。
それに、部屋の至る所に置いてある 袋やガラス瓶。 その中にある、枯れ草のような物。
ジミン
部屋の前で突っ立って なかなか中に入ろうとしない僕の背中を ジミンが優しく押してくるから 僕は この部屋へと足を踏み入れてしまった。
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