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もう冬が終わるねと君が笑う。
「冬は夏よりもずっと長い。」言い訳かのように僕は口に出してしまった。
食い気味の返答に驚いて、君は咳き込むかのように震えて笑う。
横を向いたまま俯いて、寒風に靡かれた髪の金木犀の匂いが僕の心を揺らす。
今の僕と前の僕は、差程変わらない。
君と別れて早1年が経とうとしている。いい加減恋仲ごっこも大概にしろと言いたい時だった。
何度か会うこともあり連絡も取り合っていたが、聖なる夜を彼女と過ごすことになるとは思わなかった。
鼻から見てみれば僕らは恋仲も同然。誰も1年前の賞味期限切れの元恋人同士なんて思わないだろう。
トレンチコートに身を隠し白い息を吐いた。手に息を当てるなんてことはなるべくしたくない。
まるで僕らだけの空間のように、沈黙が続いていく。
「終電過ぎちゃった。」君は僕に時計を見せて苦笑う。
一瞬君の目から光が落ちた。
その光は、ここのどのイルミネーションの光よりも綺麗だった。
彼女は泣いていた。
生憎手拭いは所持していないため、上着の裾で君の目を拭う。
ぷるんと揺れる純情な赤唇が、僕の頬も共に染める。
終電に置いていかれたのがそこまで悲しかったのか。いや違う。
「ごめんね」とマフラーに顔を隠して儚げに君が泣く。
いくら謝られても、周りから見れば僕が君を虐げているみたいだ。
あの日、丁度今日のような寒空の下で僕の手を振り払ったのは君の方なのに。
まるで僕があの日振ったみたいだ。
特別追いかけることもしなかったのは、少し後悔もあったが終わったことをいつまでも引き摺るほど小さな男でもない。
気持ちが変わられても、僕の気持ちは変わらない。もう運命共同体は終わったのだ。
永遠の約束は軽いだけの絵空事だということを幼稚な彼女に知らしめるいい出来事だと思った。
でも、そう思っていたのに、思いたかったのに、彼女の泣いている横顔が僕の胸を締め付ける。
まるで青年に戻ったようだった。
純粋なんて言葉は君に似合わないのに、今の君には何も知らない無垢な「純情」に見えてしまう。
もう、交わりも済ませた筈なのに。
君はあざとく僕の裾を引っ張って言う。
「ねぇ、あと少しだけこうしてて。」
男は小学生から気持ちの変化はしないと言うが、その通りだと思う。
ただ健気な目をした君を見ただけで、僕は何度も心を許してしまいそうになる。
何も言えない。君以外何も聞こえない。
もうどうしたらいいのか分からない。
if、もし君がと僕は想像してしまう
もし君が今日この日までずっと1人で苦しんでいたのだとしたら
もし君は、僕よりもっとクズな男にはめられて酷いことをされたのだとしたら
人は慌てるとないこともあると思い込んでしまうクセがある。きっとそれは今の僕が模範なのだろう。
僕の臆病が招いた種だ。君をあの日追いかけなかったのだって、心のどこかで君を信じていたから。
だから僕は今安心しているんだと思う。君が僕のところに戻ってきてくれて。
身寄りのない彼女と、臆病神の僕。
何にこだわりを持って繕ったところで何も変わりやしない。変わるのは僕自身だ。君もきっと、僕がいないと何も生まれない。
「今日はもう帰したくない」
臭い台詞で締めたのは、 これからを余興して。
ただひかるイルミネーションの中を、街中に歯向かうように2人で飛び出す。
逃げ出したいんじゃない。君ともう二度と別れたくない。そう強く感じてる。
君が大人になるまで、僕が大人になるまで寄り添っていたいんだ。君もそうだろ。
分かり合えなかったのは、お互いを信じていなかったから。
あの日僕が追いかけなかったのは、どこかで君を信じていたから。
君が僕に寄り付いて、僕が君を引っ張って。僕らしくないのかもしれない。でも、今の僕を誰も止められないのかもしれない。
「かもしれない」関係がどこまでも続くことを願っていく。
あの日をリセットしよう、戻ろうあの頃みたいに。あの頃みたいに笑おう、2人で。
絶対手を振りはらさないから。 涙を拭いて。
そうして目を瞑って温もり合った僕が目を開いて最初に見たのは、君の笑った笑顔に零れ落ちる綺麗な光の粒だった。