私は、人間が言うところの、 「猫」というものらしい。 それに気づいたのは、生まれてから それほどたたないうちだった。
物心ついた時から、 野良として生きてきた。 そのおかげか、 人間によく食事を貰っていた。
いまでは、たいてい人間が 何を望んでいるかがわかる。 うまく媚びて、食事を貰う。 その日々の繰り返しは、 飢えることはないかもしれないが、 つまらなかった。
そんな時だった。 あの少女が現れたのは。
いつものように、 公園のベンチでくつろいでいると、 見慣れない少女が、 私の元へやってきた。
薄い肌色のひらひらとした服を着て、たったったと子供らしく駆けてくる。
少女
少女
うっとうしい。 食事も今は気分では無いし、 遊びたくもない。 無視を決め込むことにした。
少女
少女は、ぶすっと頬を膨らませる。だがすぐに、なにか思いついたようにはっとして、ニヤリと企みを隠せない笑みを見せた。
少女
少女
名もない猫
少女
名もない猫
思わず威嚇してしまった。 まさかくすぐってくるとは 思わなかった。
少女
少女
付き合ってられない。ずらかろう。そう思って、塀の上を歩く。
純奈
だんだん声が小さくなって、少女はうつむく。やっと諦めたか、と思ったその時、少女の目に涙が浮かぶ。
あ、まずい。このままではこの少女が「あの猫ちゃんぜんぜんかわいくない」といった噂を流してしまうかもしれない。そうなれば食事にありつきにくくなる。
しかたがないのですり寄ってやると、純奈という少女は、途端に顔を明るくして、喜んだ。
純奈
名もない猫
純奈
呆れる。何も考えてなかったのか。
とはいえこればかりは待つしかないので、少女がしたいことを見つけるまで待つしか無かった。
純奈
それは犬だろ。できるけども。
純奈
名もない猫
純奈
純奈
じゃんけん。なんだそれは。聞いたことがない。
名もない猫
純奈
純奈
純奈
こんな感じで、と言いながら、1人で「じゃんけん」というものをやる 純奈。さっぱりわからん。
名もない猫
純奈
純奈
純奈は笑う。それから純奈の“ガッコウ”の話であるとか、“オウチ”の話であるとか、沢山の話をされた。その殆どはよく分からなかったが、楽しそうに話す純奈に、心が少し落ち着いたのは確かだ。
程なくして、辺りは暗くなってきており、夕日が辺りをオレンジ色の光で染め上げていた。
純奈
純奈は、手を振って、背を向けて歩いていく。“またあした”?よく分からないが、とにかくやっといなくなるのかと思って、安心した。純奈の後ろについて行くようにして、別の場所に移動しようとすると、純奈は振り向いてニコッと微笑んだ。
純奈
名もない猫
そんなつもりはなかったが、 どうやらそう思われたらしい。 気にせず塀にジャンプし、 スタスタと歩いて帰った。
純奈
だからなんだ、その言葉は。 わからないから反応もできない。 どうか変な噂を流さないことを祈りながら、振り返らずに歩き続けた。
次に空が明るくなったばかりの頃、いつものように日向に当たっていると、いつかの少女がまた、会いに来た。
純奈
純奈
純奈
名もない猫
眠い。日向に当たっていたからか、うとうとしてしまう。
純奈
純奈
そう言って、ベンチに腰掛ける。
純奈
純奈
“ともだち”?なんだそれは。「いる?」という事は、他の猫のことだろうか。
名もない猫
純奈
純奈
純奈
…………?よく分からないが、 とりあえず、構ってやればいいことは分かったので、気にせず話を聞くことにした。
純奈の要望に応えていると、辺りはすっかり暗くなっていた。純奈は、すっかりバテたと言う様子で、 息を切らしている。
純奈
純奈
純奈
純奈
