物語の始まり 灯里はごく普通の女子高校生だった。特別な過去や役割があるわけではない、一般的な家庭で育った、誰もが想像するような少女だ。ただ一つ特徴を挙げるとすれば、灯里は人よりも物事を深く、そして重く考えすぎてしまうきらいがあった。要するに、少しネガティブ思考の持ち主だった。 しかし、灯里はそんな内面を周囲に悟らせることなく、何事もない日常を送っていた。かつては、友人との何気ない会話の後も、「今の言い方で気分を害していないだろうか」「もしかして、私って嫌われている?」などと、一人で何時間も悩み続けることが常だった。しかし、翌日には何事もなかったかのようにけろりとした顔で皆と接していた。これは、一度だけ友人に「灯里って、いつも笑顔だけど、なんか嘘っぽいよね」と言われたことがきっかけだった。その言葉が灯里を深く傷つけ、以来彼女は、自分の内面を隠し、「表の人格」として常に笑顔で面白く、いわゆる陽キャを演じるようになったのだ。その一方で、「裏の人格」は無表情で人を信じない、いわゆる闇を抱え込んでいた。 外では常に「表の人格」で過ごしていたが、自分の部屋にいる時だけは、「裏の人格」として心を休めていた。親にも、もちろん職場にも、この人格のことは一切打ち明けていなかった。 そして、卒業式を明日に控えたある夜のことだった。その夜、灯里はこれまでの人生をぼんやりと振り返りながら、コンビニに向かっていた。この時ばかりは、誰にも会わないと信じ、彼女は「表」の仮面を下ろしていた。街灯の光がアスファルトに長く影を落とし、コンビニのネオンだけがぼんやりと周囲を照らす中、灯里は無意識のうちに、自分の部屋でしか見せない「裏」の表情を浮かべていた。しかし、よりによってクラスメイトに遭遇してしまう。この予期せぬ事態に、灯里は咄嗟に対応することができず、ぎこちない態度を取ってしまった。それを見たクラスメイトは、灯里の様子がいつもと違うことに気づき、それを指摘した。 その言葉を聞いた瞬間、灯里はこれまでの努力が全て無駄になったように感じた。何気ない一言だったが、灯里にとっては、必死に隠してきた内面を見抜かれたような感覚だった。その場では何とか平静を装ったものの、内心は激しく動揺し、家に帰ってから「これまでの自分は何だったのだろう」と深く考え込んでしまった。 そしてその夜、灯里は奇妙な夢を見た。夢の中には灯里が二人いて、何か深刻そうに話し合っている。片方の灯里は顔に影が差したように暗く、もう片方は怯えたような表情をしていた。しかし、目覚めた時、その内容をはっきりと覚えていることはできなかった。「ただの夢だ」と、灯里は特に気に留めなかった。それどころか、その日の灯里は気分爽快で、悩み事など微塵も感じられなかった。 翌日の卒業式は無事に終わり、灯里は大学生になった。しかし、大学生になっても灯里の日常は何も変わらなかった。高校時代と同じように順調で、むしろそれ以上に充実した生活を送っていた。 そんなある日、灯里は突然体調を崩してしまう。体調不良といっても、風邪のような具体的な症状があるわけではなく、ただ体が鉛のように重く、思うように動かせないのだ。病院で診察を受けると、「精神的なものだろう」と診断され、しばらく大学を休むことになった。灯里には全く心当たりがなかったのだが、医師から「日中はできるだけ散歩をするように」と勧められたため、意識して体を動かすようにしていた。 それから数日が経ったある日、灯里はいつものように散歩に出かけた。しかし、その日は特に体調が優れず、散歩の途中で意識を失い、アスファルトに倒れ込んだ。意識が遠のく中、彼女はひどく重い鎖に繋がれたような感覚に囚われ、闇へと沈んでいった。 太宰との出会いと武装探偵社 意識を失った灯里が目を覚ますと、見慣れない天井が広がっていた。白い壁、消毒液の匂い。病院の一室だと理解するのに時間はかからなかった。ぼんやりと辺りを見回すと、そばに一人の男が立っているのが目に入った。 「気がついたかい?」 柔らかな、それでいて人を惹きつけるような声だった。包帯が巻かれた頭、どこか憂いを帯びた瞳の男。それが太宰だと灯里にはすぐに分かった。