桃side
悠佑
アニキと共に一階へ降り、リビングの扉を開けて中に入ると、なんとも言えない重い雰囲気を纏った家族がいた。
真ん中の境界線で左右に分かれているような感じで、右にはまろ、恵理子さん、佑さん。
左には初兎ちゃん、ほとけっち、りうらの順で向かい合って並んでいた。
俺はなんとなく左寄りの場所に立ち、アニキは右側に移動する。
その時チラッと見えた年下組の表情は、嫌な予感がするのか少し歪んでいて、不安が滲み出ているようだった。
かくいう俺も、そんな気持ちで。
まろはご両親に挟まれて下を俯いているだけだし、アニキやご両親の顔もいつも見たいな笑顔ではない。
普段と違うものが一つでもあると、 不安を煽られるのは人間の本能だと思う。
思わず俺は自分の着ていたパーカーのお腹辺りの布を、ギュッと握りしめて自分の心の中の不安を誤魔化す。
そして__ついにまろが口を開けた。
いふ
いふ
まろは苦笑しながら、俺たちに向かって謝罪の言葉を述べる。
それに対して俺の隣でまろを疑わしげに見ていたりうらが、 首を傾げて言った。
りうら
いふ
どうやら説明はまろからになりそうだ
まろは拳を固く握り締めて、目を強く瞑ると言いにくそうにアニキやご両親の顔をチラチラと見る。
アニキが「大丈夫やで」とまろの背中を押すように、優しく撫でた。
それに安心したのか、まろは大きく息を吐くと顔を上げて、俺たちの瞳をしっかりと捉えた。
自然と俺たちの間にもピリッとした緊張感が流れてくる。
そしてゆっくりと開かれたまろの口から放たれた言葉は・・・・・・俺たちの動揺を酷く誘うようなものだった。
いふ
いふ
四人
一瞬、なにを言われたかわからなかった。
まろ、が、海外に、行く・・・・・・?
俺は急な報告に、胸が締め付けられるような感覚がして、お腹の辺りを握っていた手を胸の前に移動させる。
年下組の表情も驚愕以外の何ものでもなく、初兎ちゃんに関しては少し目が潤んでいるような気もした。
ないこ
まろが元々英語ができるのは知っていたが、なぜ海外に行く意味があるのだろう。
俺がそうまろに問いかけると、彼は申し訳なさそうに、だけどどこか居心地悪そうに視線を泳がせて答える。
いふ
いふ
まろは一度目を強く瞑って、大きく目を見開いたと思うと、俺たちの視線を真っ直ぐに捉えてくる。
でも彼の手や足は少し震えていて、俺たちに伝える事に対して不安を抱いていることが窺えた。
初兎
りうら
いふ
いふ
いふ
恵理子さんと佑さんが出発する日、ということはまろが日本にいる時間は大体二週間ぐらいだろうか。
仕事の関係上少し早めに日本を出るそうなので、不幸な事にまろと残り居られる時間は少なくなる。
でも__ これはまろの決めたことだから。
ないこ
俺の言葉にまろが勢いよく顔を上げて、反応する。
いふ
ないこ
ないこ
いふ
まろは安堵したように微笑んで、「ありがとう」と柔らかい声で言う。
「どういたしまして」と俺が無意識のうちに返すと、隣からも声が聞こえて来た。
りうら
りうら
初兎
初兎
いふ
三人が納得をして、あとはアイツだけ__そうみんなが思った時のことだった。
ほとけ
初兎
ほとけ
ほとけ
りうら
ほとけっちが肩を震わせて叫んだ後、その場から逃げ出すように扉を開けて二階へと駆け上がってしまう。
まろたちは突然の出来事にポカンと口を開けていて、初兎ちゃんとりうらが慌てて追いかけるようにリビングを出て行く。
いふ
まろは先ほどの安堵の表情とは一変し、悔しさと言ったところだろうか、顔を歪ませて立ち尽くしている。
それはアニキも、恵理子さんも、佑さんも同じようなもので、その場にいた五人は年下組が出て行った扉を見ることしか出来なかった。
ないこ
ようやく気持ちの整理が落ち着いた俺は、そう一言断りを入れて階段を上がる。
2階の様子が見えるところまで行くと、そこにはほとけっちの部屋の扉をドンドンとノックするりうらと初兎ちゃんがいた。
りうら
初兎
扉の向こうからは、「イヤだ、イヤだ!」とほとけっちの叫ぶ声が篭って聞こえてくる。
時々鼻の啜る音が聞こえてくるので、もしかしたら涙ぐんでいるのかもしれない。
確かになんだかんだ言ってまろにお世話になったのは、まろと共に歩んできたのはほとけっちだった。
もはや第二の相方と呼んでもいい兄が、自分に相談も無しに海外へ行くなんて言われたら、 辛いのは当たり前だ。
ないこ
りうら
ないこ
ほとけっちに聞こえないぐらいの声量で、こちらを振り返ったりうらたちに尋ねる。
右手のひらを扉につけた初兎ちゃんは、首を横に振って目尻に涙を溜めながら、困り果てた表情で答えた。
初兎
ないこ
初兎
その場にいた誰もがどうしようと頭を抱えた時__ふとトントンと階段を登ってくる音が聞こえて来た。
誰だろうと思い、りうらと顔を見合わせてから、二階から階段とリビングの扉前の通路を見下ろしてみる。
ないこ
上がって来たのはまろだった。
