テラーノベル
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柔らかな風が草を撫で 太陽はひかえめに頬を温めている
そこに立つのは、ただの広い草原…
かつて「すまないスクール」があった場所など 今はどこにも見当たらない
白い蝶がふわりと舞い 遠くで蜂がぶんと小さく羽音を立てるだけだ
それでも───── 俺には確かな地点がわかっていた
別の世界線で、確かにここに並んでいた あの小さな石杭の位置
触れれば冷たかったであろう 金属のプレートの重み
手を伸ばせば届きそうで…… でも触れられない現実
俺はゆっくりと、草むらに膝をついた
膝から伝わる湿気 指先に触れる野草のざらつき
目を閉じると、音は少し遠くなって 代わりにあの声たちが割り込んでくる────
「すまない先生!」
頭の中に浮かぶのは やんちゃな笑顔、真剣なまなざし ふざけ合う合言葉─────
あの時、俺を「すまない先生」と呼んだ あの子たちの声が───── 風に混ざって聴こえる気がして…
胸がぎゅっと締め付けられた
爽が静かに隣に屈んだ
彼の呼吸が、俺の肩越しに伝わってくる
目を閉じたままでも 爽の存在が確かな支えになった
別の世界線の記憶の残滓を拾ったのだろう
少しして、爽が小さく鼻をすする音がした 肩越しに小さな震えが伝わってきた
ふわりと、草の香りと花の匂いが混じる
俺は掌をゆっくりと土に落とし 指の腹でそこを撫でるように丸く動かした
─────何もない、ただの土だ
でも、掌の温度でそこに 小さな墓標があるような錯覚が生まれる
「ごめん」と 声にならないように呟いた
声は草に吸われてすぐに消えたが その小さな謝罪は確かに俺の胸に染み込む
赦しを乞うようなものでも、懺悔でもない
ただ……ここに来て “覚えている”と、伝えたかっただけだ
爽がそっと手を伸ばし、俺の手の甲に触れる
暖かく、しかしそれは慰めでもなく 寄り添いの確認だった
お互いに言葉は交わさない
─────ただ 同じ時間を共有しているという事実だけが
静かに、二人の間を満たした
立ち上がると、風が一度強く吹いて草が波打ち 光がざわついた
振り返らずにもう一度だけ その場所を目に焼き付ける
過去は消えない
……だが、場所も、思い出も 俺の中に確かに残っている
「行こう」と俺は低く言った 声は軽く、だが決意を含んでいる
爽は小さく頷き、二人は草原を後にした
足跡はすぐに風に消されていくだろう でも、心に刻まれた位置は消えることはない
その一瞬、俺は胸の奥で
───かつての世界線で共に歩んだ 銀さんとバナナに語りかける
“君たちの悲劇を、ひとつ ……防ぐことが出来たよ”
その言葉は声にならなかったが 確かに俺の中で響き
風に乗ってどこか遠くへと流れていった
もしも…彼らがこの声を拾うことがあるなら ほんの少しでも安らぎとなればいい
そう、願って
二人の姿が遠ざかり、草原に静けさが戻る
ふいに、風に運ばれるように 二匹の白い蝶が現れた
互いを追いかけるでもなく ただ気まぐれに宙をくるくると舞い
やがて草むらの上で ほどけるように散っていく
─────それは、ただの 偶然の光景に過ぎないのかもしれない
けれど、もし…… 誰かがここに立ち会っていたなら……
一瞬だけ そこに見えぬ返事を重ねたかもしれない
コメント
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師匠とお呼びしてもよろしいでしょうか?私もガンギまりあさんのように神作を作りたいです。