ナギサ
■不在着信■
ナギサ
ヒカリ!今どこにいるの?早く帰って来なさい!
ヒカリ
お母さん…もう、私家に帰りたくない
ナギサ
何言ってるの?どうしてよ!
ヒカリ
私、出て行ったお父さんの日記、見ちゃったんだ
ヒカリ
『ヒカリは俺とは血が繋がってなかった。托卵されていたんだ』って…
ナギサ
えっ、そんな…それを見てしまったの?
ヒカリ
そう。読んだ瞬間にね、記憶の扉が開いたの
ヒカリ
優しかったお父さんが急に私に冷たくなって、『お前は俺の子じゃない』って言ったことも、
ヒカリ
お父さんとお母さんが離婚する、しないって毎日喧嘩してたことも…
ヒカリ
お母さんがお父さんに背中を殴られたことも…
ヒカリ
あの時の私は何もわからなくて、お母さんが可哀想って味方してたけど、
ヒカリ
お母さん、托卵してたんだ…ということは、浮気してお父さんを裏切ってたんだね
ヒカリ
最低だよ
ナギサ
待って誤解よ!違うのよ!私は浮気なんかしてない!
ヒカリ
じゃあお父さんの書いてたことは間違いだっていうの!?
ナギサ
それは、間違いじゃないけど…
ヒカリ
ほらやっぱり托卵してたんじゃん!
ヒカリ
私、よく遊んでくれるお父さんのことが大好きだったんだよ
ヒカリ
それなのに、私が実の子じゃなかったなんて…お父さんが可哀想だよ!
ヒカリ
私、もうお母さんと顔合わせたくない!
ナギサ
ヒカリ、話を聞きなさい!
ヒカリ
聞きたくないよ!お母さんからは何も!
ヒカリ
私、今日は家に帰らないから!
ナギサ
帰らないって、どこに泊まる気!?
ヒカリ
お母さんには関係ないでしょ!もうLINEブロックするから!
ナギサ
ヒカリ!!
~数時間後~
ヒカリ
ホノカ先生、夕食ごちそうさまです
ヒカリ
とてもおいしかったです
ホノカ
よかったわ。とりあえずカレーにしたけど、口に合わなかったらどうしようかと思ってたの
ヒカリ
いえ、カレーは大好物ですよ!
ヒカリ
本当にありがとうございます
ヒカリ
家に帰りたくない、って言ったら、何も聞くことなく泊めてくださることになって…
ホノカ
いいのよ。母子家庭でいつもお母さん想いのあなたがそういうってことは、
ホノカ
きっと深い事情があるんでしょう
ホノカ
なんなら、ずーっとここで暮らしてもいいのよ
ヒカリ
いえ、そういうわけにはいきません
ヒカリ
どうして先生は、そんなにいつも私のこと気にかけてくださるんですか?
ホノカ
そりゃあ、あなたは大事な生徒だもの。できることならなんでもするわ
ヒカリ
それだけじゃないですよね?
ヒカリ
友達にも、『ヒカリばっかり贔屓されてるじゃん』って言われました
ホノカ
そうなの?
ホノカ
他の子にもそう見えてたのね…
ヒカリ
どうしてですか?
ヒカリ
私なんか別に可愛くもないし、勉強も運動も、私よりできる子は沢山いるし、
ヒカリ
片親家庭の子だって、別に私だけじゃないですよね?
ヒカリ
それに、ずっと暮らしていいなんて、ちょっと普通の距離感じゃないですよ
ホノカ
…本当のことが知りたい?
ヒカリ
はい
ホノカ
私が、あなたの本当の母親だからよ
ヒカリ
…は!?
ヒカリ
いやいやw冗談きついですってww
ホノカ
信じないのも無理はないけど、本当なのよ
ホノカ
戸籍謄本を見せてもいいわ
ヒカリ
…え?ちょっと、本気ですか?
ヒカリ
だって、私の母親はずっと一緒に住んできた、ナギサって人ですよ!
ヒカリ
先生も知ってますよね!?
ホノカ
ヒカリ…あなた何も聞いてないのね
ホノカ
あの人は継母よ
ヒカリ
へ?
ホノカ
多分、あの人の再婚相手だと思うわ
ヒカリ
再婚相手って…つまり、どういうことですか!?
