雅
………。

裏庭に面したこの場所は、壁半分足元が隠れる部分以外はガラス張りになっていて、晴れた日は景観が見渡せる。
雅
……。

健太郎
あっ。雅さんだ。

健太郎
何してるのかな?

健太郎はというと、五夏に命令されこの洗面所に置きっぱなしになっていたヘアピンを取りに来たのだった。
健太郎
コンコン。(ノックする音)

雅
……!

雅
健太郎。何しに来たの?

健太郎
え。ちょっと、五夏に命令…お願いされて。
忘れ物探しに来たんだ。

健太郎
何やってるの?

雅
……。

そこで何かを洗っているようにも見えるが、次の瞬間、雅が取り出したものを見て健太郎が驚く。
健太郎
(…え。人形?)

雅
うふ。

雅
ヘアピンって、これですわね。

健太郎
あ、そうそう。お花の柄が付いてるやつって…

雅
はい。

健太郎
ありがとう。雅さん

ギンガムチェックのエプロンを付けた五夏が、キッチンに向かい何やら作業に没頭している。
健太郎
…て言うことがあったんだよ。

五夏
ふうん。そっか…健太郎も見たんだね。

五夏
(ふと前を向き、ヘアピンを付ける)

五夏
知ってる?雅のこと。

健太郎
…ん。どんな事?

五夏
あの子ね、三条家の従兄弟にあたる二条家の子息なんだけどね、

五夏
こっちに引き取られるまでは両親の不仲で結構厳しい生活をしてたらしいの。

健太郎
ふうん…雅さんが

五夏
うん。それで…その。

五夏
雅、あんなにかわいいけど実は…
…
…

五夏
おとこのこなの。

健太郎
え、そうなの?

五夏
うん。それで、まあ

五夏
他にも色々あって。

五夏
だけど今はちゃんと働いてるし、もう向こうの家からも因縁付けられる事もないしね。
別に何の問題もないのよ?

健太郎
…。

さっき、健太郎が見たもの。雅が持っていたのは、幼児が使うような人形だった。
五夏
雅に、最近恋人が出来たんだけど、私にはちゃんと話してくれないのよね。

五夏
気を使ってるみたい。あの子、変なキャラ被ってるけど本当は物凄く計算高いから。

健太郎
あー。確かに、そんな感じする。

五夏
そう?健太郎も分かるの

健太郎
いや、俺結構気使いだからさ

健太郎
ガサツな役者さんとかと居るとめちゃくちゃ疲れるんだよね。

健太郎
だから…いつも、多分雅さんも違う方面の気にしいなんだろうなって思ってたよ

五夏
ふうん。そうよね…。

五夏
雅っていつも、何も言ってないのに健太郎が居ると姿隠したりするしネ!

それを抜けた先にある離れの間の前のベンチに雅は座っている。
雅
ふー。ええと。いま、何時でしたっけ。

寿
あっ

雅
……。

雅
んしょんしょ

寿
おっ。すごい。雅さんて器用だなあー。

座って作業をする雅の背後に寿が佇んで見守っている。
雅
……!!

雅
寿さん/////

寿
これって何に使うの?

雅
えと…土に立てて、花の支えにするんです。

雅
んしょ。

雅
できたっ

寿
おお。

寿
…いっぱいあるねw

雅
そうなんです。お花のトンネルを作りたいって思ってまして/////

雅
(五夏ちんはこういうことできないからね〜。)

寿
ふーん。面白いこと考えるんだね、雅さんて。

雅
えへ。

雅
寿さん、その…

雅
もうご飯、食べましたか?

寿
ううん。今日こそ外で一緒に食べれるかなあって思って、また抜いてきたよ

雅
はうッ

雅
いちお、まだ仕事が残ってるんです。それに、昼間はちょっと…。五夏が、困るから。

寿
ふーん。仕方ないかあ。三条家って言ったらある界隈じゃ有名な資産家だしね。五夏さんも取引先との連絡で毎日大変でしょう。

雅
はい…。

雅
えと…私が作ったお弁当とかはいかがですか?

雅
/////

寿
あっなるほどぉ

雅
(なるほど?)

寿
確かにそういうパターンもあるね。こんなに良いお庭なんだし…ふふ。

雅
ん。

雅
(寿コンピュータか…?!)

雅
…ふう。じゃあ、これ。

寿
うん。たべるね。あ〜ん(^○^)

雅
……。

健太郎
で、ところでさ、五夏はさっきから何してるの?

五夏
わたし?えへ。デコレーションケーキ作りだよ。

五夏はちょうど、スポンジを重ねてケーキの土台を作っている最中だった。
健太郎
で、デコ?