昨晩夢で見たような、いや、もっと前から知っていたような不思議な感覚。 「ここは…」と掠れた声で問いかける灯里に、太宰は穏やかに微笑んだ。「探偵社の医務室だよ。君が倒れているところを通りかかった一般人がね、運んでくれたんだ」 探偵社、という言葉に、灯里はデジャヴのような感覚を覚えた。 「私は…」 「君は少し、疲れていたんだよ」太宰はそう言って、ベッドの傍の椅子に腰掛けた。「無理はいけないね」 その時、部屋の扉が開き、鋭い眼光を向ける女性が入ってきた。黒髪をきりりとまとめ、白衣を羽織っている。 「太宰、まだそんなところにいたのかい。まったく、人使いが荒いんだから。」 女性はそう言いながら、灯里の方へ歩み寄った。「私が与謝野晶子だ。君の診察をする」 与謝野は手際よく灯里の容態を確認していく。その間、部屋の隅には、所在なさげに佇む眼鏡の青年と、退屈そうに雑誌を広げているらしい少年がいた。 「うーん、特に身体的な異常はないね。やはり太宰の言っていた通り、精神的なものだろうね」 与謝野の言葉に、太宰は軽く頷いた。 「それで、君は何か心当たりはあるかい?」太宰が再び灯里に向き直った。 灯里は首を横に振った。体調が優れないことは確かだったが、精神的な原因など考えもしていなかった。 すると、雑誌から顔を上げたらしい少年が、訝しげな表情で灯里をじっと見つめてきた。「ふーん、変なの」 その少年、乱歩と呼ばれた彼は、目を細めて言った。「この子、二人いるね」 その言葉に、部屋にいた全員の視線が灯里に注がれる。 「二人?」灯里は自分のことだと理解できず、戸惑いを隠せない。 乱歩は得意げに胸を張った。「そうだよ、太宰。もう一人の君が、体を重くして、動けなくしているんだ」 灯里は混乱した。二人の自分?それは昨晩見た奇妙な夢のせいだろうか。 太宰は興味深そうに目を輝かせた。「ほう、乱歩さんには見えるのかい?面白いね」 そして、太宰は灯里に優しい声で言った。「少しだけ、私の話を聞いてくれるかい?」 影の出現と真実 太宰はまるで催眠術のような、ゆったりとした口調で語り始めた。彼の声を聞いていると、意識が深く沈んでいくような感覚に襲われる。 「君の中にいる、もう一人の君。姿を見せてごらん」 しばらくの沈黙の後、灯里の表情がふっと変わった。瞳の奥に、どこか陰のある光が宿る。声も、先ほどまでの弱々しいものとは異なり、低く、落ち着いたものになった。 「私が影だ」 その声は、確かに灯里のものであるはずなのに、全く違う人物が話しているように聞こえた。無表情なその顔は、まさしく灯里が自分の部屋でしか見せない「裏の人格」だった。 影と呼ばれたもう一人の灯里は、周囲を見回し、軽く溜息をついた。「やはり、気づかれてしまったか」 「君は一体…」与謝野が警戒したように問いかける。 影は静かに語り始めた。「私は、灯里が物事を深く考えすぎるようになった時に生まれた。彼女が抱えきれない負の感情、不安、迷い――それらが形になった存在だ。そして、あの『嘘っぽい笑顔』と言われてからは、彼女が外の世界と向き合うための『陽』の人格と、彼女の内面の全てを受け止める『闇』の私が完全に分かたれた」 「体調不良の原因は、君が?」太宰が尋ねた。 「そうだ。灯里が表に出ようとする時、私は彼女の動きを鈍らせる。彼女が明るく振る舞おうとするほど、私は彼女を重くする。それが私の存在意義だからな。ただ、灯里が無理を重ねた結果、私も存在を保てなくなり、彼女を倒れさせてしまった」 影は自嘲気味に笑った。「生まれた時から、消えることを望んでいるかのようだ。私がいる限り、灯里は真に自分らしく生きられない」 不意に、影の意識が途切れ、灯里がハッとした表情で目を覚ました。 「え…?私は…」 周囲の状況を理解できず、灯里は混乱している。太宰は穏やかに微笑み、これまでの経緯を説明した。 「君の中には、もう一人の人格がいるんだ。『影』という名前でね」 灯里は信じられないといった表情で自分の手を見つめた。まさか、自分が二重人格だったとは。 「彼女は、君のネガティブな感情の塊のようなものだよ。