開いていただきありがとうございます! このストーリーは、この連載の第三話となっております。 注意事項等、第一話の冒頭を"必ず"お読みになってから この後へ進んでください。
初日潜伏任務終了 新情報無し
簡潔なメッセージを先方に送り、 スマホをポケットへしまう。 すぐに通知音が響いたが、 了承の意だろうと、 わざわざ確認することは無かった。
一般的な企業と同じ終業時間。 帰宅ラッシュの満員電車に揉まれ、 家の近くの裏通りへと着いた頃には、 俺の体は眠気を催していた。
自分を叱咤し、歩く速度を早める。 会社に潜伏したのが初めてのせいで、 慣れないことを大量にした。 今までの学生としての任務は 楽な部類だったのだという実感が湧く。
…けれど、俺には。 まだやることが残っている。
立ち止まり、目の前の ボロボロのアパートを見上げる。 一人暮らしを始めた時から住み始め、 未だ引越しはしていない。 騒音も設備にも大なり小なり問題はあるが、 ここはずっと俺の家だ。
…誰にも名前を付けられない、 "俺"でいれる場所だから。
外付けの階段を、一歩ずつ登っていく。 カン、カン、という音も、 今では最早心地良くて。
俺はようやく「赤瀬りうら」を脱ぎ捨てて、 それのついでに「ライア」までも捨て、 鍵を開けて家に入った。
暗く、手狭な六畳間。 電気を付けようと手を伸ばすが、 最近値段が上がったことを思い出してやめておく。 削れる出費は削るべきだろう。
その代わりに、 先方から支給された懐中電灯をつけた。 電池が無くなれば、先方から貰えばいい。 そんな甘えたことを思いつつ、 光の源に布を被せれば、 ぼんやりとした照明になった。
スーツのまま床に座り込み、 ほっと息を吐く。 仄かな光を放つそれが、 壁を照らして。
…隙間なく紙が敷き詰められた壁が、 ぼうっと光に浮かび上がった。 中央の文字に、目が吸い寄せられていく。
「ライア」
一番大きな紙に書かれた、一番強い筆圧。 この家のどこにいたって、 その紙はいつも視界に入るものだ。
ふっと、呟く。 欠けた一本線は、声にならなくて。
「嘘つき」になりたいと渇望する人間は、 この世にどれほどいるのだろう、と。 そんな目的もない考えが、 頭に巡っては消えていった。
…只の、つまらない好奇心だけど。
ゆっくりと視線を移動させる。 壁一面の、紙、紙、紙。 今まで演じてきた人物、 騙してきたターゲット、 関わってきた同業者たち。 全てが、そこには記録されていた。
そして、右側に新たに増えた紙たちは、 今回の任務の情報。
「赤瀬りうら」
「黒木悠佑」
「ーー社ーー部」
「社内に身内あり→脅すか、または聞き出せ」
「幹部本人に直接カマかけるか?」
「優しい男、正義感は強い方」
「告げ口のような形では望み薄」
大きく貼られている彼の写真が、 こちらを見つめているように見える。
…まるで、俺を咎めるように。
その大きな瞳は、 正しいことしか知らないような表情は、 俺が好きではないもので。
この世界の汚さを、 苦しいほど知っている俺には。 どうしても、好きにはなれないもので。
重い声が漏れる。 「ライア」の冷徹な声音でも、 「赤瀬りうら」の明るい声音でもない、 荒く、怒りに染まったような声。
"お前に感情が追加されたら、 完璧な嘘つきになれると思うけどね、w"
そんなもの。 そんなもの、いらない。 今ここにある感情すら、 全て捨てたい。
自分にそう問いかけても、 答えてくれる人はいない。 俺が演じてきた人物は、全て偶像で。 俺はここに、ただ一人しかいない。
"忘れろ"
…ああ、あの時からか。
俺の中の前向きな感情が、 心の奥で底を付いたのは。
苦しそうな声だけが聞こえる。 痛い、痛いとその度に思う。 いつ出来たのか分からない痣が、 疼くような気さえする。
あの夢は、 いつ頃から見始めたものだっただろうか。
…違う、もういい。 考えるのはよせ。
きっと、只のつまらない過去だ。
あ、切れる。 その予感がした瞬間、 ぶちん、という音が頭に響いた。
目が閉じていく。 この世界から、切り離されるような感じ。 幼い頃からそうだった、ような気がする。
体が、もうそれを見るなと俺を引っ張る。 俺を何かから守ろうとする。
…その中で、最後までこの瞳を覗いていたのは。
あのターゲットの、 大きな瞳だった。
いたい。
ねえ、にげよう? もう、ここからにげよう?
ー
ー
ー
ごめんなさい。 わるいことして、ごめんなさい。 めいわくかけて、ごめんなさい。
ー
ー
ちがうの。 なにもわるくないよ。 いたくなるのは、そっちじゃないよ。
なんでまもるの。 なんで、かわりになっちゃうの。
ー
ー
ー
ー
おいてって。 おてて、ぎゅってしなくていいから。 おいてって。
ねえ、なんでないてるの。
ー
ー
まって、いかないで。 いっしょにいく。いっしょに。
ー
ー
ねえ、おいてかないで。 いたくないよってして。 いたいのいたいのとんでけって、 おまじないかけて。
ー
ー
ー
ー
やだ。やだ。 おててつないで。ひっぱって。 おんぶして。ぎゅってして。
ひとりにしないで。
ー
ー
ー
ねえ、なんで。
なんでそんな、なきそうなのにわらうの。 たのしくないのに、わらうの。
ー
ー
いなくなった。 あそこに、ひかかってたおてて、 どこにいっちゃったの。
ざぱーんって、みずのおと。 あぶないよっておしえてもらった、 すごいたかいところ。
…にげなきゃ。にげなきゃ。
ー
ねえ、いたい。 おなかすいた。つかれた。
いっぱいあるいたよ。 もういい?もうねていい?
ー
あ、やわらかい。 つちのべっと。くさのもうふ。
…のど、かわいた。
ー
ねむい。 おやすみ、ばいばい。
…ばいばい、ばいばい。
目が覚める。 視界には、「ライア」の文字。
荒い呼吸。 伝う寝汗。
俺じゃない。俺じゃない。
こんな、最悪な悪夢は。 俺の過去なんかじゃない。
…そう言わないと、苦しくて。
何も分からないまま、 そう呻いていた。
「ライア -その線で⬛︎して-」 第三話
コメント
4件
更新ありがとうございます!✨ 赤くんの過去がチラッと出てきてろ赤くんにはまだまだ不思議なとこが沢山あるのでこれからのお話が楽しみです! 続き待ってます!頑張って下さい!(๑•̀ㅂ•́)و✧
コメント失礼いたしますm(*_ _)m これが赤さんの過去…もう1人のかたは口調的にもしかして青さんか黒さん…?でも話の流れ的に黒さんっぽいような気がする…(最初に赤黒主演桃助演って表記してあったし) 親に虐待されてたのかな…それで2人とも捨てられちゃって、黒さん(?)が赤さんを庇って海か川かに落ちちゃった…?? 言葉の使い方や雰囲気の出し方がすごすぎて、驚くばかりです…続き全力待機してます!
うわぁぁぁぁ過去編好きすぎる…