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2019/06/11
あの夏、僕は十八歳だった。 セミは朝から狂ったように鳴き続け、舗道の上では干からびた死骸が転がっていた。 僕は黒いスニーカーを引きずるように歩きながら、カバンの中のナイフの感触を、何度も確かめた。 ポケットに指を突っ込んだまま、信号が青に変わるのを待った。 僕には行きつけの図書館があった。 そこで、一人の女の子と出会った。 午後四時、誰もいないテーブルにその子だけがぽつんと座っていた。 白いシャツに、灰色のスカート。 肩までの黒髪が、蒸し暑い風に揺れていた。 足元には、破れた文庫本が落ちていた。表紙はもう判別できないほど色褪せていた。 僕はしばらく、遠巻きにそれを眺めていた。 声をかける理由なんて、なかった。 しかしそんなことが数日続いたころ 僕は何かに呼ばれるように、歩き出した。 知らないうちに、足が動いていた。 「……それ、面白い?」 思い切って声をかけると、その子は顔を上げた。 瞳は深く、暗く、けれどどこか人形めいて無機質だった。 そのくせ、唇だけがやわらかく歪んだ。 笑ったのだと気づくのに、少し時間がかかった。 彼女は横に振るだけで 「あ、そう」 会話はそれきりだった。