君が意識しないうちに、君の心を守ろうとしていたんだ」太宰は続けた。 「でも、それが原因で体調を崩してしまったのですね」と灯里は辛そうに呟いた。 「ああ。でも、もう大丈夫。乱歩が気づいてくれたおかげで、原因は分かった」与謝野は力強く頷いた。「これからは、私たちが君をサポートする」 新たな道と探偵社での挑戦 太宰は真剣な眼差しで灯里を見つめた。「君に提案がある。うちの探偵社で、君の力を試してみないか?」 「私の力…ですか?」 「二つの人格を持つ、というのは稀有な能力だ。それを上手くコントロールできれば、きっと誰かの役に立てるだろう」太宰はそう言って、探偵社の仕事内容や、影の存在がどのように役立つ可能性があるかを説明した。 灯里は迷った。普通の女子大生としての生活は、もう送れないのかもしれない。それでも、この不思議な縁と、太宰の言葉に惹かれるものを感じていた。 「私に…何ができるのでしょうか」 「それはこれから、一緒に見つけていけばいい」太宰は優しく微笑んだ。「まずは、ご両親にこのことを話す必要があるだろうね」 数日後、灯里は実家に戻り、両親に全てを打ち明けた。最初は驚きと戸惑いを隠せない両親だったが、灯里の真剣な眼差しと、探偵社の温かい雰囲気を知るにつれて、次第に理解を示してくれるようになった。 大学は休学という形を取り、灯里は武装探偵社の一員となることを決意した。 入社するためには試験を受ける必要があり、それは灯里にとって初めての大きな挑戦だった。体力測定、筆記試験、そして異能力に関する実技試験――影と協力しながら、灯里は一つひとつ課題をクリアしていった。 異能力の実技試験では、与謝野の指示で、ある廃工場に潜む異能力者を無力化する任務が与えられた。灯里は工場内を警戒しながら進むが、突然、異能力者が放った不可視の攻撃を受け、意識を失いそうになる。その瞬間、灯里の意識の奥底から影の声が響いた。「灯里、私に任せろ!」そして影が表に出て、その負の感情を感知する能力で異能力者の位置を正確に特定。影は灯里の体を巧みに操り、素早く身を隠しながら反撃の隙を窺い、見事異能力者を捕らえた。この出来事を機に、灯里と影の協力関係はより強固なものとなっていった。 影は、普段は灯里の心の奥底に潜んでいるが、必要に応じて意識を共有し、助言を与えてくれる。ネガティブな感情に特化した影の鋭い洞察力は、事件解決の糸口を見つける上で、時に重要な役割を果たした。特に、無表情で人を信じない影の人格だからこそ、表面的な情報に惑わされず、事件の裏にある真実や人間の心の闇を見抜くことができた。 そして、ついに合格通知が届いた。灯里は、武装探偵社の一員として、新たな一歩を踏み出すことになったのだ。 探偵社での日々 探偵社での生活は、想像以上に刺激的だった。個性豊かな仲間たちとの交流、次々と舞い込む事件――灯里は影と協力しながら、少しずつ自分の居場所を見つけていった。 日中は「表の灯里」が陽気に活動し、夜間や緊急時には「裏の影」が力を貸す。そうすることで、灯里は影の存在を徐々に受け入れられるようになった。影もまた、灯里の困難を乗り越えようとする意志を感じ取り、その力を単なる負の感情の表出としてではなく、守るべきものとして認識するようになった。二つの人格は、次第に互いを理解し、尊重し合うようになっていった。 与謝野の治療と、探偵社での充実した日々を送る中で、灯里の心は徐々に明るさを取り戻していった。影の力も、以前のように灯里を重くするものではなく、困難を乗り越えるための力へと変わっていった。 探偵社の仲間たちも、灯里と影の二つの人格を受け入れ、それぞれの個性を尊重してくれた。特に、最初に灯里の異変に気づいた乱歩は、時折影に興味津々な質問を投げかけ、二人の関係を面白がっていた。ある事件では、灯里が解決に詰まる中、乱歩が「影に聞いてみろよ」と促し、影の言葉から思わぬヒントを得て事件を解決に導いたこともあった。ある日の夜、急な呼び出しで太宰と乱歩が灯里の部屋を訪れると、そこには無表情で警戒心の強い「裏の灯里」がいた。普段の「陽キャ」な灯里とのギャップに驚きつつも、太宰は興味深そうに影と会話し、乱歩は「やっぱり君、面白いね」と笑った。