アリス
ああ、狄くん。…いらっしゃい
狄
……邪魔します、アリスさん
アリス
そんなに畏まらなくていいのよ。
…紅茶でいいかしら?
狄
ええ。
狄
あと…狄でいいですよ
アリス
…分かった。
ありがとね、わざわざ時間取ってくれて
狄
……アリスさん、さっきの──
アリス
『ミレナリア』、…の話。
そうでしょ
狄
…ッ
アリス
その為に呼んだの。
…君は分かってたかな
狄
…アリスさん、俺は……
狄
俺は…ミレナリアは「滅びた」と…
"あの人"から、確かに聞いたんだ
…だから、
アリス
聞いた……それは、誰から?
狄
……俺の…"恩人"、なんだ。
「──なぁ、
先生の故郷ってどんな所だったんだ?」
狄
あの人は……俺に、
そのミレナリアで"生まれ育った"って言った
アリス
!
狄
──でも、…"内戦で滅びた"、と
…そう言ってたんだよ
狄
…あの人が嘘つくとか、
……俺は考えられねえんだ
「──狄。おれはお前が生きていてくれるだけで、幸せだ!」
アリス
……そうだったの
アリス
…ねえ、狄。
……その人は、どんな人だった?
狄
…いつも明るかった。
それにどこかおどけてて、
狄
…よく笑う人だったよ
狄
…ああ、でも料理は下手でな。
作る度に焦がすし、何かしら壊す…
1回チャーハンを煮ようとしてた
狄
あと、近所の子供達ともよく遊んであげてたんだ
狄
それとお酒もすこぶる弱くて。
笑い上戸みたいで、酒が入ると
普段よりもいっそう顔を緩ませてさ
狄
…誰よりも俺の事を大切にしてくれて、
……愛してくれて。
…ずっと優しかった
狄
彼が居てくれるだけで
俺は…心の傷を癒された
狄
あの人との生活も…
心地よかったし、楽しかった。
…心の底から「幸せだ」と思えた
アリス
……ねえ、その人…今は
狄
……先生は…俺を守って死んだ。
アリス
ッ…!
アリス
…………そんな……っ
狄
…あの人、夢があったんだ
「──あん時のおれにとって、
ミレナリアは正に『ユートピア』
…そのものだったんだ」
狄
"ユートピア"を創りたい、と…
或いは、この世界をユートピアにしたいって
狄
「世界中がかつてのミレナリアのように、平和で幸せになって欲しい」と…
彼は俺にそう言った
「──言ってくれたろ?…この世界を
『ユートピア』にしたいって」
「──誰も悲しまない幸せな世界を、
俺は創りたいかな。」
「──…おれの夢、叶えてくれよ!
…楽しみにしてるぜ!」
アリス
……
狄
だから、その"夢"は…
『意志』は、俺が受け継ぐんだ。
あの日…そう決めたんだ
アリス
………赤髪
狄
…え?
アリス
その人、もしかしてさ
……"赤い髪"だった?
狄
ッ!?
狄
──なんで、
アリス
…彼の、名前
アリス
"雨良一朔"……
…で、合ってるかしら
狄
…!!!
アリス
───その顔は、
…図星ってことで、いいのかな
アリス
………そっか。
死んじゃったのね、一朔くん
狄
……どうして、…ッ
先生の名前をッ…!
アリス
あなたが話した"彼の夢"で確信したの。
あたしも…彼から聴いたから
アリス
……"幼馴染"なの、あたしたち
狄
…ッ!?
狄
じゃあ、…あんたは…まさか
アリス
そう。
…"ミレナリアン"よ
アリス
あたしと一朔くんは…
昔から仲が良くてね
アリス
というかは、"私の家"と"彼の家"同士の付き合いが長かったからだそうだけど
アリス
…よく3人で一緒に遊んだの。彼はあたしより3つ上だったかな
狄
……"3人"…って?
アリス
ああ…そうね、言い忘れてた。
あたし、弟がいたのよ。
…もう死んじゃったけどね
狄
……そう、ですか
アリス
彼、昔から明るくて…
太陽みたいな人だった
アリス
今思えばさ、あたしは彼に憧れてもいたのかもね
狄
………
アリス
……『ミレナリア』は
アリス
滅んだよ。
それはハッキリ言える
狄
…ッでも…!