“またあした”。わからない。 でもおそらく、 次も来るってことなのか。 どうも純奈の言う“またあした”に、 違う意味を感じるのは、 なぜだろう。
答えの出ない問いに、 少しモヤモヤとした。
純奈
突然出された命令に、少し反応が遅れた。すると高らかに純奈は言う。
純奈
すると純奈は、同時に手を出した。
指を2本立てて繰り出したその手は、透き通るほど白い、 綺麗な手だった。
純奈
純奈
純奈
純奈
わけがわからない。それでいいなら、いいのだが。何がしたいのか、今何が起こったのかも分からず、首を傾げて、背を向けて走っていく純奈を見送った。
次の日。少女はまた来た。
今度は、パンと、牛乳パックをまるまる1本、そして皿をランドセルから取り出して、並べた。
純奈
純奈
そう言って、牛乳を皿に注ごうとするが、勢い余ってかなりこぼれてしまった。
純奈
純奈の様子がおかしい。怯えたようにして、辺りを見渡す。
名もない猫
鳴き声に、純奈がハッとした様子で、こちらを見る。
純奈
純奈
パンをちぎって別の皿にのせる。言葉に甘えて牛乳を飲む。純奈はそれをおずおずとした顔で覗き込む。
純奈
名もない猫
うまい。パンにも口をつける。
なぜだろう、いつも貰うほかの食事より、断然うまい。
気づけばがっついていた。
純奈
純奈
純奈
く…。なんて魅力的なことを言ってくるんだ。この人間は。はじめはうっとうしいと思っていたのに、少しづつ、少女の雰囲気が、心地よくなっていたことに、気づいてはいなかった。
純奈
純奈
そう言われて、頭の中で否定する。好きという訳では無い。落ち着くのだ。本能とでも言うべきか。
純奈
純奈
名前。そんなもの、付けられたこともなかった。いつもかわいがって食事をくれる人間たちは、満足したら帰っていくだけだった。
だから少し、嬉しかった。
純奈
“ひなた”。その響きに、悪くない気分だった。
だから、すり寄って、感謝をしようと思った。なんとなく、その方が伝わると思ったからだ。
純奈
純奈
純奈
純奈
純奈
“ともだち”。なんとなく、意味は分かった気がした。そして、悪くない気分だった。
そうこうしている間にあたりは真っ暗になり、それに気づいた純奈は慌てていた。
純奈
名もない猫
名前を呼ばれる。なぜだろう。ぽかぽかとした気持ちになる。頷いて、少女の声に応える。また会える。それを思うだけで、たまらなく落ち着いた。
その次の日は雨が降っていた。純奈は、いつものように公園にくることはなかった。
待っても待っても、その姿は見えない。
しょうがないので、散歩をしていると、とぼとぼとびしょ濡れで歩く純奈がいた。
純奈
純奈
傘忘れちゃってさ、と困ったように笑う純奈には、いつものような元気はなかった。
純奈
その提案は、正直どちらでも良かったが、来てほしそうな純奈の目に負けて、大人しく抱っこされることにした。
純奈
純奈
ぱしゃぱしゃと音をたてながら、道を走る純奈。なるべく揺らさないように急いでいるのがわかった。
“おうち”に入るとすぐ、純奈は風呂場へと駆けて行った。
服を素早く脱ぎ、シャワーを流し始める。
純奈
まだ温まっていなかったのだろう、純奈はシャワーから勢いよく出る水を避けた。
純奈
ひなた
すると、シャワーの水が勢いよく直撃する。驚いて飛び上がって逃げてしまった。その拍子に純奈も尻もちをつく。
純奈
純奈
純奈
ひなた
純奈
かなり水圧を弱めて、ようやく慣れてきた。恐ろしいものだ。純奈はわしゃわしゃと私の毛をかきあげながら、丁寧に洗う。
純奈
純奈
あらかた作業が終わると、すっかり気分はさっぱりした。まるで生まれ変わったかのようだ。
