拓海
最近、死にたいが口癖になってきている。
嫌なことがあったのではない。寧ろ何も無いのだ。
特に面白みの無い日常。希望のない将来。
一体自分はなんのために生きているのか。自問自答を繰り返す。
そこに答えなんて無いと知りながらも、止めることは出来なかった。
拓海
自殺する気は無い。そこまで人生が絶望的ではない。
ただ退屈で、生きてることが苦痛になってきただけだ。
勿論自殺する勇気なんて持ち合わせていない。
それに親が悲しむだろう。
親の愛情を受けて育った俺は、無下に命を捨てることなんて怖くて出来ない。
ただ、死ぬ気も無いのに死にたいと呟く。それが俺だ。
しかし、死んでもいいと思ってはいた。 俺の命にそこまでの価値なんてない。
先程まで俯いて歩いていたのだが、ふと顔を上げて前を向いた。
するとちょうど目の前を、自転車で二人乗りをしている男女のカップルが通り過ぎる。
その二人はやけに楽しそうで、笑顔が、俺にとって憎たらしかった。
嫉妬なのか、ただ気に入らなかったのかは分からない。ただ存在が邪魔だと、そう思った。
拓海
つい口から溢れる。別に本気でそう思っている訳では無いのたが、無意識に呟いていた。
カップルの自転車は、そのまま坂を登って横断歩道を渡ろうとしていた。
電柱や住宅街の隙間から見えるカップルの姿は徐々に小さくなっていく。
すると、住宅街で隠れていた道路からトラックの一部分が見えた。
気付いたらカップルは居なくなっていた。
鈍い音が聞こえ、ブレーキ音が住宅街に響く。俺は足を止めていた。
次第に悲鳴が聞こえ始め、なにやら向こう側が騒がしくなってきた。
興味深かった。今まで見たことのない光景と、聞いたことのない鈍い音。
初めてこんなにも死を身近に感じたかもしれない。
俺は坂道を駆け上がった。
あのカップルはどんな姿になってるんだろう。血ってどれくらい出るんだろう。アレで生きているのだろうか。
色んな思考が頭の中を飛び交う中、坂を登って見えた景色は
非現実的なものだった。
思ったより跳ね飛ばされている二人の人間。よく見ると男の子の足が変な方向に曲がっている。
頭を強く打ったのか、意識は無いようだ。もしかしたら死んでいるかもしれない。 しかし生きていたとしてもその足ではまともに生活できないはずだ。
女の子は、男の子より飛ばされていた。二人乗りしていたから当然だろう。
手足をダランと重力に従わせて、背中を丸め前かがみの体制になっている。
女の子の顔が地面に擦られ、皮膚が摩擦で削れて赤みがかった肉が露出していた。
思ったより血は出ていなかった。映画とかでは沢山流れていた記憶なのだが、現実はそうでもないようだ。
近くに自転車も転がっていた。ただ、何も知らない人がそれを見たら自転車と判断出来るかは怪しいだろう。
体が震える。さっきまであんな笑顔で動いていたのに、いまや人形みたいだ。
先程までとのギャップに唾を飲み込む。こうも呆気ないのか。
見た感じ二人は生きている。こんなに悲惨な姿になって、まだ生きているのか。
少し感動した。生命力と、本当の死とはどういうことなのか、分かった気がした。
今までの俺は、何を言っていたんだろう。
死ぬとはどういうことなのかも知らずに死にたいだなんて。
よし、これからは生を感じて生きよう! 生きていることに感謝しよう!
拓海
俺は事故現場に背を向けて、スッキリした表情で坂を下っていった。
完