堀辺真喜雄
宮原先生は最高の恩師でした
堀辺真喜雄
高校入学に浮かれていた自分は当時、勉学に励まず遊んでばかりでしたが
堀辺真喜雄
宮原先生に叱咤されたことで気持ちを切り換える決意をし
堀辺真喜雄
無事、こうして建設会社に入社しました
堀辺真喜雄
約5年、こうして仕事に専念出来ているのも全て宮原先生のお陰だと思っています
堀辺真喜雄
堀辺真喜雄
その宮原先生が不慮の事故で亡くなられてから本日で2年になりますが
堀辺真喜雄
未だに信じられない気持ちで一杯です
堀辺真喜雄
改めて、ご冥福を祈りたいと思います
S高校の同窓会を終えた堀辺たちは、2年前に交通事故で亡くなった宮原先生を偲ぶため、
息子の宮原宏二の主催で、宮原邸でかつての恩師を悼む会を開いた。
寺田賢吾
同窓会の後だからラフな格好で開いちゃったけど
寺田賢吾
先生、あっちで苦笑いしてるんじゃないかね?
寺田が冗談まじりに言うと、息子の宮原宏二も調子を合わせるように笑いながら、
宮原宏二
というより、相変わらずなやつらだなってきっと笑ってるよ
宮原宏二
父さんはとにかく笑顔を絶やさない性格だったからね
宮原宏二
学校ではもちろんだけど、家でもほとんど笑って過ごしてたよ
松原弓子
聞けば聞くほど宮原先生が素敵な人だったと改めて思えるわね
杉山仁
ところで、俺たちも先生への言葉を言っておいた方がいいんじゃないか?
杉山仁
堀辺だけじゃさすがの先生もあの世で納得してくれないんだろうし
杉山の言葉で堀辺は席に戻り、息子を除く教え子3人が1人ずつ壇上に上がった。
懐かしい5年前の高校生活を語りながら、それぞれ宮原先生との思い出を語る。
語り終えると、世間話をしながら席上の食事に手を付けながらの談話が始まった。
松原弓子
ところで、皆覚えてる?
堀辺真喜雄
なにをだい?
松原弓子
ほら、宮原先生が休み時間によく私たちだけに見せてくれた秘密の特技
堀辺真喜雄
堀辺真喜雄
あ~、思い出した
堀辺真喜雄
腹話術だろう?
堀辺真喜雄
懐かしいなぁ
このとき、堀辺は気付かなかったが、寺田と杉山は弓子に厳しい視線を向けていた。
弓子はそれに気付きつつも、話題となった宮原先生の腹話術について話し出した。
松原弓子
高校卒業してから腹話術について興味本位で調べてみたけど
松原弓子
やっぱりそれなりの技術がないと難しいらしいわね
堀辺真喜雄
あれってどうやって口を開けたり目を動かしたりしてるんだろう?
寺田賢吾
寺田賢吾
人形の首に胴串って呼ばれる長い棒が取り付けられていて
寺田賢吾
そこに小猿っていう指で引く仕掛けがある
寺田賢吾
それを使って人形の目、口、首を動かせるようになってるんだ
堀辺真喜雄
詳しいな
堀辺真喜雄
寺田も腹話術人形について調べたのか?(笑)
松原弓子
確か「ジョニー」だっけ?
松原弓子
宮原先生が使ってた腹話術人形の名前
宮原宏二
あってるよ、松原さん
松原弓子
宏二君も家でお父さんの腹話術見せてもらったことあるの?
宮原宏二
小さい頃はね
宮原宏二
丁度僕たちが高校に入る頃に授業の一貫で学校に連れて行ってから
宮原宏二
家ではほとんど見せてもらえなくなったけど
宮原宏二
家でも学校でも、親父はジョニーを実の息子のように可愛がってた
堀辺真喜雄
そうだね、よく覚えてるよ
このとき、ようやく堀辺は話題に参加しない寺田と杉山の2人に気付いた。
宮原先生は腹話術師だけでなくジョニーの制作者でもあるため、
人形であるにも関わらずジョニーへも息子同様の愛情を注いでいた。
宮原宏二
そうだ
宮原宏二
なんなら僕がジョニーをここへ連れてきてあげようか?
堀辺真喜雄
宏二も腹話術出来るの?
宮原宏二
父さんほどにはいかないけど一応、昔はコツを教えてもらってたからね
宮原宏二は部屋を出ると、一体の人形を抱えて戻ってきた。
西洋的な衣類を身にまとった黒髪の典型的な外国の子どもを模した腹話術人形だった。
堀辺真喜雄
頬に傷みたいな跡が見えるけど?
宮原宏二
あぁ、これね
宮原宏二
父さんはうっかり落としたときに出来たって言ってたけど…
堀辺真喜雄
けど?