この一件以来、探偵社のメンバーは、灯里が「裏の灯里」の姿でいる時も、変わらず受け入れてくれた。 エピソード:影の「闇」が真実を暴くとき 灯里が武装探偵社に入社して間もない頃、彼女は初めての単独任務に挑むことになった。依頼内容は、とある名門大学で相次ぐ学生の失踪事件の調査だった。表向きは「学業不振による自主的な失踪」とされていたが、依頼人である失踪者の親友は、それを信じなかった。 灯里は持ち前の「陽キャ」な一面で、失踪した学生たちの友人や教授たちに話を聞き、明るい笑顔で情報を引き出していく。しかし、いくら聞き込みをしても、失踪につながるような決定的な証拠は掴めなかった。どの学生も、真面目で友人関係も良好、特に悩みがあるようには見えなかったのだ。 夜になり、自宅の部屋で一人になった灯里は、重い溜息をついた。すると、ふっと彼女の表情から笑顔が消え、無表情な「裏の灯里」――影が表に出た。 「何か、腑に落ちない」 影は冷徹な目で、集めた資料を眺めた。表の灯里が聞き出した「明るい」情報の中に、微かな違和感を覚える。それは、誰もが口を揃えて言う「真面目な学生」という言葉の裏に隠された、それぞれの学生が抱える「負の感情」の微弱な波動だった。影にはそれが、まるで波紋のように感じられた。 「…この学生、成績は優秀だが、父親からの過度な期待に苦しんでいた。こちらの学生は、常に完璧を求められ、友人には見せない孤独を抱えていた…」 影は資料の一つひとつを指差し、そこに潜む闇を灯里に語りかけた。それは、表面的な会話では決して引き出せない、人間の奥底に眠る不安や劣等感、隠された欲望といった「負の感情」だった。影の研ぎ澄まされた感覚は、これらの微かな感情の波紋を捉え、それが共通の「ある人物」に繋がっていることを突き止めた。 翌日、影の導きによって、灯里は大学の奥深くにある、普段は立ち入り禁止となっている旧校舎へと向かった。そこで待ち受けていたのは、学生たちの「負の感情」を利用し、彼らを洗脳して自身の研究に利用していた、かつての優秀な心理学教授だった。教授は灯里の笑顔に油断したが、影の指摘により、灯里は教授の言葉の裏にある「人間の闇」を見抜き、異能力者の無力化に成功する。 この事件は、灯里にとって初めて「裏の人格」である影の力が、真に事件解決に貢献した瞬間となった。そして、太宰や乱歩も、影の持つ「人間の闇を見抜く能力」の重要性を再認識する出来事となった。 エピソード:太宰、乱歩、そして影 ある日、武装探偵社に、珍しく乱歩が手詰まりになる事件が舞い込んだ。それは、奇妙なメッセージと共に送られてくる脅迫状と、それに伴って発生する不可解な現象だった。物理的な証拠は何もなく、乱歩の「超推理」をもってしても、犯人の狙いや動機が全く掴めない。 「ふーん、変なの。これは、犯人自身の心の中がぐちゃぐちゃすぎて、読めないや」 苛立ちながら乱歩がそう呟くと、太宰はふと灯里の方を見た。 「灯里くん、少し協力を仰いでも良いかい?」 太宰に促され、灯里は太宰の部屋に連れて行かれた。そこには、すでに乱歩もいた。灯里は普段通り「表の灯里」として笑顔で応対したが、太宰は優しく言った。 「灯里くん、無理しなくていい。ここでは君の心を休めても構わないよ」 その言葉に、灯里の心は緩んだ。そして、太宰が部屋のドアを閉め、誰も入ってこないことを確認した瞬間、灯里の表情はスッと消え、無表情な影の人格が表に出た。乱歩は興味津々な目で、その変化をじっと見つめている。 「乱歩さん、この脅迫状に込められた負の感情の波を、影に見せてあげてくれないかい?」太宰が言う。 乱歩は差し出された脅迫状を、影の目の前に広げた。影は無言でそれを受け取ると、ゆっくりと目を閉じた。その瞬間、影の視覚には、脅迫状から発せられる様々な「負の感情」の波が、色として見えた。それは、怒り、悲しみ、嫉妬、劣等感、そして得体の知れない恐怖が入り混じった、複雑な感情の集合体だった。 影は目を開き、無表情のまま言った。 「これは…犯人は、自分自身を深く憎んでいる。そして、その憎悪を、社会全体に撒き散らそうとしている」 「ふーん、やっぱりね。