アリス
"あれ"はミレナリアなんかじゃない。
…本物のミレナリアがあんなに汚れてる訳がないの
狄
……汚れて…
アリス
……18年前のあの日、
確かに王国で戦争が起きたわ
アリス
当時の"帝"は殺され、
乱戦の中で数多の国民の命が奪われた
アリス
あの子…あたしの弟もね
狄
…ッ…
アリス
そして──気が付いたら戦は"政府"に平定されて、国は滅んだ
アリス
その時戦争孤児になったあたしと
一朔くんを含めた子供達は、視察に来た『協会』に皆んな拾われたの
アリス
あたしはその時9歳だった。一朔くんは13…ううん、12ね
アリス
…一朔くん、あの戦争で
"唯一生き残った日本人"だったの
狄
…ぇっ
アリス
それに優秀だったから…
それこそ、あたしよりも誰よりも。
アリス
協会に拾われてからすぐ、
あの人は才能を見出されて『政府』に移籍した
狄
…!
アリス
あたしはずっと協会に所属してたから、実はその後は詳しく知らないのだけど
アリス
なんでも彼、少年兵として各国の紛争の前線に出て日々死闘に暮れていたらしいね
狄
……あ、
「誰かと思えば……
8年振りだな、『C-139』」
狄
……そう…だったんだ
アリス
実際、政府は孤児の少年少女を一端の兵士に仕立て上げて戦わせた
アリス
と言っても、…子供なんだ。
周りの子達がどんどん死んでいくのがどんなに辛いか…とても想像できない
アリス
──そんな彼に転機が訪れたの。
仲間が戦場で怪我を負った時…彼の医療の才が開花して。
以後は軍医として従軍してたみたい
アリス
…でも、
あの人は20の時、
突如軍を脱退して…行方を眩ませた。
アリス
多分だけど…政府の方針に
ついていけなかったんだと思う。
アリス
「都合の悪い事実を一般人の犠牲を持って揉み消す」なんて、
…彼大嫌いだから
アリス
そこはあたしも同じだった。
だから…協会を抜けて、
ギィ様の組織に加入したの
狄
……でもじゃあ、
今のミレナリアは…
アリス
……その情報が掴めたのは、
10年前の話になるわ
アリス
政府と協会の"秘密通信"を、
あたしは偶然聴いてしまったの
アリス
そしたらさ…驚いちゃった。
アリス
18年前の"内戦"…
あれは最初から最後まで、
…『政府』が仕組んだものだった
狄
!!
アリス
全部政府の"自作自演"…
あたし達は全員、奴らの掌の上で転がされてたって訳なの
アリス
…本当に信じられなかった。
あたし達を助けてくれた"政府"…"協会"こそが、皆の命を玩具のように壊した…元凶だったなんて
アリス
…そして…母国の現状と、
奴らの"野望"も知ってしまった。
アリス
奴らは元『ミレナリア共和王国』の跡にそっくりそのまま同じ名前の国を造った。
アリス
『"千年王国"ミレナリア』…と名付けて。
アリス
新しい帝も最早肩書きのみ、
…国を救った"英雄"という事で、
ミレナリアは簡単に奴らの手に収まった
アリス
もちろん国民も…
国が滅びたことにすら"気付けない"。
アリス
──その日の夜、
あたしは協会から逃げた。
アリス
一朔くんには報せようとしたのだけど、
彼…その時にはもう政府に居なかったから
狄
……それでか、先生…
アリス
──君に…これを見て欲しいの、狄。
狄
…ロケットペンダント、ですか?
アリス
うん。…開けてみて
狄
…ッ!!
中にあったのは、
丸く切り取られた、古びた写真だった。
…その写真に、3人の子供が写っている。
幼いながらも今の面影がある少女は
小さな少年を抱いていて、
その後ろから、
──これまた見覚えのある赤髪の少年が
鮮やかな笑顔のまま、
左手でピースを掲げている。
アリス
………まだ、5歳だった…ッ
アリス
あたしはもう…
どうしたらいいかなんて分からない。
もしかしたら、…死にたいのかもしれない
それでも…もう誰も失いたくないのッ…
狄
…アリスさん…
狄
……俺も、弟がいたんだ
アリス
…!
狄
…村が滅びたあと、
俺は何度も…死のうとしたんだ。
狄
でも…駄目だったよ。
ここで俺まで死んだら…
あいつらが報われないよなって
狄
だから俺はしぶとく生きることにした。
…先生が教えてくれたんだ。
「生きてりゃ絶対良い事があるぜ」って
アリス
!…一朔くんが…
狄
だから…──だからさ、アリスさん
狄
考えるのは後回しにできるからさ
…何があっても生きよう、絶対
アリス
…そうね。ごめんなさい
アリス
…もしかしたらあたし、誰かに話を聞いてもらいたかったのかもしれないね。
…君と話せて良かった。
ありがとう、狄(ニコッ
狄
……!
狄
…こちらこそ。