桜の記憶は散ってしまう

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第24話『紫のヒヤシンス』

目を開けた瞬間、らんは言葉を失った。

見慣れた天井。

静かな部屋。

自分の手は……震えている。

胸の奥に、ひどく重たい何かが残っている。

そして――目の前には、いるまがいた。

いるまは、穏やかな目で見つめ返していた。

けれどその袖は、少し引きちぎれたようになっていて。

手の甲には、うっすらと赤い擦り傷が浮かんでいる。

らんは、凍りついた。

声が震える。

思い出そうとしても、頭の中は空っぽだ。

ただ、心の奥に、焼け付くような恐怖と――「何かを壊してしまった」という確信だけが残っていた。

震える手を見下ろしながら、ぽつりぽつりと言葉を落とす。

その声はかすれ、今にも消えてしまいそうだった。

だが。

いるまの声は、静かだった。

らんが、いるまの服の裾を強く掴んだ。

その不安は、きっと嘘じゃない。

でも、そんならんを前にしても、いるまは表情を変えなかった。

らんは息をのんだ。

その言葉に、らんの指先が震える。

いるまは、ふっと目を細めた。

その言葉が、じわりと、らんの胸に染みていく。

どうして。

どうして、そんなふうに言ってくれるんだろう。

俺はこんなに不安で、怖くて、自分さえ信じられなくて。

でも――。

らんは、そっと頭を下げた。

頬を伝う雫が、膝に落ちた。

記憶は戻らない。

不安も消えない。

でも――今だけは、いるまの言葉にすがっていたかった。

らんは、いるまの隣に体を預けるようにして、目を閉じた。

その表情にはまだ影が残っていたけれど――

いるまがそっと手を握ったとき、らんの眉間から、少しだけ力が抜けた。

――信じたい。

――信じられる“今”を、ひとつずつ、積み重ねていきたい。

そう願いながら、らんは深い眠りへと沈んでいった。

第24話･了

𝙉𝙚𝙭𝙩 ︎ ⇝♡250