健太郎
何か、あったっけ。誕生日だとか…

五夏
……。

健太郎
ねえ。

五夏
いいえ。これもひとつの修行の一貫。単にケーキを作るだけでなくセレモニーを主催するかのようにコンセプトまで立てて、細部まで装飾を至らしめる、何に対してもそう言った領域で挑むのが三条家の家訓なんです。

五夏
…なのよ。

五夏
…単に雅へのお礼で作ってるだけよ。いつも私の仕事を手伝ってくれて、スケジュールも縛っちゃってるからね。

五夏
でもいつもの癖でちょっと凝り始めちゃっただけ。

健太郎
ふうん。そっか。

健太郎
(誕生日かと見間違うって)

健太郎
(でも五夏ってそういう所あるよな…)

健太郎は、キッチンに置きっぱなしになっている外国の本格キッチンツールがぺかぺかな状態で置いてあるのを見ていた。
健太郎
(こんなのま〜、よく揃えたな。)

健太郎
五夏。ほら、ここクリーム付いてるよ。

五夏
(…とかなんとか言っちゃって。また、引っ掛けようとしてるのね)

五夏
しらんぷり。

健太郎
ねえねえ。

健太郎
五夏〜(^o^)早くほら、待ってるよ

五夏
(即ストレートに来るなよ)

五夏
真剣

健太郎
五夏が構ってくれないなら黙ってる五夏に悪戯しちゃおうかな

健太郎
きらーん

五夏
健太郎。わたしが真面目に作業してるからって、サディズム発揮するのやめてね。

健太郎
男の夢だろ!

五夏
ん。そうだ

五夏
…健太郎。雅の事だけど

五夏
あの子がしている事…。

雅
……。

寿
ごめん、我慢できなくって

雅
いえ、いんです////

寿
しかもお昼ご飯食べながら…俺何してるんだろ

寿
(水を飲む)ごくごく。

雅
/////

雅
(寿さん、かっこいい。どうしよう。)

寿
雅ちゃんも、ほら。あ〜ん(^○^)

雅
あ、う、う、は

寿
あれ?恥ずかしいの?

雅
ううっ…

寿
だいじょ〜ぶだよ。ほら。あ〜んして(^O^)雅さんの作ったたまご焼き

雅
(><)

寿
ふふ。だから口開けてって。

雅
(๑╹ω╹๑ )

寿
かわいいけどw

雅
…ふう。

寿
雅さん、かわいいね。連れて行っちゃいたいな

雅
…(●´ω`●)

寿
ぎゅっ

雅
/////

五夏
…雅はね、誰かを好きになると必ずあの、大切にしまってあったものを取り出して入水の儀式をしたがるの。

健太郎
(入水?やっぱり、あの人形、洗ってたわけじゃないのか)

健太郎
あの、人形を?

五夏
あれはね、祖母さんからもらった、雅にとってたったひとつの良い思い出なんだけど、

五夏
…雅が、女の子として生きると決めた日から、雅にとってたった一人の兄妹みたいにきっと思ってるのね。

五夏
私もそれに気付いたんだけど、雅にはなんて言えばいいのか分からなくって。

健太郎
…そうだったんだ。

健太郎
確かに、何か冗談だとか、変な意味でしてるんじゃないようには見えたよ。

健太郎
(…でもなんで、)

五夏
私も分からないけど、

五夏
誰かを好きになるって、きっと本人にも分からない事が起きてるのね…。

健太郎
ふーむ。

健太郎
うん確かに。五夏がいうと説得力あるよ。

五夏
……無視。

五夏
(…といいつつ、雅ちゃんは私にもくっ付いてくるけど、あれはきっとお人形遊び以前のものなのね)

健太郎
五夏。…まあいいや。

健太郎
でも、雅さんも五夏も、それで喧嘩するわけじゃないしな。

健太郎
問題は虫湖みたいなやつだねw

五夏
やめてよ。

五夏
同列に並べないで!

五夏
てか虫湖のお気に入りは、あなただもの。私のこと、虫湖はその辺のおばさんくらいにしか思ってないよ?

主従をいまだ理解しない虫湖にはそういう恐ろしい所がある…。
またこれも血縁のよしみでなかなか絶縁も出来ないのである。
健太郎
まあまあ。五夏のペットなんだろ。そっちこそ、可愛がってやれよ。

五夏
……無視。

健太郎
(雅さんのこと知れたのは良かったけど、なんだかそういう雰囲気じゃなくなっちゃったな。)

健太郎
五夏

健太郎
抱きついても良い?

五夏
だめ

五夏
こ、こらだめって!
