小さい頃、これは、小さい頃の話。
昔、海に溺れたことがあった。
たしか、従兄弟たちのいたずらで、だった気がする。
水が口の中に入っていって、
苦しくて、ああ、死ぬんだって、
そう思った時、何かに助けられた。
だけど、それ以来、水が怖くなった。
あれから、八年。
今は中原家、次期当主として指導を受けており、
今日も今日とて勉学に勤しむばかりだ。
だが、そろそろ疲れてきた。
足も痺れてきたし、集中力も途切れて、
体がどんより重い。
中也は小さなため息を吐いた。
中原中也
中也は小さな声で乳母を呼ぶ。
少しして乳母が障子の向こうから、おっとりとした顔を出した。
乳母
中也は安心しきったように笑い、
中原中也
乳母の細い体を抱きしめた。
乳母
乳母
中原中也
乳母
乳母
乳母
中原中也
中原中也
中原中也
中原中也
乳母
乳母
乳母は中也を愛しそうな目で見つめる。
その目が、あまりにも優しくて居心地が良かったから、中也はまた安心する。
この、閉鎖的な家の中で唯一、安らげる時だった。
中原家は由緒正しき家門で、ここら一帯を統治する重要な役割を担っている。
だからこそ、少しの歪みですらも、許してはくれなかった。
中原家に存在する者としての責任と自覚が問われる。
すべてにおいて、完璧な立ち振る舞いを求められた。
気に入らないことがあれば、物置小屋に一ヶ月ほど閉じ込められ、
食事もろくに与えられず、折檻される。
それは、自分の罪を悔い改めるまで続く。
だから、誰も自分の名に恥じるようなことはできなかった。
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