開いていただきありがとうございます! このストーリーは、この連載の第五話となっております。 注意事項等、第一話の冒頭を"必ず"お読みになってから この後へ進んでください。
それから、一週間。 任務に新たな情報が加わることもなく、 ただ平坦な日々が過ぎていた。
ターゲット
オフィスに響く、 明るい朗らかな自分の声。 「赤瀬りうら」にも、潜伏会社の仕事にも、 ようやく慣れてきた頃だ。
カタカタとキーボードを鳴らす彼の横で、 俺は着信を告げる電話を取る。 先方の会社名と名前、要件等を 付箋にメモをしていけば、 流すような筆跡の自分の字が連なった。
電話を切り終え、息を吐く。 ビジネスマナーとして並べられた、 堅苦しい言葉の数々。 空気を滑っていくような気がして、 どうも好きにはなれない。
ターゲット
…いや、好き、とかじゃないか。 別に、嫌いも好きもない。
ただ、なんとなく面倒臭い。 全てが気だるくて、時の進みが遅い。
ターゲット
ターゲット
そう言いつつも、 俺の頭をぐるりと撫でて笑う彼。 「兄貴」と慕われている意味がよく分かる。 …実際、彼は本当の兄のようだ。
ターゲット
ふと、言葉に詰まる。 自分の目的が、よく分からなくなった。
これを聞いて何になるのだろう。 任務の役に立つ情報なのだろうか。 皆に慕われているかどうかなんて関係ない、 ただ彼の知っている悪事を聞き出すために、 俺はここにいるのに。
どうして、"彼個人"を問うたのだろうか。
ターゲット
そんな疑問はぐるぐると脳を巡ったのに。 結局口から溢れたのは、 「赤瀬りうら」の冗談混じりの声だった。 あまりにも抽象的で、解のない答えなのに、 彼はにっこりと俺に微笑んだ。
ターゲット
…妙な気分だった。
「赤瀬りうら」は彼に好かれている。 良いことだ。聞き出すことへ有利になる。 だから、喜ぶべきだ。 「赤瀬りうら」として、 精一杯の喜びを表すべきなのに。
どうして、だろう。
ターゲット
精一杯、「赤瀬りうら」として喜べば。 彼がもう一度俺の頭を撫でるから。
…この、「気のせい」で済ませられるような、 なにか黒い感情は。 俺の奥底に、しまい込んで仕舞えばいい。
ターゲット
ターゲット
ターゲット
そうだ、いらない。 俺に感情なんていらない。 マイナスな感情も、プラスな感情も全て。
ただ、面倒臭いだけだ。
"お前に感情が追加されたら、 完璧な嘘つきになれると思うけどね、w"
いらない。 …けれどまだ、捨てられない。
だから、隠してるんだ。 「ライア」は、無感情で。 「赤瀬りうら」は、プラスだけで。
「俺」は、何なんだ。
ターゲット
ターゲット
ターゲット
もう、いい。 考えるのはよせ。
…また、この思考回路から逃げたらいいんだ。
ターゲット
先方を待つ、会議室A。 余裕の笑みを浮かべる彼が、 俺を見ておかしそうに笑う。 緊張する演技なんて慣れたもので、 俺は少しぎこちない笑みを浮かべてみせた。
…随分、非道な真似をしているのだろうと ぼんやり思う。 人の心配を無碍にし、騙し、 半強制的に悪事を掴む仕事だ。 罪悪感なんてものはとうの昔に捨てたが、 道徳心に反している自覚くらいあった。
それでも、これが仕事なのだ。 …どこか温かい瞳が、こちらを覗いたあの日から。
"…これっ…、早く、食べな、"
深夜、土砂降りの雨の中。 バイトしていた工事現場の近くで、 このまま死ぬのだろうかと蹲っていた俺に。 大きな傘を傾け、焦ったようにこちらを見ていた。
…どうして、あんな風に。 俺に同情の目を向けたのだろうか。
ターゲット
ターゲット
「ほんとですね」
その言葉は、最後まで声にならなくて。 口を思わず開け放してしまって、 慌ててそれに気づいて閉じた。 隣の彼が、俺の行動に気づいてはいなくて、 それがなんとか救いだった。
…聞いて、ないですよ。
先方
恰幅のいい、中年の男性と共に、 この会議室へ入ってきたのは。
あまりにも、普段と乖離した雰囲気。 あぁ、任務の人格だと思わせる、 流石の「ハイド」。
"俺今回の人格真面目だからさ?"
俺の任務と関わりがあるなら、どうして。 俺にそれを言ってくれなかったのだろう。
隣にいる彼から、 すらすらと述べられていく挨拶。 この部屋の中にいる四人が椅子に腰を下ろし、 名刺を交換して。
ターゲット
同業者である彼の名刺を受け取り、 不思議そうに呟いた声。 …確かに、珍しいとは思っていた。 どうしてそんなに、 目立つ名前にしたのだろうかと。
「ハイド」
彼は正体を隠すのが得意だ。 本心を隠すのも得意だ。 俺がいつも見ている彼が、 本物の彼なのかなんて知らない。
…でも、今回の任務で、 彼が付けている名前は。 「赤瀬りうら」も、「桃谷ないこ」も。
彼が付けたとは思えない、 まるで偽名とも思えない、 "しっくりくる"名前だから。
ターゲット
ふっと笑う声が聞こえた。 なんだか温かい感情が籠った、 細められた目は、 目の前の彼へ向けられていて。
先方
ターゲット
なんだろう。 任務としての人格は、全うしているはずだ。 彼に、隙なんてきっとないはずだ。
…けれど、なにか。 揺れ動く何かを、その瞳から感じて。
ターゲット
隣からこそっと掛けられた声に、 俺は笑って首を振る。 そして、もう一度前を向けば。
彼の唇が、微かに、 なにかの本音を語っていて。
先方
ターゲット
ターゲット
あの唇の動きが、 何か漏れかけた本音が、 何を意味するのか、俺には分からなくて。
…そんな俺を置き、 会議は淡々とスタートしてしまった。
その晩、夢を見たんだ。 いつもとは違う、誰かの夢を。
顔は、煙がかかったようによく見えない。 視点よりも大きく、そばにいる誰かより小さい。
ー
ー
ー
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誰だ?誰だ? この視点は誰のものだ? 手を握っているのは誰だ? 俺に笑いかけているのは誰だ?
そもそも、俺は。 何故この夢を、はたから眺めているのだろう。
ー
口の端が上がったことが、 かろうじて分かって。
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繋がれている手の力が、強くなる。
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少し悲しそうな笑い声が、 鼓膜にこびり付いていた。
「よかった」
「ライア -その線で⬛︎して-」 第五話
コメント
2件
更新ありがとうございます! 桃くんが赤くんと任務中同じ場所で会うなんてびっくりしました! 夢のことも不思議なことばかりで意味が気になります!✨ 続き楽しみにしています!頑張って下さい!(๑•̀ㅂ•́)و✧
おぉ、まさか2人が同じ任務になるなんて…!! 桃ちゃんの唇、??の動きが気になりますね(( 最後の夢は黒くん目線…?昔に2人は出会っていたのか、? まぁ、不思議なことだらけですがwだからこそ続きが楽しみです!!