純奈
純奈
純奈
そう言って、純奈はシャワーで全身を洗う。時折シャンプーなどを泡立てて、髪を丁寧に洗う。ほどなくして、泡などを流し終わり、純奈は風呂場のドアを開けた。
純奈
ふわふわのタオルで、私の体を拭く。その後、別のタオルで自分の体を拭いて、純奈は服に着替える。
そのあと、手に何か持ってこちらに近づいてきた。
すると突然、風が吹き出る。また、飛び上がって驚いてしまった。
ひなた
純奈
そう言って、純奈は自分の髪に風をあてる。しばらくして、乾いたのか、手に持っているものを私に向けながら、ほら、さわってごらん?としゃがんで自分の髪を差し出した。
肉球で髪に触れると、サラッとした感触が伝わってくる。温かく、ふわっとしている。癖になるような感触だったので、何度か触っていると、純奈が顔を上げて、ね、大丈夫でしょ?と言う。
純奈
ブオーという風の音が耳をつんざくように聞こえるが、心地よい風があたるので、全く気にならなかった。
純奈
純奈
純奈
ピッという音が聞こえ、テレビがつく。純奈と私は、それをしばらく見ていた。が、純奈が飽きたのか、チャンネルを変える。
純奈
純奈
ひなた
純奈
純奈
純奈
いい?といわれても。拒否することは恐らくできないだろう。だって、私は猫なんだから。家主の許可なく出るのは、ポリシーに反する。
…そんな言い訳を、自分に言い聞かせる。本当は、一緒にいれるのは、嬉しかった。
純奈
純奈
お母さん。そうだ、この家には彼女一人ではないのか。そう思っていると、誰もいない部屋に連れていかれ、1枚の写真と、器のようなものや棒のようなものが乗った机があった。純奈が棒で器を鳴らす。
純奈
写真に話しかけているので、よく分からず、私も写真をじっと見つめる。するとそれに気づいた純奈は、写真を見つめながら話し始めた。
純奈
純奈
純奈
純奈
純奈の言う通り、私には話の意味はわからない。だが、悲しんでいるのはわかる。無言で、すり寄った。
純奈
純奈
ひなた
純奈
純奈
そう言って、純奈はじゃんけんぽん!と言って、お手の動作をする。すかさず反応して手を出すと、純奈は嬉しそうに微笑みながら、
純奈
純奈
手をお互いに出す。純奈はまた、指を2本立てた。
純奈
純奈
ひなた
純奈
純奈
純奈
負けたことは納得いかないが、一緒にいられるなら、それでよかった。もう、嬉しいという気持ちを隠そうとはしていなかった。
ただ、この子のそばに居たい。そう思ったのだ。私は、自然と座っている純奈の膝に乗って、すわり込む。
純奈
ひなた
ひなた
純奈
頭を撫でられる。うれしい。
これからは、ずっといっしょ。私も、自然と安心して、そのまま寝てしまった。
2日後の朝、純奈はあの写真がある部屋で、手を合わせて目を閉じていた。
純奈
純奈
純奈
いつもより寂しそうに、純奈は家を出て行ってしまった。
1人になった家は、思っていたより何倍も静かだった。
私は、用意された食事に口をつける。また、ちぎられたパンと、牛乳だ。
私がぺちゃぺちゃと舌で牛乳を舐める音だけが聞こえる。
食べ終わると、暇になったので、そのまま眠ることにした。
次に起きて、純奈を探すが、まだ帰ってきていないようだった。
もう、かなりあたりは暗くなっている。学校というところに行っただけにしては、やけに遅い。
そわそわするような気分がしたので、玄関でウロウロしていると、純奈は、ボロボロになって帰ってきた。
ランドセルは踏みつけられたようにクシャッとしており、泥だらけだ。ランドセルだけではなく、純奈の服も、サラッとした髪も、傷んだようにボサボサだった。
純奈
笑う純奈だったが、明らかに無理をしているのが分かった。