ホノカ
16年前、私は元夫との結婚後にヒカリを産んだの
ホノカ
でも、恥ずかしいことに他に恋人ができて、まだ赤ちゃんのあなたを置いて出て行ってしまった
ホノカ
運命の恋だ、なんて突っ走って
ホノカ
その後多分、あの人はナギサさんと子連れで再婚したんでしょうね
ヒカリ
嘘、そんな…じゃあお母さんは…
ホノカ
何も知らなかったのね。それなのに、ショックなことを聞かせてごめんなさい
ヒカリ
あの、私お父さんと血が繋がってなかったみたいなんです!
ヒカリ
先生が実のお母さんだとしたら、先生が…?
ホノカ
そうだったのね…確かにあの頃は、元夫とも恋人とも寝ていたから
ホノカ
あの人にもあなたにも、辛い思いをさせてしまっていたのね
ホノカ
私はね、あなたを捨てたことをずっと後悔していたの
ホノカ
恋人にも捨てられてどん底に落ちて、結局何も残らなかったから
ホノカ
色々あって、昔取った資格を活かして教師になって、
ホノカ
受け持った生徒の中にヒカリを見つけた時、衝撃が走ったわ
ホノカ
苗字は違ったけど、すぐに分かったの
ホノカ
あなたと話すうちに、元夫が再婚して何らかの理由で姿を消したのだと知った
ホノカ
もう親子じゃないんだから…そう言い聞かせても、
ホノカ
喜びに自分を抑えきれなかった
ホノカ
生徒達を平等に扱おうとしても、無意識のうちにあなたを贔屓してしまっていたんだと思う
ホノカ
でもね、一度でいいからあなたと同じ屋根の下で過ごしたかった
ホノカ
一度でいいから、私の作った食事を食べてほしかった
ホノカ
それが叶って、今すごく嬉しいの
ホノカ
今のお母さんと何があったのかは知らない
ホノカ
だけどできれば、出来るだけ長く、ここにいてほしい…
ヒカリ
先生…
ヒカリ
ごめんなさい。それでも、私のお母さんは、ずっと育ててくれたナギサだけです
ヒカリ
私、お母さんを誤解して酷いこと言っちゃったんです
ヒカリ
許してくれるかはわからないけど…一刻も早く、謝らなきゃいけないんです!
ヒカリ
だから、もう帰ります
ホノカ
そう…血の繋がりはなくても、いいお母さんに恵まれたのね
ヒカリ
はい
ヒカリ
あと、私ハッキリ言ってあなたには怒ってますからね!
ヒカリ
そもそも、私とお母さんの喧嘩の元凶はあなたなんです!
ヒカリ
お父さんの日記に『娘が托卵だった』なんて書いてあったから、
ヒカリ
お母さんが浮気したんだと思って、実母じゃないとも知らずに責めちゃったんですよ!
ホノカ
そうだったのね…ごめんなさい
ホノカ
元夫にもあなたにもナギサさんにも、辛い思いをさせてしまって…
ヒカリ
そうですよ!全部あなたが悪いんです!
ヒカリ
大体、托卵した挙句不倫して子供を置いて行くとか、最低にも程があります!軽蔑します!!
ヒカリ
それでいながら今更子供が惜しくなって、
ヒカリ
継母とのいさかいに付け込んで一緒に暮らそうとするとか…
ヒカリ
あまりにも自分勝手だし、虫が良すぎます!母親としても、人としても最低!!
ヒカリ
よくそれで教師なんかやってられますね!!
ホノカ
何も反論できないわ。その通りよ…
ヒカリ
もういいです。言いたいことはとりあえず一通り終わりましたから
ヒカリ
明日からは普通の教師と生徒の関係でお願いします
ヒカリ
じゃあ、帰りますね
ホノカ
待って。もう遅いから危ないわ。最後に家まで送っていかせて
ヒカリ
…わかりました
~翌日~
ヒカリ
お母さん、おはよう
ナギサ
おはようヒカリ。今日出勤早くてごめんね
ナギサ
朝ごはんは用意しといたから
ヒカリ
ありがとう
ナギサ
それにしても、昨日はすごかったわね
ナギサ
先生に送られて帰ってきた途端、私に抱き着いて赤ちゃんみたいにワンワン泣いてw
ヒカリ
もう、そういう言い方しないでよ
ヒカリ
…お母さん、何も聞かずに酷いこと言って、本当にごめんなさい
ナギサ
私こそ、本当の母親じゃないってこと黙っててごめんね
ナギサ
誤解された時に、もっと早く説明すればよかったんだけど、
ナギサ
私が実母じゃないって、言いたくなかったのよ
ナギサ
あなたを傷つけたくなくて…いいえ、これは言い訳ね
ナギサ
あなたとの間に距離ができるのが怖かった
ナギサ
それに、私が恨まれればそれでいいのかもしれない…と頭に過ぎってしまったの
ヒカリ
ううん。私、お母さんを恨んだままなんて嫌だった。本当のこと知れてよかったよ
ヒカリ
実はね、ホノカ先生が本当のお母さんだったんだって!