あの後少しだけ泣いたのだろうか、まろの目元は赤くなっていて腕や手で擦ったような跡が残っていた。
ギュッと拳を握ったまろは、一歩ずつ一歩ずつほとけっちのいる部屋へと近づいて、扉の前で足を止める。
いふ
ほとけ
扉越しでも、ほとけっちがまろの声に反応したのが伝わって来た。
だが彼が返事をすることは無く、 重い沈黙と空気感が俺たち五人にまとわりつく。
まろはそんな状況下でも、言葉を冷静に紡ぎ続けた。
いふ
いふ
ほとけっちからこちらの姿が見えないことは、まろにだってわかっている筈なのに、彼は扉に向かって謝罪の意を込めたお辞儀をした。
そしてまるで、お母さんが子供に本を読み聞かせるような、優しく語りかけるような声で話す。
いふ
いふ
いふ
いふ
それでも声は返ってこない。
だがこの沈黙は・・・・・・どこか、まろの言いたい事をなんとか理解しようと、聞く耳を立てているようにも感じた。
いふ
いふ
いふ
いふ
いふ
まろがそこまで言ったところで、部屋の中から扉がドンと硬いもので叩かれたような鈍い音が聞こえて来た。
ほとけっちの嗚咽が、先ほどよりも大きく俺たちの耳に入り込んでくる。
普段笑顔のほとけっちが泣いている声は、俺の胸をキツく強く締め付けた。
ほとけっちの怒号が聞こえる。
ほとけ
ほとけ
いふ
泣きじゃくる幼い子供のように、ほとけっちは鼻を啜りながら、まろの言葉を遮って話し続ける。
ほとけ
ほとけ
ほとけ
いふ
まろはなんとか誤解をときたいのか、焦ったようにそう言って扉のノブに手をかける。
が、それと同時に突如扉が開けられ__中から顔が涙でぐしゃしぐしゃに歪んだほとけっちが、まろをじっと見上げていた。
その表情は怒りなのか悲しみなのか、はたまた違う感情なのか、俺には想像もつかなかった。
ほとけ
ほとけ
ほとけ
ほとけ
ほとけっちは一瞬瞼を強く閉じると、大きな目を開けてまろの体にギュッと抱きついた。
その行動は『離れないで』と、これから会える回数が少なくなるまろを逃さないようにホールドしているようにも見えたし。
これから旅立つまろを今のうちに充電しておいて、『行ってらっしゃい』と送っているようにも見えた。
ほとけ
まろの胸に顔を埋めたほとけっちの柔らかく、ふわふわした髪の毛をまろがあやすような手つきで優しく撫でる。
いつもは喧嘩したり、いがみあったりしている二人でも、今の様子はもはや信頼し合っている兄と弟以外に例えの関係性が思いつかなかった。
いふ
ほとけ
いふ
りうら
初兎
ないこ
扉の前で抱きしめ合う二人を置いて、俺たち三人はこっそりと一階へ降りた
二人の嗚咽は、階段を伝って一階までそっと響いていたのだった。
〜二週間後〜
いふ
キャリアケースを持ち、ロングコートをひるがえすまろは、もう既に雰囲気が大人の男性そのものだった。
空港の騒がしい空間にそぐわず、俺たち家族を囲む空気は重く、暗いもので埋め尽くされている。
一つでも言葉を発すれば頬に流れそうなぐらい、目尻に涙が溜まった兄弟たちを見てまろは苦笑する。
いふ
りうら
いふ
「な?」と優しく語りかけるまろも、兄弟たちの表情を見て若干泣きそうになっている。
さっきから言っている言葉もまろのちょっとした強がりなのかな、と思うと俺の瞳も潤んできた。
隣で兎のぬいぐるみを抱きしめて涙目でまろを見つめる初兎ちゃんや、その背中をさするほとけっち。
目元を腕で擦るアニキ、隣でなんとか涙を抑えようとしているりうらがそれぞれ言葉を発する。
初兎
いふ
ほとけ
いふ
悠佑
いふ
りうら
いふ
各々言いたい事を一言ずつ言うと、まろと兄弟たちの視線は俺に集まる。
新品の革靴をコンコンと鳴らしたまろは、俺の頬に伝う涙を人差し指で拭うと、目を細めて笑いかけた。
ないこ
ないこ
いふ
まろは「まぁでも、合成技術あるからなんとかなるよ」と、俺の冗談にもしっかり笑顔で返してくれる。
そして突如右手の拳を前に突き出すと、「お前も拳突き出せ」と言わんばかりに顎を引いた。
俺はおずおずとまろの拳に自分の拳をつける。
いふ
ないこ
いふ
数秒間互いを見つめ合うと、自分達の言っている事がよくわからなくなってきて、二人で思わずぷっと吹き出す。
あははと声を出して笑うと、一旦落ち着きを取り戻したまろが突如俺の腕を手繰り寄せ、こそっと耳元で囁いた。
いふ
ないこ
呟かれた言葉に驚いてまろの顔を凝視すると、それとほぼ同時に空港にアナウンスが入る。
黒木家 父
黒木家 母
いふ
まろは俺の頭にポンと手を載せると、じゃあなと手を振ってご両親の元へ駆けていってしまう。
キャリアケースを転がして乗り場へ行こうとしたまろたちを送って・・・・・・俺たち兄弟は顔を見合わせた。
そしてほとけっちの「せーの!」という小声に合わせて、用意しておいた言葉をみんなで一斉に叫んだ。
五人
それを聞いて驚いたように振り返ったまろだったが、手を大きく振って清々しい笑顔で叫び返した。
いふ
コメント
3件
やばいです! めっちゃ涙目になってます!