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スタート。
東京は、灰色だった。
誰もが諦めて、誰もが何かに染まっていた。
梵天の支配の下、抗う者も、祈るものも、
みんな等しく沈黙していく。
その中心にいるのが佐野万次郎。
かつて見た夢など、とうにこの手で焼き尽くした。
優しさも、温もりも、
昔見せたあの笑顔も、
全てはこの拳から零れていった。
そんな万次郎が‘‘あいつ‘‘に出会ったのは、雨上がりの午後だった。
ユウ
ユウ
その声は、あまりに唐突だった。
廃ビルの一角。
瓦礫の中に、ポツンと腰を下ろしていた少年。
髪は少し跳ねて、服は汚れて、膝に抱えた小さなディスプレイヤーから古い曲が流れていた。
佐野万次郎
ユウ
ユウ
ユウという少年は、にこりと笑った。
_____その笑みが、どこか昔の’’あいつ’’に似ていた
佐野万次郎の心の奥、もう忘れたと思っていた場所が、わずかに揺れた。
佐野万次郎
ユウ
ユウ
嘘にしては真っ直ぐな目だ。冗談にしては胸が軋んだ
その日から、万次郎はたびたびそこに訪れた。
梵天の狩猟としての顔を脱ぎ捨て、ただの人間として。
ユウは少しずつ自分のことを話してくれた。
空っぽの記憶。好きな音楽。雨の音が落ち着くこと。
ある日、ユウが言った。
ユウ
佐野万次郎
佐野万次郎
ユウ
ユウはそう笑ったが、その表情には、どこか哀しさが滲んでいた。
その次の週、ユウは来なかった。
佐野万次郎
次の日も、次の週も、雨が降っても、晴れても____来なかった。
佐野万次郎
痺れを切らした万次郎は、手を回して彼を探させた。
だが、存在しない。どこにも’’ユウ’’という少年はいなかった。
唯一、あの瓦礫の隅に置かれた小さな音楽プレイヤーだけが残っていた。
佐野万次郎
再生ボタンを押すと、古びた一曲が再生された。
___万次郎がかつて真一郎の部屋で聞いていたあの曲だった。
「お兄さん、ぼく、生きてて良かったのかな。」
最後に残された音声メモ。壊れそうな声。
問いかけるような、許しを乞うような。
万次郎は、声を出せなかった。
夕暮れ時。
雨の音が静かに屋上を叩く。
一人きりの灰色の空の下、万次郎はプレイヤーを握りしめ、目を閉じる。
そして、誰もいない空に向かって、ポツリと呟いた。
佐野万次郎
佐野万次郎
笑っててくれ。
その目に、涙はなかった。
ただ、雨は、まるで誰かが泣いているかのように、強く、激しく降っていた。