ナギサ
えっ!?あの人が?
ヒカリ
うん!凄い偶然でしょ!私も昨日家に行った後、初めて知ったの
ヒカリ
今更私のことが惜しくなったみたいで、一緒に暮らしたいとか言ってきたの
ヒカリ
でもやっぱり、私のお母さんはお母さんだけだし、
ヒカリ
お母さんが浮気するような人じゃなくて良かったと思ってる
ナギサ
ヒカリ…
ヒカリ
良かったら、お父さんとのことを詳しく聞かせてほしいの
ナギサ
わかった。15年くらい前にね、赤ちゃんのあなたを連れたお父さんと結婚したの
ナギサ
血は繋がってないけど、あなたのことがとても可愛くて、私達はすぐに幸せな家族になった
ナギサ
だけど、あなたが四歳の時に、あなたとお父さんに血の繋がりがないことがわかってしまった
ナギサ
お父さんは、『もうヒカリを愛せないし育てられない。施設に入れたい』って言いだした
ナギサ
だけど私はヒカリと離れたくなかった
ナギサ
『それなら離婚してもいい。私が一人でヒカリを育てるから』って
ナギサ
でもお父さんは離婚して私と離れるのを嫌がった
ナギサ
『お前にヒカリを押し付けて逃げたら申し訳ない。まるで前の妻と同じだ』とも言ってた
ナギサ
そのことで、毎日お父さんと喧嘩してたの
ヒカリ
お母さん…
ナギサ
お父さんは、私がヒカリを可愛がって離れるのを嫌がってるのを、
ナギサ
あてつけのように感じていたみたい
ナギサ
『私は血の繋がりのないヒカリをこんなに愛しているのに、
ナギサ
あなたはどうしてヒカリを愛せないの?』と言われてるように感じたんだって
ナギサ
そんなつもりなかったのに…
ナギサ
そしてある日、夫婦喧嘩を止めようとしたヒカリを、
ナギサ
『全部お前のせいだ!』って逆上したお父さんが殴ろうとした
ナギサ
私はとっさにヒカリの前に飛び出して、代わりに背中を殴られた
ナギサ
その後よ、お父さんが出て行ったのは。私に申し訳ないと思ったみたい
ヒカリ
お母さん…!
ヒカリ
ごめんなさい、お母さんは血の繋がらない私を守ってくれたのに、育ててくれたのに、
ヒカリ
酷いこと言ってごめんなさい!
ナギサ
もう、いいのよ
ナギサ
ホノカ先生は本当に自分勝手な人だけど、それでも、
ナギサ
あなたを産んでくれて、私と出会わせてくれたことだけは感謝してるわ
ヒカリ
うん…私も、お母さんに会えてよかった!
ヒカリ
お母さんがいなければ、私、どうなっていたか…
ナギサ
お父さんは…風の噂だと、遠い所でまた再婚して、新しく子供が生まれて、元気にしてるみたい
ヒカリ
そうなんだ。元気でいるといいね
ヒカリ
あと、お母さんあのね、今日の夕飯は私が作るから!
ヒカリ
家事も全部私がやるから!
ナギサ
ありがとう。でも、無理はしないでね
ヒカリ
うん!
~後日談~
ヒカリ
その後、学校に行くとホノカ先生は来ておらず、
ヒカリ
副担任が臨時で授業を行いました
ヒカリ
顔を合わせたくなかったので、少しホッとしましたが…
ヒカリ
そしてそのまま、ホノカ先生は学校を辞めてしまいました
ヒカリ
クラスの人達はざわつき、何人かが贔屓されていた私に
ヒカリ
何か知らないかと尋ねてきましたが、私は何も言いませんでした
ヒカリ
本当のことを知ったら、みんなどれほど驚くだろうと思いながら
ヒカリ
私と母は、本当の親子じゃないとわかってからも、
ヒカリ
変わらず仲良く暮らしています
ヒカリ
時々、自分が不倫によって生まれたという事実に苦しくなりますが、
ヒカリ
そんな自分でも愛してくれる母がいて、本当に良かったと思います