テラーノベル
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俺と爽が次に向かったのは 山奥にひっそりと眠る廃村だった
瓦の落ちた家々は骨のように残骸を晒し
風が通るたび 割れた戸板が軋んで、声のように鳴った
村の外れには、小さな社がひとつ
崩れかけた鳥居と 苔むした石段に守られるように建っていた
そこには、この先の旅路で必ず必要になる “あるもの”が眠っている
忘れられ、放置され
今や誰も その存在を認知していない、一振りの刀
かつては名を轟かせたが 今はただ、祟りを恐れられ
語り継がれることさえなくなった刀だ
俺たちは崩れかけの鳥居を潜り さらに奥に隠された洞窟へと足を運び
崩れかけた石段を降りていく
階段は今にも崩落しそうで
踏み出す度に 岩屑がぱらぱらと落ちていく
暗闇が濃くなり やがて爽が手をかざして、淡い光を灯す
その光だけが 湿った壁と俺たちの足元を照らしていた
最下層へ辿り着いた時、空気が変わった
そこには大量の御札と しめ縄が張り巡らされ
封印効果のある 奇妙なオブジェクトがいくつも置かれている
─────だが それらは劣化し、苔に覆われ
役目を果たしているとは言い難い
中央には ────ただ一振りの刀が鎮座していた
ぞわり、と空気が肌を刺す
隣に立つ爽が息を呑み、全身の毛を逆立て その額から、冷や汗を滴り落とす
声にならない声で、爽は震えていた
その刀から放たれる圧は明らかで……
まるで『近付いたら殺す』と 俺たちを威嚇しているかのようだった
だが、俺にはそんなものは効かない
せいぜい 野良猫が威嚇してくる程度にしか感じなかった
俺はゆっくりと刀に歩み寄り 張り巡らされた御札を一つずつ外していく
触れた瞬間、乾いた紙はボロボロと崩れ落ち しめ縄はちぎれた草のように脆く砕けた
……最早 封印の意味をなしてはいなかった
俺は刀を手に取る
爽の悲鳴が洞窟に響く それでも俺は構わず、鞘を静かに引き抜いた
─────瞬間 洞窟の空気そのものが震えた
聞こえたのは、数え切れない“何か”の悲鳴 天井の岩がひび割れるかのような幻聴 胸をかきむしるような呻き声 耳の奥を焼くような叫喚─────……
刀身は赤黒く濁り 刃からは黒い影が蠢いて立ち昇っている
…まるで、無数の手が刃にしがみつき 助けを乞いながら同時に呪っているようだった
爽は思わず後ずさりし 背後の壁に手をついた
彼の瞳には、恐怖と 本能的な拒絶が浮かんでいる
俺の口から零れた名は ─────封印されし、名刀の名
その響きに応じるように、刀が低く唸り 刃先から血のような赤黒い滴がぽたりと落ちた
それは土に触れた途端、煙を上げて消える
─────だが、俺の手は揺るがない
静かに告げながら 俺はその妖刀をしっかりと握り締めた
俺は村正を正面に構え 刀身をじっと、見据えた
そして手のひらをぐっと握り締め ─────刃に当てた
鮮やかな線を描いて血が溢れ 紅い滴が刀身を伝っていく
その瞬間 刀が低く唸りを上げたかと思えば
赤黒い光を放ちながら 獣のように、カタカタと震えだした
本来なら 血を得た村正は狂ったように活性化し
使い手を乗っ取って暴れる程 凶暴に牙を剥くはずだった
だが、俺の血は違う
数え切れぬ毒を受け続け 毒そのものと化した血液が刃を濡らす
例え妖刀であろうと コレに耐えられる筈が無かった
ギィアぁァアアあアァ亜アッッ!!!!!!!!
無数の声が一斉に悲鳴を上げ
刃の中の黒い蠢きが暴れ狂い 洞窟全体が地震のように揺れ出した
岩壁がきしみ 天井から砂や小石がぱらぱらと降り注ぎ
爽は思わず耳を塞ぎ 必死に壁へ身を寄せ、身体を震わせる
そんな中、俺は一歩も動じず 血で濡れた村正を自分の前に持ち上げた
刃が暴れるたび、赤黒い飛沫が宙を散り 幻影のような手や顔が浮かんでは、消える
俺は静かに、唇を寄せて囁いた
……内容は風にも届かぬ程、微かな言葉
─────だが 洞窟を震わせていた咆哮は、唐突に途絶えた
押し潰すような怨嗟の波も 裂けるほどの狂気も─────
すべて、吸い込まれるように消えていく
刀身は静謐な闇を湛え
まるで夜空に浮かぶ湖面のように 冷たく、澄んでいた
そこに映るのは、血ではなく光
数多の魂が彷徨い 幾度も人を呪い殺した刃の奥から
ほのかな祈りのようなものが 微かに零れ出していた
怨念が収まった訳ではない 憎悪が消えた訳でもない……
ただ、その全てが 「ひとつの静寂」に抱かれている
リン……と 刀身が小さく、澄んだ音を鳴らした
それは剣の響きではなく どこかで聞いた、鐘の音にも似ていて
誰も知らぬ遥かな場所から 主を待ちわびていたかのような……
─────そんな響きだった
村正はもう、荒れ狂う妖刀ではない
この刹那だけ 深淵そのものが静かに息を潜めていた
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