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イギリス
私の声が、飴色のフローリングの上に、ぽつりと落ちる。
やわらかな木漏れ日が差し込むこの部屋で、イギリスは1人、悩んでいた。
リビングの中央、年季の入ったテーブルの上には、 クッキーとスコーン(購入品)が2人分。
そして、鮮やかな赤の薔薇が一輪、静かに生けられている。
いつもなら迷わず「英国式」の堅実な選択をしますが、 今日はそうもいかないのです。
なぜなら今日は、ーー
イギリス
遠く離れたアジアから、遥々、日本さんがやってくるから。
ぱっちりとした、深い紅の瞳。
落ち着いていながらも、どこか触れれば壊れてしまいそうな仕草。
そして、彼の紡ぐ、儚く美しい、ガラス細工のような繊細な言葉。
それに私は惹かれた。
もはや、一介の友人というよりも、彼という存在に魅せられた、 哀れなノベリストかもしれない。
ティーセットをかちゃかちゃと鳴らしながら、 壁にかかった古時計に目をやる。
今はまだ3時前。日本さんがくるのは、確か3時間半。
秒針の音が、心臓の鼓動と重なって聞こえる。
ふふ、少し張り切りすぎでしょうか。
イギリス
イギリス
住んでいる場所が遠い、という物理的な隔りだけではない。 日本という存在は、あまりに人気だ。
彼を取り巻く国々の輪は広く、いつも誰かが彼を求めている。
…この間だって、中国さんとお話しされていたそうだ。
1人でいることが多く、人付き合いが苦手な私は、 その輪の中に積極的に割って入る勇気がない。
英国紳士としての矜持が、邪魔をする。
でも。
イギリス
私の、あまりに個人的で、小さなひとりごと。
何処からともなく、澄み切った水面のような声が響いた。
同時に、ふわり、と優しい花の香りがした。
顔を、横にスライドさせると。
え、
ええ、
イギリス
イギリス
日本
イギリス
日本
ぃいいいや早くきてくださったのは嬉しいんですが 心臓に悪すぎるッッッ‼︎‼︎
赤くなったり、青くなったりと、一人百面相を繰り返す私に、 日本さんはさらなる追い打ちをかける。
日本
イギリス
やっぱり聞かれてましたか!! あんな、あんな恥ずかしい独り言っっ……!!
日本
その言葉が、熱線のように私の頬を焼く。
イギリス
ふふ、と口元に手を当てながら笑う貴方は、やっぱり蠱惑的だ。
貴方といると、いつも崩すまいとしている「英国紳士」の仮面が揺らぐ。
イギリス
きっと、今だって。
日本
私が用意した席に、日本さんが腰掛ける。
その一つ一つの動作にさえ、気品が漂っていて。
…日本さん。貴方、一体どれだけの人を堕としたのですか?
イギリス
お湯を沸かしながら私が尋ねると、彼は少し考える素振りを見せた。
日本
イギリス
思わず、マヌケな音が口からこぼれる。
イギリス
たっぷり3秒かけて、 あぁ、と嫌でも脳が理解する。
揶揄われているだけだ。 彼は、自分に恋慕なんてものを抱いてはいない。
それに、私は知っている。 彼には、想い人がいることを。
それが、中国さんだということも。
そして…2人が、両思いだということも。
それの比べて、自分は、ただの拗らせたファン紛い。
だから。だから、勘違いなんて、してはいけないのだ。
そんな、黒い思想はバレないようにしなければ。
三枚舌には慣れています。
イギリス
イギリス
日本
イギリス
ティースプーンで測りながら、茶葉を入れる。
それを蒸らし、少ししてから、お湯を注ぐ。
立ち上がる湯気が、私の火照った頬を、そっと冷やしていくようだった。
出来上がったものをお気に入りのティーカップに入れ、 日本さんのところに持っていく。
琥珀色の液体が、彼の瞳に反射して、揺らめいた。
日本
イギリス
カップを渡す際、指先がかすかに触れ合った。
その一瞬の熱に、イギリスの胸が、また音を立てる。
日本は優雅な手つきでアッサムティーを一口含む。
琥珀色の液体は揺れ、窓の光を反射させた。
日本
イギリス
褒められるのは純粋に嬉しい。
ただ、心臓が痛い。
イギリスは、赤い薔薇に視線を落とした。
この花も、貴方を思って選んだんですよ。 3本。 「I love you 」という意味を込めて。
勿論、言葉にする勇気はない。これは、ただの装飾品だ。 英国紳士の嗜み。それ以上でも、それ以下でもない。
イギリス
会話の舵を、安全な方に切る。創作の話なら、平静を保てる筈だ。
日本
イギリス
思ったままを伝えると、日本さんは頬を掻く。
その仕草ですら、彼にかかれば絵になるのだから大したものだ。
日本
私の拙著を褒めてくださった後も、 彼の口は止まらず、「それから、」と視線を落としながら続ける。
その視線が、ふとテーブルの薔薇に留まった。
日本
その笑顔は、あまりにも無垢で、鋭利な刃物のようだった。
イギリス
絞り出す様な声しか出なかった。
日本
日本の言葉に、イギリスは紅茶を吹き出しそうになった。
心臓が飛び跳ねる。
イギリス
日本
日本
日本が悪戯っぽく目を細める。 その紅い瞳の奥で、何が渦巻いているのか、私にはわからない。
イギリスは頬が火照るのを感じた。
ああ、この人はどこまで計算高いのだろう。何処まで人の心を弄ぶのだろう。
イギリス
日本
日本
彼はそう言って、私の心の防御線を、あっさりと飛び越えてみせた。
つまり、こう言いたいのだ。 イギリスさんの家に咲いていたから、飾っているだけだろう、と。
日本
ああ、そうきたか。
知っていた。この想いをかえしてもらえることなど、きっとないと。
彼には中国さんがいる。 なんなら、あのバカ息子もいる。
私は、ただの「友人」。
貴方という唯一無二の芸術作品を愛でる、 「1人の読者」であり、「友人」だ。
でも、それでもいい。「友人」で、いいんです。
夕暮れが、部屋の中の曖昧な空気と、私の秘めた想いを、 優しく包み込んでいくようだった。
窓の外では、陽が、少しづつ傾いていた。