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その提案に、イソップは意味も無くマスクを直した後、小さく首を縦に振った。

トレイシー

……成立ですね。

と言い残し、トレイシーはイソップを食堂に残したまま何処かへ去って行く。

イソップ

……………。

トレイシー

………どうぞ。

数十分が経過し、イソップの前に持ってこられた料理はミネストローネだった。

イソップ

……ありがとう、ございます………。えっと…い、頂きます……。

スプーンでスープを掬い、口に注ぐ。今日一日水すらも飲んでいなかった彼にとって、そのスープは砂漠のオアシスの様に感じられた。

イソップ

……あ、お……いしい……です。

トレイシー

……そうですか。なら、良かったです。

彼等の食事中の会話は、其れで終了した。

沈黙の中、イソップは食事を終える。この場には二人の人間が居る筈なのだが、不思議とひとりの人間しか存在していない様だった。 其れ程までに、トレイシーはこの数十分沈黙を貫いていたのだ。

イソップ

……ご馳走様、です……。

トレイシー

………はい。

持ってきた工具箱にすら手を付けず、食堂に取り付けられた大きな窓の外を眺め、時計の針が時を刻む音を聴いていた。 それが、彼が食事を終えるまでの彼女の行動である。

途端に、トレイシーはイソップの方を向いてーー

トレイシー

………私が此処に居る事を、貴方は知っていたのですか……。

イソップ

い、いえ………。

トレイシー

……パーティーに私が居ない事は、気付いていましたか。

イソップ

………居ない、とは、思って……ました。

トレイシー

……今日はずっと自室に居たのですか。

イソップ

……は、はい……。

トレイシー

………今の仕事は、好きですか。

イソップ

……はい。

トレイシー

……………生者は、好きですか。

イソップ

………………。

唐突に始まった質問責め。彼にとって、この行為はそこまで珍しい物ではない。

然し、其の質問は初めてだった。

トレイシー

……別に、何を言っても軽蔑しません。唯、同胞かどうか確認したいだけの事。

イソップ

……“同胞”?

トレイシー

……貴方は私の秘密を知った。でも、それで私を愚かだとは思っていなかった。……寧ろ、昼の“僕”を愚者だと思っていた。………私には、そう見えました。

イソップ

………貴方は、何なのですか?

トレイシーの存在を否定しようとして投げ掛けた質問では無い。唯、興味を持ったのである。彼の人生の中で、初めて。

トレイシー

………唯の機械技師ですよ。明るくて、可愛い。後、人懐っこい……機械技師です。

イソップ

……ですが、今は……。

トレイシー

……何でしょうね。自分でも、分からないんです……。もう……私は疲れてしまいました。

イソップ

………………。

トレイシー

……多重人格じゃ、ありませんよ。朝と昼の“僕”も、夜の“私”も、何方も……トレイシー・レズニックです。

イソップ

………レズ、ニック……さん。

トレイシー

………だけど、今の私は………人間嫌い、なのです………。

トレイシー

………貴方は、私と同じでは無いのですか……。

この問いにどう答えるのが正解か。其れは、彼等しか知らない。

イソップ

………同じだと言ったら、貴女は如何するのですか?

荘園に来てから初めて、イソップは普通の人間と同じ様に喋った。

トレイシー

………頼みがあります。貴方にしか頼めない、自分では叶えられない、此処エウリュディケ荘園では当たり前と化していても可笑しくない事を………。

イソップ

……其れは、何ですか?

トレイシー

……貴方と私は同胞なんですね。

イソップ

………話を、聞く限りでは。

トレイシー

…………お願いがあります。イソップ・カールさん。

イソップ

………はい。

「私を、殺して下さい。」

ある納棺師の日記

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