宮原宏二
…いや、多分そうだよ
宮原宏二
じゃあ始めるよ
宮原宏二
宮原宏二とジョニー・ミヤハラのトークを
寺田と杉山は人形から目を反らしつつも、拍手を送った。
宮原宏二
ほら、ジョニー
宮原宏二
懐かしい友達が今日は揃ってくれたよ
ジョニー
誰か誰だか分からないよ
無論、声は宏二が出しているのだが、堀辺と弓子は一瞬、誰の声だ?と思ってしまった。
それほど、宏二のジョニーを演じるときの声が全く別人に聞こえたのだ。
宮原宏二
忘れたのか、ジョニー?
宮原宏二
彼が堀辺真喜雄君、彼女が松原弓子ちゃん
宮原宏二
そして寺田賢吾君と杉山仁君
宮原宏二
4人とも父さんとジョニーをよく知ってる人たちじゃないか?
ジョニー
ジョニー
あ~、思い出すのに時間が掛かったよ
ジョニー
だって、あそこの2人が僕のことを見ようとしないから顔が分からなかったんだ
堀辺は事前に打ち合わせでもしていたのかな?と思いながら笑った。
宮原宏二
そりゃ当然だろう
宮原宏二
あれから5年が経ったけど
宮原宏二
ジョニーは相変わらずだし、それに懐かしいから緊張してるんだよ
宮原宏二
そうだよね?
寺田賢吾
そ…そうだよ、な?(笑)
杉山仁
へへ…
ぎこちない笑みを浮かべながら2人は顔を見合わせた。
ジョニー
気のせいかな?
ジョニー
2人を見ていると僕は無償に心が痛んでくるんだけどなぁ
ジョニー
そこの2人とあと向かいの松原さん…だったよね?
松原弓子
………
いつの間にか松原弓子の表情も固く、目が泳いでいた。
宮原宏二
心が痛む、だって?
宮原宏二
ジョニーは高校時代の僕たちを楽しませてくれてたじゃないか
宮原宏二
どうして心が痛むの?
ジョニー
そこの3人は僕をからかったんだ
ジョニー
気味が悪いだの間抜けな顔だとか
ジョニー
そっちの寺田君は面白半分で僕を投げ飛ばしたことだってある
ジョニー
頬の傷はそのときのものなんだ
寺田賢吾
違うっ
杉山仁
ムキになるな、たかが腹話術に…
堀辺真喜雄
ちょっと待てよ
堀辺真喜雄
これって打ち合わせの作り話じゃないのか?
予想外の展開に困惑した堀辺が慌てて口を開くも、ジョニーはしゃべり続ける。
ジョニー
僕に怪我をさせたときと同じ動揺をしてるね、寺田君
ジョニー
君は今とても怯えているけど
ジョニー
それも仕方がないよね
ジョニー
頬の傷のことは君たち3人以外、誰も知るわけがないんだから
寺田賢吾
松原、お前か?
松原弓子
私は傷のことは言ってないわ!
寺田賢吾
杉山、お前がチクったのか?
杉山仁
バカいうな、俺もお前に言われた通り黙ってたんだぞ
宮原宏二
宮原宏二
ジョニーが教えてくれたんだ
寺田賢吾
宏二、いい加減にしろよ
寺田賢吾
いきなりそんな話を腹話術でやってきたかと思ったら人形から聞いただと?
寺田賢吾
冗談もほどほどにしろっ
寺田賢吾
それはただの木で出来た人形だ
宮原宏二
冗談なんか言ってないよ
宮原宏二
だろ、ジョニー?
ジョニー
君たちに教えておくよ
ジョニー
僕は父と一緒に皆を楽しませることに喜びを持ってた
ジョニー
だけど、君たちの本心は僕に対する軽蔑しかなかった
ジョニー
それはつまり、僕の大好きな父を貶すのと同じことだということだよ?
不意に、ジョニーの顔がコトッと音を立てて堀辺に向けられた。
ジョニー
君も父を貶したよね?
堀辺真喜雄
俺が…?
ジョニー
君、いつだったか僕が入ってた父のロッカーの前で呟いてたよね
ジョニー
「ただの人形にしてはよく出来てたよなぁ」って
ジョニー
「ただの人形」…傷付いたねぇ
宮原宏二
僕はジョニーからこの事実を聞いて同窓会の後、君たちを招いたんだ
宮原宏二
もう父さんはこの世にいない
宮原宏二
だから、せめて天国で自分の罪を謝罪してきてくれないかな?
宏二は壇上から移動すると、壁にあるスイッチを押した。
途端に、通気孔から煙が漏れ、部屋一面に充満していった。
堀辺たちが騒ぎ始めたときには、既に宏二は部屋から出て扉を閉めていた。
中で食器が割れる音やドアを叩く音が鳴り響いていた。
ジョニー
父は喜ぶかな?
宮原宏二
喜びはしないと思う
宮原宏二
けど、大事な弟をバカにしたあいつらを僕は許さないからな
宮原宏二
肺一杯に毒ガスを吸って苦しめばいいんだ
ジョニー
ありがとう、お兄ちゃん
宮原宏二
可愛いやつだな(笑)