期限付きの恋心

🍮『作戦名:ミュート•オペレーション』🌷

いつもならテンションがちょっと上がる、おやつの時間。 でも、今日の僕はそれどころじゃなかった。

テーブルの上に並ぶのは、ブドウゼリーとプリン。 それと、僕とえとさんの真剣な顔。

ふたりで病室あるあるをぶつけ合いながら、 作戦をノートにメモしはじめる。

作戦案その１:オルゴール作戦 癒やしのBGMで静かな空間をアピールし、爆音王に罪悪感を与える。

作戦案その2:心理戦 『最近音量いい感じですね～』ってナチュラルに褒めて、 “俺、そんなにうるさかった？”と自覚させる作戦。

作戦案その3:なかよし大作戦 余ったゼリーを持って行って、優しく接近 『イヤホンのほうが音きれいですよ～』って布教活動。

真剣にふざけて、真面目にくだらないこと考える。 こういうの、高校生だからこそ楽しいのかもしれない。

笑いながら、残すゼリーをすくって、ちょっと落ち着いた声で言った

その“ちょっとだけ”が、いちばん僕を救ってくれるんだよな。 今夜の爆音がどれだけひどくても、たぶんえとさんと繋がってれば、 ちゃんと寝られる気がする。

作戦:ミュート•オペレーション。 目指すのは静かな夜じゃなくてーー 君が安心して眠れる夜

📌『作戦決行日:プリンとイヤホンと、僕らの作戦』

作戦は、おやつの時間に実行するのがベスト。 ターゲットである爆音王ーー 僕らの向かいの病室に入っている、おじいちゃん患者さんは、 午後３時前になるとよく廊下をうろうろしている。

つまり、接触チャンスあり。

えとさんは普段クールに見えるけど、 本番が近づくとちょっとだけドキドキが表情にでる

それが僕にはなんか、無敵にかわいく見えた。

廊下で出くわしたタイミングで、えとさんが自然に声をかける。 爆音王は最初ちょっとびっくりした顔をしたけど、にっこり笑って、 ありがたそうにプリンを受け取ってくれた

その後ちょっとだけたち話。 えとさんがさりげなく、「夜テレビ観るんですか？」と話題を振ると

チャンス到来。 僕が自然なふりをして口を挟む。

……作戦、成功？ えとさんと顔を見合わせて、こっそり ガッツポーズを交わす。

その夜。 爆音王の部屋から、聞き慣れたドカン！という音が流れた……かと思ったら。 次の瞬間、音がすぅっと下がっていった。

その夜は久々に静かだった。 寝る前にえとさんから来たLINEには、短くこう書かれていた

こうして、 プリンとえとさんと、ちょっとした勇気で成り立った“静かな夜”。 作戦名はもう決まってる。 『仲良し作戦•第一弾、成功。』

もちろん、第二弾も、きっとふたりでやるんだろうな。

🌻『ひと夏の、黙った約束』

診察室のエアコンが少し強すぎて、腕が冷たくなっているのがわかる。 先生の声はいつも通り穏やかだったのに、なぜか今日だけは、心臓がそれを拒否した。

時間が、止まった。 先生は言葉を選んでたと思う。 でもそれが、返ってはっきりと聞こえてしまって。

頭の中に、「あと一年」って文字が、 まるでスクリーンに泣きついたみたいに残ってた。

診察室を出て、エレベーターに乗って、 病棟の自分の部屋に戻るまでの記憶が曖昧だった。 気がついたら、ベッドの上で、膝を抱えていた。

ぽつりと、声が漏れる。 そんなに驚いた顔をしてなかったと思う。 たぶん、うすうす感じてたから。

けど、数字として突きつけられるとーー 急に世界の音が遠くなるんだね。

隣の部屋から、なおきりさんの声がした。 その瞬間だけ、胸がきゅっとなった。

呼ばれたことが嬉しい。 でも、顔を合わせるのが、ちょっと怖い。 だってーー彼も、同じことを言われてるはずだから。

ドアの向こうで、なおきりさんのからかうような声が続いてる。 その声に、笑い返したい。ドアを開けて、「うるさいよ～」って言いに行きたい。

けど、心の奥に重たい石が沈んでて、 足が動かなかった。

私はまだ、言えない。 「私もだよ」って、笑って言えるほど強くない。 なおきりさんの優しさに、甘えたくなってしまう自分も、　 泣きたくなる自分も、今は見せたくない。

だから私は、笑ったふりをして、ドアを開けた。

ほんとは…怖い。 でも、こうやって笑っていれば、今はまだ“ふつうの夏”でいられる。 なおきりさんが隣にいてくれるなら、少しくらい嘘をついても、 許される気がした。

心の奥にそっとしまった「1年」という言葉は、 きっと今はまだ、ふたりだけの“ひみつ”になる。

📒『言わなかった約束、言いそうになった日』

昼下がり。 カーテンの隙間から、ふわっと夏の光が差し込んでいる。 ベッドに寝そべったえとさんが、スマホを持ったまま、天井を ぼんやり見ていた。

僕は横の椅子に座って、文庫本を読みながら、えとさんの髪を指先で遊ぶ。

ふいにえとさんが、ぽつりと呟いた。

その声が、いつもより少しだけ、喉の奥で震えていた。

僕は、本をそっと閉じた。 カーテンの隙間から、風が一枚のページをめくっていく。

沈黙。 えとさんが、ゆっくり顔をこちらに向けた。

そう言って、えとさんはふっと笑った。 でも、目だけが笑っていなかった。

その言葉が、ぽつりと落ちた。 やっぱり。 わかってたけど、僕は声を出せなかった。

「わかるよ」

えとさんの目が、見開かれた。

ふたりとも、黙ってしまった。 病室の時計が、ひとつ、ふたつ、秒を刻む音がやけに大きく聞こえた。 えとさんが、ゆっくり起きあがる。

そして、 僕の胸に、そっと顔をうずめた。

声が震えて、 僕のシャツの胸元が、じんわり濡れていく

抱きしめた腕の中で、えとさんの肩が震えていた。 僕も、泣きそうだった。

でも泣いたら、えとさんがもっと泣いちゃいそうで。 だから、ぎゅっと抱きしめる力を強くした。 まるで、ふたりの残された時間まで、この腕の中に閉じ込めてしまいたいように。

ほんとは、もっとずっと一緒にいたい。 でも、それを願えば願うほど、涙が止まらなくなってしまう。

だから今日だけは、泣かせてほしかった。