開いていただきありがとうございます! このストーリーは、この連載の第八話となっております。 注意事項等、第一話の冒頭を"必ず"お読みになってから この後へ進んでください。
カタカタと、キーボードを鳴らす音が響く。 朝食を抜いてきてしまったからか、 空腹を感じなくもない。 しかし、そんなのは特段重要なことではなかった。
ターゲット
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くすっと笑う彼に、 俺もにっこり微笑み返してみる。 胸の中がざわめくような気がしたが、 そんなのはきっと只の思い込みだ。
息を一つ吐き、モニターに向き合えば、 今朝のことを思い出した。
布団の上で、はっと目が覚めたんだ。 自分の記憶は混濁していて、 何が何だか分からなくて。 スマホに残ったメールの文字の、 心配そうな様子から、 ようやく俺の振る舞いを思い出した。
"近づいて、来るの……、"
"忘れていいんだよっ………"
どの偶像を纏ったのかすら分からない、 気味が悪いほど震えた自分の声。 目の前で流れ落ちた、 ビー玉のように綺麗で透明な瞳。 あの瞬間、風景は、 異様に綺麗に見えていた。
こんな仕事をしているくせに、 なんだか、自分が清い者のような気がしたんだ。
"にげないでよ、りうら。"
それでも、やっぱり最後に聞いたのは、 何かを咎めるような幼い声だった。 しかし、それがいつもと違かったのは、 "その後"が無かったからだ。
…ずっと、黒い闇にいた。 なんの情景も浮かんではこず、 長いような短いような時間を過ごして。 そして、はっと目を開けた。
「何かあったら、絶対いつでも言うんだよ。 これ先輩命令ね、約束。」
きっと家まで送り届けてくれたのであろう、 彼からのメールの通知。 感謝の意だけ返して、 頭もあまり働かないまま、 とりあえずスーツに着替えて家を出た。
ああ、朝食を食べ忘れた、と気付いたのは。 そろそろ会社に着く、というくらいで。
…どうせ、何かを食べても何も感じはしない。 所詮只の作業を省いたにすぎない。
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呼びかけられる声に振り向けば、 にっこり笑ってとこちらを見る彼。 「りうら」という名前の反応速度も、 随分速くなってきた。
段々と、この偶像との距離が、 近づいているような。
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…いや、近づいてなんかない。 俺は「ライア」で、 今演じているのは「赤瀬りうら」だ。
この任務が終われば、終わる。 使い捨ての、薄い人格だ。
ターゲット
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この人格に情なんか持たない。 離したくないなんて思わない。 むしろ、離れたい。早く忘れたい。 この人格に入ってから、 夢は確かに進んでいる。
…だから早く、ここから抜け出したい。
ターゲット
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そう、思っているはずなのに。
ターゲット
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彼が腕を伸ばし、 俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。 口元が綻んで、笑い声が漏れた。
ターゲット
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おかしそうに笑った彼が、 俺の頭から手を離して肩をぽんぽんと叩く。 んじゃ、仕事すっか、なんて言う彼に、 そうですね、と笑いながら相槌を打って。
あとで報告をしなければ。 お昼休みに様子を見て連絡するか。 そんなことを思いながら、 目の前の仕事をただ黙々とこなしていく。 業務内容は、本来の俺に適する物だった。
報告、するのは。 昨日は心配をかけて申し訳ないということ。 あと、飲み会に行くということ。 そこに張本人がいる可能性が高いということ。 あと、あとは。
"兄貴って呼んでもいいですか?"
全部、事細かに、説明を。
初任務の時、先輩である彼にそう言われた。 俺がありがたいアドバイスしてやるよ、なんて 笑いながら言った彼に、 それは結構です、と返したんだ。
感情も、愛想も、皆無だった。 別にアドバイスなんか無くたって、 俺は俺だけでできると思ったから。
…でも。
"ライアっ!!!"
俺の不完全な部分は、ずっと前から。 彼に勘づかれていたんだろう。
でも、別に言わなくたって。
呼び方の変化なんか、 任務に関わることじゃない。 なんとなく、「兄貴」の方が似合うだろうと、 「赤瀬りうら」には似合うだろうと、 そう思っただけだ。 別に、伝えようが伝えなかろうがどうでもいい。
…じゃあ、どうして。 こんなに、報告するのを躊躇うんだ?
ターゲット
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カタンッ、とエンターキーを押した彼が、 椅子ごとくるりとこちらを向く。 その大きく綺麗な瞳は、 穢れなんて無い色をしていた。
ターゲット
思わず、素っ頓狂な声をあげた。
家族、なんて。 自分の頭から、もうとっくに抜け落ちていたから。
ターゲット
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まずい。 「赤瀬りうら」の家族関係なんて考えてはいなかった。 会社だし、聞かれることもないと 思っていたのだが、まさかこんな所で。
いや、でも。 ここで失態をしてしまっても、大したことは無い。 これからその設定に忠実に生きるだけ。
ターゲット
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まあこれから俺がなんぼでもやったるけど、と 彼はにかっと笑ってみせる。 あぁ、何か言わなきゃ。 「赤瀬りうら」は、こんなことで 言葉に詰まらないに決まっている。
ターゲット
肩に、温もりを感じる。 失言をしたことに気づいて焦り、 思わず俯いていた俺は、 はっと顔を上げた。
ターゲット
…何かが、進んでいく。
ターゲット
あぁ、確かにあの時俺は。
「赤瀬りうら」
確かに俺は、 その手の温もりに笑っていた。
"おにーちゃん、………"
「ライア -その線で⬛︎して-」 第八話
コメント
2件
更新ありがとうございます! 赤くんの抱えている不思議なものがめちゃくちゃ気になります! しっかり笑ってたってことはほんとに嬉しかったのかなと 思いました!続き楽しみにしています!( ˶>ᴗ<˶)
撫でられた時は無意識に心の底から笑ってたのかなぁ??߹ ߹ なんかもう黄くんと赤ちゃんの兄弟?みたいな感じが微笑ましい()