コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
糸上このか
糸上みのり
糸上このか
糸上このか
ふと思い出したことを伝えたくて、私がお姉ちゃん の方を振り返った瞬間――。
糸上みのり
た。 お姉ちゃんが私の身体を思いっきり突き飛ばし 何が起きたのか理解できなかった。ただ何かが壊 れたような音と、耳を劈くような悲鳴が聞こえた。
糸上このか
糸上このか
身体を起こすと、そこには壁にめり込むようにし てぶつかったトラックと。
血を流して倒れる、お姉ちゃんの姿があった。
なかなか梅雨が訪れない六月。窓の外では太陽が 夏を思わせるような日差しをこちらに向けている。 手元にある文庫本を読みたいのに眩しくて読みづら い。カーテンを閉めればいいのかもしれないけれ ど。
糸上このか
休み時間ということもあり、教室の中は賑やか だ。中間テストも終わり、クラスメイトは解放感に 溢れているのか騒々しい。私の周り以外は。 まるで見えない壁でもあるかのように、私の周り だけ静寂に包まれていた。なら、私が何かをしても 誰も気にしないでくれればいいのに、少しでも動こ うものならば途端にみんなこちらに視線を向ける。
糸上このか
静かに本を読めればそれでいい。こうやって誰に も干渉されず、誰にも邪魔されず。はらりと落ちて きた前髪をそっと横に分ける。いい加減切らなけれ ばと思うけれど、美容院に行くのは苦手だった。以 前ショートボブほどまでに切りそろえた髪も、そろ そろ肩につきそうだった。
クラスメイト1
どこからか、お姉ちゃんである糸上みのりの名前 が聞こえてきた。その瞬間、あったはずの見えない 壁は悠々と突き破られ、声が視線が私に向けられる のがわかった。
クラスメイト2
クラスメイト1
クラスメイト2
クラスメイト1
どうやらお姉ちゃんと駅前のカフェで偶然遭遇し たらしい。そういえば、昨日は帰ってくるのが少し 遅かった気がしたけれど、カフェに行っていたから だったのか。
クラスメイト1
クラスメイト2
その言葉に棘と悪意を感じたけれどどうでもよか った。だってその通りだから。実際に、私とお姉ち ゃんは正反対だ。明るくて前向きで誰にでも愛され るお姉ちゃんと違って、私は内向的だしすぐウジウ するし、何より人と話すのが苦手だ。
クラスメイト1
クラスメイト2
おかしそうにケタケタと笑うクラスメイトを尻目 に、私は読んでいた文庫本を閉じた。本当なら彼女 たちの言う通り、自分のことを恥ずかしく思うべき なのかも知れない。コンプレックスに感じるべきな のかもしれない。 なんでもできるお姉ちゃんをうらやんだり、ねたん だりすれば少しは気持ちが晴れるのかもしれない。 でも――そんなふうに思ったことは一度もない。だ って、私はお姉ちゃんのことが大好きだから。 二つ上、高校一年生。自慢のお姉ちゃんであるみ のりは、私と違って人気者で、中等部にもファンが 多い。陸上部のエースで、中等部の時には生徒会副 会長も務めていた。美人で明るくて誰とでも屈託な く喋る。人気者にならないわけがなかった。
クラスメイト3
糸上このか
閉じた文庫本を見つめていた私は、不意に名前を 呼ばれて思わず視線を上げる。そこには別のクラス の――名前も覚えていない同級生の姿があった。
糸上このか
挙動不審になっているのを隠そうとすると、どう して余計に不自然になるのだろうか。どもりながら 返事をすると、その子は笑みを浮かべながらぐいぐ いとこちらに近寄ってきた。
クラスメイト3
糸上このか
そんな話をお姉ちゃんから聞いたことがなかった 私は、思わず口ごもってしまう。そういえば最近機 嫌が良かったけれど、彼氏ができたからなのだろう か。でもだとしたら私に言ってくれるはずだし、そ うじゃないなら・・・・・・。 頭の中でグルグルと考えているうちに、話しかけ てきた子は苛立ったように語気を強めて言った。
糸上このか
クラスメイト3
糸上このか
クラスメイト3
私が何か言葉を発するよりも早く、その人は怒っ たように教室から出て行く。廊下で待っていたらし い他の生徒に「マジで意味わかんないんだけど!」 と、愚痴っているのが聞こえてくる。
糸上このか
私は思わずため息を吐いた。あんなふうに話しか けられるのは中等部に入学して以来だった。 中等部に入学した当初は、お姉ちゃんの話を聞き たい子たちが私の周りに集まってきた。家ではどん なことをしているのか、趣味は何か、はたまた使っ ているシャンプーはどこのメーカーなのか、まで。 聞かれたことに答えなきゃ、でも勝手に答えても いいのだろうか。そんなことを考えているうちにみ んな痺れを切らして去って行ってしまった 本当ならお姉ちゃんの話題をきっかけに友達を作 れたらよかったのだろうけれど、明るくて誰とでも 仲良くなれるお姉ちゃんとは違い、私は人と話すの が苦手だ。誰かと話すぐらいなら本を読んでいたほ うが楽しいとさえ思える。今の環境に不満はない。 でもほんの少しだけ、お姉ちゃんのように振る舞え ない自分が嫌いだった。 放課後、机の中身を鞄に入れると私は席を立っ た。早くしないと、きっと――。
糸上みのり
糸上このか
学校で私の名前を呼ぶ人はいない。たった一人しかいない。 声のした方に視線を向けると、そこには――満面 の笑みを浮かべるお姉ちゃんの姿があった。
糸上みのり