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ー慎一目線ー
都築慎一
露子の氷のような冷たい指先が、 僕の手を強く強く握りしめ、暗闇の奥へと引きずり込んでいく
その一方で、僕の左頬には、 火傷しそうなくらいに熱い、あいつの涙がひと落ち、静かに伝っていた
僕の視界は、 涙のせいでみるみるうちに滲んでいく
人の本心が見える鋭い目は、境界線を超えて届いたその雫の中に、 大きな光を見つけてしまう
寂しさの裏返しでも、 ただの依存でもなかった
その真実を知って、 僕は思わず瞳を大きくした
都築慎一
あいつは、僕が好きだった
誰よりも乱暴に振る舞うしかなくて、 誰の体温も知らなかったあいつが、僕にだけ純粋な好意を向けてくれていた
何も汚れていない、あいつの本心が、 僕の胸を容赦なく突き刺してくる
死んだ後にその本心を突きつけてくるなんて、 本当にズルい奴だよ、お前は
僕は鼻にシワを寄せた あいつを拒絶したわけじゃない 自分が嫌になった
都築慎一
今までは嫌になる程、他人の醜い本心が見えてしまう僕だったが、 その能力を、肝心な時に使えなかった
それどころか、ずっと待っていた勲を置いて、 闇へ消えようとしている
いつも心を閉ざして、人間を嫌っていたが、 単なる同族嫌悪に過ぎなかった
気がつけば、僕は自分の目から、 自分の涙を流していた
大声を出すことはなかったものの、 僕は勲の顔を思い出しながら、嗚咽を漏らしていた
一ノ瀬露子
隣で露子が僕を気にすることもなく、 無邪気に笑いながら、僕の手を引く
彼女の纏う底知れない怨念が、 僕の12歳の身体を包み込み、光の差す場所へ還る道を完全に閉ざしていく
僕は思わず後ろを振り返るが、 そこに勲の姿があるわけがなかった
僕自身が、露子の本心を知りたいという好奇心に負けて、 奈落の底へ一緒に落ちる選択をしてしまったからだ
都築慎一
僕の顔を覗いてくる露子に向かって、 僕はぎこちない笑みを浮かべた
僕はこれから、この女の子と一緒に、 退屈な遊びをやり続けるだろう
だけど、僕の冷え切った体には、 お前の温かい体温と、この涙の熱さが、 ずっと、ずっと、残り続ける
露子が僕をどれだけ深く侵食しようとも、 僕の心の一番深い特等席には、ずっとお前が座り込んでいるんだ
お前に愛されていることを、 この胸に抱いたまま
僕は露子と一緒に、永遠の迷子になろう もう、そうするしかなくなっちゃった こうなることを選んだのは、他の誰でもない、僕自身だったんだ
もう戻れない 勲と一緒に温かい場所にいる資格は、 最初から僕にはなかった
都築慎一
姿の見えない親友に、 僕は心の中で別れを告げた
僕が認知症でボケて、何もかも忘れてしまっても、 魂だけは覚えていたはず
88年の人生には、忘れたい日々が数多くあった それでも、勲と過ごした時間だけは、 忘れたくなかった お前の前にいると、年相応の普通の少年になれた
それなのに、僕の体は、露子と一緒にどんどん闇へ溶けていく 向こうの世界とは対照的な、光のない世界へ足を踏み入れた
都築慎一
勲、お前は僕みたいになるなよ どんなお前でも、愛くるしい親友のままだった
ー完ー
コメント
1件
読み終わりました……胸がぎゅっとなりました。慎一くんがようやく勲くんの本心に気づいた瞬間があまりに切なくて、涙がじんわり滲みました。「僕の『後ろの正面』、ずっとお前にあげるよ」という別れの言葉が、彼の不器用な愛情そのもので。露子との永遠の迷子を選んだ覚悟と、それでも心の特等席に勲くんを残す決意が、静かに刺さりました。素敵な作品をありがとうございます。