テラーノベル
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朝ほど吐き気がするときは無い。かといって一生夜でもいいのかと言われればそれも憂鬱だ。結局朝も夜も嫌なのだ。黒子を待つ彼は扉をジッと見ていたが、思ったより時間がかかっているため扉から目を離し、カメラへと移動させる。参加者達はポツポツ早起きしているが、まだ寝ている人数の方が多い。死亡遊戯の参加者は思ったよりタフらしい。
三日月 乃愛
黒子が来るまで彼は天井を無気力に眺めていると、遠くで音割れした女の叫び声が響いた。大声で頭が痛くなる体質の彼は小さく舌打ちをする。監視員じゃなく、ただの一般人で彼の監視者がいなければこの女を殴っているところだ。冗談だが本当にそのくらいの心持ちである。
三日月 乃愛
誰にも届かない独り言を呟いて慣れた手つきでカメラの明度を上げ、指向性マイクの感度を調整する。彼はヘッドホンを付けて監視を始めた。 カメラを操作し、女の叫び声がした『Aエリア』の映像に切り替えた。
…………その死亡遊戯が開始して5日が経過している。 会場となった高校の体育館には人数分のベッド代わりのマット…………そして赤黒い血が地面を、マットを汚していた。黒い血も赤黒い血もあったが、中にはまだ赤い綺麗な血もあった。まだ流れて間もないように思える。
…………誰かが、今さっき?
笹ヶ月 莉魔
美しい顔だった女性が顔にポタポタと涙を落とした。元有名アイドルグループのセンターである彼女だが、自慢の顔と髪は死亡遊戯級の地獄に成り果てていた。艶のあった髪はボサボサになり、手や顔には赤黒い血がこびりついている。態度にも当初の余裕は無くなっている。
新羅 胡桃
ヒステリックな笹ヶ月 莉魔(ササガツキ リマ)を慰めようとしているのは清楚系女子高校生の新羅 胡桃(にいら くるみ)。参加者の中では唯一血がついていない。彼女を守るように側に立つのは手に少量の鮮血がついた男子高校生の星見 空(ホシミ ソラ)。二人の胸元で揺れる月を模したネックレスはこの地獄で唯一の光であり場違いな明るい光だった。
高梨 慧紅
九十九 星羅
口々に意見するのは顔を裂くように血がこびりついた探偵、高梨 慧紅(タカナシ ケイコウ)と足に手の形の血がついている喫茶店の店長、九十九 星羅(ヤクモ セイラ)。慧紅は天を仰いで拳上げ、星羅は莉魔の顔色を伺うように下手に出ている。まるで食物連鎖だと彼は思う。よくもまあデスゲーム中に上下関係を気にする暇があるものだ。
笹ヶ月 莉魔
当の彼女は自分が悪者のように扱われるのが気に食わないようで、適度に茶髪に染めたロングヘアを手で弄んでいた。空は震えて薄ら涙を浮かべている胡桃に近寄り、手を絡ませて微笑んだ。それからは時々一言、二言話すばかりで会話は少なく、あまり進展は無かった。
三日月 乃愛
会ったこともない参加者らに向かって彼は呟いた。参加者に情を持っていると言えば聞こえはいいが、ストレスの捌け口にしているというのが本心だ。頭の中を駆け巡る怒りや空想であっても仲間がいる嫉妬、苦しみを消すように机を叩いた。その後、小さく舌打ちをして、秘密で持ち込んだ煙草を付けた。温かい。彼にとって唯一の「自分の命」を感じられる時間だった。
三日月 乃愛
息を吸って、吐く、吸って、吐く。白い息が消えていく。段々と気持ちが落ち着いてきた彼はそこら辺に転がっていた紙コップに少量の水を入れて煙草を漬けた。ジュッという音が聞こえたのを確認してそのままゴミ箱に放り投げる。金属製のゴミ箱が鈍く鳴ると同時に水が流れていく無情な音が静かな地獄に響いた。そのとき、扉が弱くキッチリ4回叩かれた。黒子だろうというのは考えずとも分かった。
三日月 乃愛
黒子
三日月 乃愛
勢いに任せてそんなことを黒子に言った彼はしまったというように視線を逸らした。つい本音が漏れてしまった。黒子が社長に報告したらどうしようかと彼の背筋に冷や汗が流れる。黒子は少し押し黙ったが、機械音の作動音が短く鳴った後、静かに判決を下した。
黒子
三日月 乃愛
黒子
いつもならすぐ出て行く黒子は今日に限って話が長かった。黒子と話している間も黒子とカメラを交互に見なければいけないため彼にとっては早く出て行ってほしいと思う他なかった。
黒子
やっとシフト制になった。今までは一人で24時間コンビニ状態で働いていた。正確には睡眠時間があったが、それでも一人の人間にはキツいことに変わりなかった。
三日月 乃愛
適当に返事をして監視カメラに集中しようと黒子から視線を逸らしたが、数秒遅れてこの環境に慣れすぎて狂った思考が現実に追いついた。
三日月 乃愛
黒子
三日月 乃愛
秒まで細かに伝えてくる淡々とした黒子の『有能さ』に堪忍袋の緒が切れた彼は思わず叫ぶ。ところが彼の心からの叫びを無視して黒子は続けた。
黒子
黒子はキッチリ90°のお辞儀をすると部屋から出て行った。
三日月 乃愛
黒子が悪魔に見えたため、黒く立派な角と羽が生えた黒子を想像した。あながち間違っていない。というかこの会社では角が生えている奴の方が『まとも』なのかもしれない。 彼は監視カメラを見て進展が無いのを確認すると頼んでいた白い紙を机に広げた。仕事の合間に絵を描きたかったのだ。
三日月 乃愛
…………手が勝手に動いていた。
黒ペンが紙の上を踊って絵が完成していた。人形のシルエットと腹であろう部分からまるで狼に腹を食いちぎられたかのように勢いよくインクの奔流が吹き出しているグロテスクな絵である。無意識に描いたにしては精密で、あまりに『慣れた』絵だった。
カラフルな色じゃないペンだったのが唯一の救いだったのか…………
黒子も、会社も、この死亡遊戯に参加している奴らもみんなみんな狂っていると思っていた。
自分だけが正常者なのだと。
しかし現実は違う。乃愛ももう狂っている。
気づきたくない現実に気付いてしまった狂人は、静かな地獄の中で彼の喉から零れ出た嗚咽と狂ったような笑い声だけを響かせていた。
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