今日も玄関に猫がいる。
薄汚れたナリで、私を見上げている。
琴音
もう何度言っただろうか
ここに居ても餌など貰えないのに、いつも猫は玄関に居る
帰巣本能と言うやつだろうか。
冗談じゃない
私は猫が嫌い。 こんな奴を家族だなんて認めない。
「隣に越して来た 佐山さん、いるでしょ?」
「ああ、あの暗い感じの…」
「あの人って1人暮らしでしょう?」
「そうなんじゃないの?」
「誰かを連れ込んでる所なんて見たことないわよ」
「ああでも、毎日どこかに届け物はしてるみたいね」
「いまひとつ 掴めないのよね。何考えてるか分からないから、不気味だわ」
「うちってボロい木造アパートじゃない?だからよく聞こえるのよ」
「帰って来るな、帰って来るなって言う佐山さんの声が」
「誰かと一緒に居るわけじゃないのに!」
「まあ、佐山さんって視えるのかしら?」
「それとも……………ビョーキ?」
「どっちにしても不気味だわ。」
「ああそう言えば、徳山さんに聞いたんだけど」
「佐山さんって、昔は富裕層だったらしいわよ」
「佐山」の姓を名乗ることは、もう無いと思っていた。
資産家の「鈴木」の姓で、勝ち組になれると思っていた。
義父の遺産を継ぐ、と言うゴールは すぐ目の前にあったのだ。
たいして面白くない夫の話に爆笑してるフリをしたのも
出来の悪い娘の長所を無理やり見つけて褒めちぎったのも
玉の輿に乗る為、甘んじて受け入れた。
それだけじゃない。
「近所付き合い」と言う名の 愚痴不幸自慢大会、お土産オークション
の相手をしているのも私だった。
こんなに頑張ってるんだから、遺産を貰うのは当然の権利じゃない?
なのに なのに義父は言った。
「国に寄付する」 はあ?
ふざけんなって なるでしょう?
琴音
思い切り壁を殴った。
今までの苦労は何だったのだ。 こんな馬鹿げた話があるだろうか。
イライラが最高潮に達している私の足に、猫がすり寄って来た。
義父が可愛がっている猫だ。 餌やり担当は私だけど。
空気を読まず、その猫は「餌をくれ」と訴える。
猫相手にシカト攻撃は通じない。 でも今の私は猫相手でもイライラする。
琴音
察しろ。 主人に似て頭が悪いな。
ああもう本当 黙れ
琴音
側にあった分厚い本を投げつけた。
一撃。
もともと年老いて、あちこち弱ってる猫だ。 一撃で動かなくなった。
庭に放り出して、野良猫の仕業とでも言おうか… と、考えているうちにシャッター音が鳴った。
スマホを持った娘が、意地の悪い笑みを浮かべて立っていた。
あとはもう一瞬。
「おじいちゃんのお金を貰えないと知ったお母さんが怒って猫を殺した」 それだけで追い出された。
「金の亡者」「人でなし」と罵られた。
たかだか猫を殺しただけで!
ふざけんな ふざけんな、ふざけんな
ふざけんな
今日も玄関に猫が居る。
私をこんなボロアパートに追いやった猫が居る。
琴音
ここはアンタの家じゃない。何度そう言っても玄関に居る。
餌でも貰えると思っているのだろうか。
そんな目で私を見るな
琴音
花瓶を投げた。
「昨日の佐山さん、凄かったわよ」
「ひときわ高い声で 帰って来るな! の、後 ガシャーン!」
「まあ恐ろしい」
「それで今日 佐山さんの部屋の前に」
「ぬいぐるみが落ちてたのよ。猫の。ずいぶんボロボロだったけど」
「やっぱり佐山さんって、ちょっとアレなのよ」
玄関にあるのは、割れた花瓶。 猫の毛
わた
ドアの外に追い出しても、まだ猫はいる
ニャーとも鳴かない、薄汚れたボロボロの猫
私の玄関には猫が居る。
猫: 愛玩用、またはネズミ駆除用として飼われる。
お母さんが嫌いだった。
たぶん、お父さんも お母さんのこと嫌ってたと思う。
おじいちゃんのお金を狙っていることは、子どもながら察することが出来た。
とってつけたように大袈裟に褒めるお母さん
見下されている、とすぐ気づいた。 見返りあっての行動。
だからお母さんが嫌い。
一度お父さんに聞いてみた。「どうしてお母さんと結婚したのか」と。
お父さんはシニカルな笑みを浮かべて、猫の説明をしてくれた。
愛玩用、またはネズミ駆除用
確かにお母さんは顔はいい。 ネズミのように這い回る面倒臭い近隣住民の相手もお母さんの仕事だ。
「飼われる」___なかなか上手い例えだ
だからボロを出したら、すぐ追い出されるのだ。
なのに お母さんは毎日帰ってくる。
ここはもうお母さんの家じゃないのに、門の前で「ただいま、ただいま」と鳴いている
シカト攻撃は通じない。
既にお母さんの目は焦点が定まっていない。
今日も門の前に「猫」が居る。
ここはアンタの家じゃない。
帰巣本能とか言うやつだろうか。 冗談じゃない。
ああもう
帰って来ないで!!
コメント
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本当にもう…非リア弟さん…🙏🏻 冒頭では、ずっと琴音さんと猫が居ると思っていて、近所の方がペットが居ることを知らなかったのかな、なんておバカなことを考えていたんですが、物語後半の、琴音さんが「猫」として捉えていたものの正体が分かった瞬間にハッ!となり、そして終盤の娘視点での「お母さん」の表現の仕方にもハッ!となり、驚かせっぱなしでした…。
物語面白かったですっ🙌 フォロー失礼しますm(*_ _)m テキストの使い方,主人公の心情の表し方が上手でタップしていくのがとても楽しかったです♪