僕の推理と繋がったよ」乱歩はニヤリと笑った。「犯人は、自己嫌悪から来る絶望的な破壊衝動を抱いているんだ。その感情が、この支離滅裂な脅迫状を生み出している」 影の言葉と乱歩の推理が結びつき、事件の全体像がようやく見えてきた。そして、影が感じ取った「憎悪」の波動のパターンから、犯人の潜伏場所や、次に狙う場所が特定できた。 事件解決後、乱歩は影に向かって、まるで一人の人間のように話しかけた。「君の力は面白いね。僕の推理だけじゃ届かない、人間の深い部分が見えるんだから」影は無言で乱歩を見つめていたが、その瞳の奥には、どこか微かな光が宿っていた。 このエピソードは、灯里と影が、武装探偵社の個性豊かなメンバーとどのように連携し、それぞれの能力が事件解決に不可欠であることを示すものとなった。特に、乱歩が影の存在を面白がり、対等な存在として認めることで、影の「人間性」が引き出されるきっかけにもなった。 エピソード:影の成長と灯里の真の笑顔 探偵社での日々を通じて、灯里は徐々に影の存在を受け入れ、二つの人格の使い分けもスムーズになっていった。しかし、一つだけ、灯里がまだ乗り越えられない壁があった。それは、「親に本当の自分を見せること」だった。実家では、相変わらず「表の灯里」として明るく振る舞い、影の人格は自分の部屋でしか解放できなかった。 そんなある日、灯里の母親が探偵社に、とある個人的な相談に訪れた。それは、長年大切にしてきた家族の記念品が紛失したという、ごくありふれた「人探し」の依頼だった。灯里は「表の灯里」として母親の相談に応じたが、母親の表情の奥に、記念品を失ったこと以上の、深い悲しみと後悔の念を影は感じ取った。 しかし、この依頼は異能力者が関わるような事件ではない。影の能力が直接的に役立つ場面はないと思われた。だが、影は灯里に囁いた。 「灯里、彼女の心の中に、隠された負の感情がある。それが、記念品を紛失したことと関係している」 影の助言を受けた灯里は、母親にさらに深く話を聞くことにした。最初は口ごもっていた母親だったが、灯里が優しく語りかけるうちに、次第に心の奥底に秘めていた後悔の念を打ち明け始めた。それは、記念品を最後に見た日、些細なことで父親と喧嘩をしてしまい、その記念品を粗末に扱ってしまったという記憶だった。記念品が紛失したことで、その後悔が重くのしかかっていたのだ。 灯里は、影から得た母親の心の闇の情報を元に、記念品が隠されている可能性のある場所を推理した。それは、母親が父親と喧嘩した時に、無意識に衝動的に隠してしまった場所だった。そして、その場所から、無事に記念品が見つかった。 母親は安堵の涙を流し、灯里に感謝した。しかし、それ以上に、灯里は母親の心に寄り添い、その「負の感情」を理解できたことに、深い喜びを感じていた。 この出来事をきっかけに、灯里は決意する。 その夜、灯里は実家に帰り、両親に探偵社での出来事、そして影の存在を、改めて全て打ち明けた。最初こそ両親は驚きを隠せなかったが、灯里が「表の灯里」の仮面を外し、「裏の影」の率直な言葉で、これまでの苦しみや影との関係を語る姿に、両親は真剣に耳を傾けた。 「ごめんね、今まで隠していて。でも、影も私の一部で、これからは二人で生きていきたいんだ」 灯里の言葉に、母親は優しく抱きしめた。「無理させてごめんね、灯里。これからは、どんなあなたでも受け入れるわ」父親も静かに頷いた。 この瞬間、灯里は初めて、仮面のない、心からの笑顔を見せた。それは「陽キャ」の笑顔でも、「闇」の無表情でもない、灯里自身の真の笑顔だった。影もまた、その笑顔を灯里の心の中で感じ取り、自身が「消えることを望む存在」から、「灯里を守り、支える存在」へと変わっていくのを感じていた。二つの人格は、完全に互いを理解し、尊重し合うようになったのだ。 武装探偵社の一員として、灯里は今日も、影と共に、誰かのために奔走している。その顔には、もう陰りはなく、希望に満ちた明るい笑顔が輝いていた。
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