ひなた
純奈
純奈
風呂場の中でも、純奈は浮かない顔だった。一言も喋らず、私と自分を洗い、すぐにあがった。
体を拭いて、服を着た純奈は、ベッドにすぐ倒れ込んでしまった。
顔を手で隠しながら、純奈はポツリと声を発した。
純奈
純奈
純奈
ひなた
純奈
純奈
ひなた
私はすり寄って、顔を純奈にこすり付ける。純奈は、それをされたと同時に、涙をこぼした。
純奈
純奈
そう言って、純奈は私をぎゅっと力強く抱きしめる。
涙で私の体が濡れるが、気にならなかった。むしろ、純奈に、笑って欲しかったから、腕の中から逃げようなんておもわなかった。
その日は、そのまま寝た。
次の日、雨は止み、快晴になったので、純奈といつもの公園に出かけた。
純奈
純奈
純奈
純奈
2人で楽しく遊んでいると、純奈!と呼ぶ声が聞こえた。
少女
純奈
純奈
ひまり
ひまり
純奈
ひまり
純奈
ひまり
ひまり
ひまり
ひまり
純奈
ひまり
純奈
ひまり
ひまり
よく分からないが、それを聞いて、黙っていられなかった。
ひなた
ひなた
ひまり
純奈
警戒は解かない。この人間はいけ好かない。
ひまり
ひまり
ひまり
そう言い捨てて、ひまりという少女は帰って行った。純奈は、肩で息をして、落ち着かない様子だった。
ひなた
純奈
純奈
少し落ち着いてから、純奈は話し始めた。
純奈
純奈
純奈
純奈
純奈
純奈
純奈
私は、純奈が泥だらけになって帰ってきたのを思い出した。
純奈
純奈
私は、座っている純奈にすり寄り、頬を舌で舐めた。
純奈
ひなた
私は、純奈の前に背を伸ばして佇む。純奈には私がいる、そう伝えたかった。
純奈
純奈
それを聞いて、私は、手を差し出す。
ひなた
純奈
ひなた
純奈
純奈
私は勢いよく手を振って、地面を叩く。伝われ。頼む。
純奈
ひなた
純奈
純奈
純奈
純奈
純奈
純奈
純奈
私は、“じゃんけん”が何をもって勝ちなのか、どうすればいいかも分からない。ただ、掛け声に合わせて手を出すだけだ。純奈もそれは分かっているはずだ。
純奈
純奈
掛け声に合わせて、手を出す。純奈は指を2本立てて出す。私は、いつも通り手を出す。唯一違ったのは、私の手は、いつもと違って、先程の威嚇の時のまま、爪がたっていたことだ。
純奈
純奈
ひなた
純奈
純奈
純奈
純奈は少し考え込んで、何かを決意したように、立ち上がった。
数ヶ月後、わたしは、 遠目から2人の少女を見ていた。
眠そうに私があくびをすると、 それに気づいた少女たちは、 駆け寄ってくる。
私は少女たちの会話を聞きながら、日にあたってうとうとしていた。
すると、少女のうちの一人が、 じゃあね、純奈。ひなた。 またあした!と言うので、 鳴き声で返事をする。 純奈と呼ばれた少女も、 めいっぱい手を振る。
うん!またあした!と大きな声で言う少女は、とびきりの笑顔だった。
純奈と呼ばれた少女は、私に、 ひなた!じゃんけんぽん!と叫ぶ。 私は手を出す。 少女は、またあしたも、遊ぼうね!と元気よく言った。 じゃんけんぽんで、またあした。 私は、そう、 その2つを結びつけたのだった。
コメント
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読み切り待ってました~~!!純奈ちゃんが健気…!そして悲しい…最後にはひまりちゃんとも仲良くなってて、色々感慨深い素敵な読み切りになってて個人的にめちゃめちゃ大大大好きです!
お待たせしました!読切です! 主人公を猫にしたせいでほぼ普段のノベルと変わらないような気がしますが…気にせず読んでください(*^_^*)