コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
イソップ
イソップはトレイシーと知り合ってまだ短い。 そも、彼がこの荘園に来たのはつい数時間前の事である。 然し、それでも確かに、今まで生者と殆ど関わってこなかった彼でも明瞭に分かった、違い。
トレイシー
イソップは固唾を飲み込んだ。二人の間には可笑しな緊張感が渦巻き、それは彼等以外がそこに入り込む事を許さない証となった。
トレイシー
其れは、ある意味で全く想定外の言葉だった。
イソップ
トレイシー
イソップ
トレイシー
イソップ
トレイシー
「僕はまだ生きたいの!」
イソップ
イソップにとっては期待外れ、そう言うのが正しいだろう。 この数十年、思えば物心付いた時から探していた“生きる屍” 其れを漸く見付けたと思った彼にとって、トレイシーの言葉は深く胸に突き刺さった。
トレイシー
「なら先程、僕の事を苗字で呼んだ理由は何ですか。」 食堂へ足早に向かって行くトレイシーに対し、そう問い掛ける事は彼には出来なかった。
本当にトレイシー・レズニックは生きる屍だろうか? 彼女の朝の態度の限り、僕の理想とはまるでかけ離れた存在だ。 天衣無縫。 嗚呼、書いてるだけでも反吐が出る! しかし、途端な苗字呼びはやや気になった。 朝だけで彼女の思いが大きく変動したが、天秤で測ったらまだ嫌いの方が重い。 まだ解らない。 “ゲーム”とは何だろう。 今日は色々な人から名前を言われて、誰が誰だか覚えていない。
××××年 12月22日
泥棒のクリーチャー・ピアソン? クリスチャー・ピアソン? どっちだったかは忘れたが 、荘園の探索しようとした矢先に今日はその生者によく話し掛けられた。 ついでに確か…… 弁護士のフレディ。もうこれが苗字か名前かどうかすらも解らない。 けど、どっちかは忘れた。 あの二人は仲が悪いみたいだ。 僕が自己紹介を自分からしなかった事につらつらと文句を垂れていた。生者の怒り程愚かな物は無い。 機械技師は今日も明るかった。
××××年 12月23日
明日はクリスマス・イヴの日だ。その所為か、荘園はここ三日の中で一番五月蝿かった。 パーティーでもするのだろうか? どちらにせよ、参加する気は無い。 今日は基本的に部屋に篭っていた。 機械技師の声が一番大きかった。
イソップ
今日の分の日記を書き終わった後、イソップは何処か遠い目でその日記を眺めていた。
イソップ
屍であったトレイシーの目撃から、早二日。彼の頭の何処かには必ず彼女が居た。
イソップ
然し、彼が求めている死者。二日前の早朝の姿を彼女は一向に見せる事は無く、其れどころか初対面の時よりも天真爛漫さが増していた。 其れは、社交恐怖の彼がこの世で最も嫌う生者の姿である。
イソップ
その心を抱いたのは、三日前。
イソップ
そう想ったのは、二日前。
イソップ
そう怨んだのは、一日前。
イソップ
そう叫んだのは、今だった。
クリスマス・イヴの日に蝋燭一つだけしか灯っていない部屋で、雪景色も鑑賞せず、一粒の米すら誰かと共に食べたく無い者など何処に居るだろうか。
イソップ
其の者は此処に居る。
イソップ
時計の針が十二時を過ぎた頃から、彼は異常なまでに怯えていた。 部屋の外から聞こえてくる陽気な声、時々響く足音。 生者嫌いのイソップにとって、これ程までの拷問は存在しない。
その時またも部屋に響いた三回のノック音に、びくりとイソップの身体は大きく跳ねた。 せめて訪問者くらいは誰か確認しようと、ベットから徐に体を起こして出入り口の扉の前までゆっくりと歩く。
エマ
扉一枚挟んで向こう側に居るのは、庭師のエマ・ウッズだった。
エマ
生者嫌いにも良心は存在している。 エマの消え入る様な声に、今まで怯えてばかりだったイソップも流石に反応した。
エマ
イソップ
エマ
エマに連れられて彼が来た場所は食堂だった。自室に居た時はあんなに煩わしく聞こえて来た音の出所は此処かと刹那に思うが、中からは一つの音も聞こえてこない。
然し、食堂に一歩でも足を踏み入れた入った途端に其れは発生した。
複数の、何かが弾けた音。
エマ
イソップ
エマ
イソップ
音の正体はクラッカーであった。 机の上には豪華な食事が置かれ、彼の他にも多くのサバイバーが食堂に集まっている。
エマ
“ただ一人を除いて。”
イソップ
イソップ
結果的に、彼が十分もしないであのパーティー会場を抜け出して来たのは言うまでも無い。
イソップ
そのまま死人の様に、イソップは眠りにつくのだった。
人間というのは何と不便な生き物だろうと、目を覚ました時にイソップはまだ眠気が抜けぬ頭で思考した。
イソップ
彼は空腹で目を覚ましてしまったのである。
イソップ
体こそ洗ったものの、今日の彼は食事を一度も取っていないのである。 エミリーが部屋に態々運んだ物も無視し、雨粒も飲まずに今日ここまで過ごして来た。
何故そこまでしたのか? 答えは単純明快、クリスマス・イヴなどと言う今となっては陽気が集まるこの一日に、何としてでも人と会いたくなかったからだ。
然し、当然食べなければ腹が減る。 骨が目立つ体を持つ彼でも、其れは変わらない。
イソップ
現在の時刻は午前二時。 覚束無い足取りで、彼は食べ物を求めて食堂へと向かった。
イソップ
当然、食堂に光は灯っていない。数時間前はあんなに騒がしかったこの場所も、今はすっかり静寂に包まれ、一人の影も見当たらなかった。
イソップ
何処から小さく、足音が耳に届いた。 次第に大きくなるその音に、イソップは当惑する。 拙い、見つかるーーそうは思っても、体力が抜け落ちた体は上手く働いてはくれない。
ゆっくりと扉が開かれる。その先に居たのはーー
トレイシー
トレイシーだった。その姿形は、イソップが初めて彼女に対し興奮を覚えた時と全く同様だった。 白く変色し、然し先端だけは何故か黒く染まった髪、汚れの付着した白いセーター。両手には工具箱を持っている。
イソップ
トレイシー
『発した言葉は死んでいた。』
イソップ
トレイシー
イソップ
トレイシー
生きる屍は机の上に音もなく工具箱を置いた。
トレイシー