いかにも陰湿な空気の漂う地下室の一角
かつてこの場所では
ある特殊なプロジェクトが密かに進行されていた
通称「人造兵器開発プロジェクト」
三年前に いるまが見せてくれた研究ノートによると
このプロジェクトの主な目的は
史上最強の人間兵器を人為的に作り出すこと
だそうだ
全く覚えちゃいないが
プロジェクトの一被験者だった俺は
他の被験者とともに
この場所で
人体実験に借り出される日々を 送っていたのだろう
施設の人間からすれば
被験者というものは
幾らでも替えの効く人形だ
そんな俺たちの存在価値は
その辺に五万と転がる石ころと たいして変わらなかったのかもしれない
命が簡単に飛ぶようなこの環境だけが
俺たちの生きる世界だった
ある日の朝
目を覚ました俺は
見知らぬ部屋にいた
普段生活していた部屋でも
実験室でもない
こんな事態はこれまで一度もなかったので
激しく戸惑う
そんな俺を落ち着かせてくれたのは
俺の手を握って眠る天使……
もとい
相棒の寝顔だった
こんな奇妙な状況にもかかわらず
スヤスヤと寝息を立てる彼を
俺よりも一回り小さな手で温もりを分けてくれる 彼を
とても愛しく感じる
しばらくして起きた彼は
自分が置かれている状況に違和感を持ったのか
さっさと俺から手を離し
部屋中を観察し始めた
ずっと握ってても良かったのに…
右に左にと忙しなく走り回り
状況把握に奮闘する彼
そんな彼の行動を見て俺はひとり和(なご)む
今日も今日とて
あの恐ろしい実験が待っているのだ
今くらいは
何もかも忘れて
可愛らしい彼をただ眺めていても バチは当たらないだろう
そんな事を漠然と考えていた
そう
俺は油断していたのだ
不穏な何かを感じていたにも関わらず
油断___していたのだ
一瞬の出来事だった
首から上を失くした相棒が
鮮血を散らしながら
糸の切れた操り人形のように
膝から崩れ落ちる地獄絵図
それは宛(さなが)ら
何かの映画のワンシーンのようだった
………は?
動揺したのも束の間
いつの間にか 己の視界が反転していることに気付いた俺は
自分も首を落とされたのだと悟った
徐々に暗転していく世界
だが俺は見逃さなかった
俺等を見下ろす黒い影の
特徴的で長く尖った耳に
短冊のような四角い耳飾りが付いていたのを
情報を整理しよう
俺は被験者時代に
短冊形の耳飾りを付けた何者かによって
相棒ともども首を刎ねられ死んだ
時が経ち
恩師との生活を始めた俺はある日
彼の知り合いである領主の 執務室に置いてあった一冊の本を見つける
その途端
奥底に封印していた記憶が呼び起こされ
俺は
かつて俺と相棒を殺した犯人と
俺が慕っていた恩師が
同一人物であるという事実に驚愕し
ほぼ衝動的に家を飛び出すこととなった
ここで一つ疑問が出でくる
何故一度死んだ俺が
今こうしてこの世界の空気を吸えているのか
本当は死んでいなかった?
だとすれば俺の実年齢は
一体いくつなのだろうかという話になってくる
あのプロジェクトが行われていたのは 千年以上も昔だ
仮に俺が死なずに生きていたとすれば
今の俺は
軽く千歳は超えている計算になるだろう
この世界には
俺の恩師のような長く尖った耳を持つ
エルフと呼ばれる長寿の種族が少数存在するが
生憎俺はエルフではない
ただの人間だ
千年以上生きているなど
そんな狂気じみた話
あるわけがない
何より
被験者時代に撮影された写真の中の俺は
明らかに今の俺よりも歳を重ねていた
ここは
俺が一度死んで
転生したと考えるほうが妥当である
ひょっとすると
俺が転生したというこの現象も
実験の影響かもしれねーな
しかし……
俺はようやく納得することができた
俺が被験者時代の記憶を ほとんど持ち合わせていない理由
前世の記憶なんか
持っている方がおかしい
ん?
そうなると……
俺は未だ床に転がって 呑気に寝息を立てる親友を目に映す
こいつも転生してる、のか?
……じゃあ、
なんでそんなに記憶が残ってんだ?
彼と三年間付き合ってきて
彼が当時のことを思い出している場面には 幾らか出くわした
俺よりも多くの記憶が残っているのは確実である
こいつが特殊なのか…?
疑念を抱きつつ
彼の元へ歩み寄った俺は
起きる気配のない彼の頬をぷにぷにと突付いた
暇72
すね気味に口を尖らせながら
耳元で囁く
今は圧倒的に情報が足りない
ここから先は
いるまの協力が必要不可欠だ
彼から
被験者時代の記憶も含めて
彼の所持している情報すべてを
吐いてもらわねばならない
どうせ
まだ隠してる情報いっぱいあんだろ?
俺が傷つくから、とか
変に気遣いやがって__
でもまあ
暇72
それはお互い様か
俺も俺で
言ってないこといっぱいあるし
俺は一度目を瞑って息を吐き
再び彼に向き直った
なあ、いるま
俺の過去
前世のも今世のも全部打ち明けてやる
だから、さ
そろそろ起きてくれてもいーんじゃね?
表面上はこんなことを思っているが
彼に目を覚ましてほしい理由は他にもあった
俺はまだ少し不安なのだ
治癒ポーションで回復したとはいえ
目を開けてくれなければ
彼が本当に助かったかどうか確認できない
だが
俺は心の何処かで
このまま時間が止まってくれないかなぁ とも思っていた
自分よりも数歳年上の男に抱く感情 ではないかもしれないが
静かに眠る彼の横顔はとても可愛らしく
まるで天使のようだった
もうちょっとだけ
こいつが起きるまででいいから
こいつの寝顔を満喫してても良い___
よな?
俺は彼の横に寝転がり
長袖から少しだけ顔を出している彼の手を握った
ふわふわとした温かさを感じる
あの日の出来事を懐古したせいだろうか
まるで
かつての相棒の手を握っているような心地がした
あいつの手のほうが小さかったけどw
このまま___
寝ちゃっても、いいかな
あまりの心地よさに
ここが冷たいタイルの上だということも忘れて 目を閉じる
俺の相棒は
それはもう……可愛かった
普段はつんけんしていたから
不意に向ける笑顔に何度胸を貫かれたことか
彼がいたから
実験でいくら身体を弄られようと
耐えられたのではないかとさえ思う
だが悲しいことに
俺は肝心の彼の顔を覚えていない
思い出そうとするればするほど
彼にかかるモザイクが濃くなってしまうのだ
記憶とは
時とともに薄れていくもの
そんな事は分かっている
だが
もし彼が
俺の記憶から完全に抹消されたとしても
あの彼の小さな温もりだけは
どうか
どうか
忘れさせないで___
閉じた瞼の裏側に
彼の輪郭がぼんやりと浮かぶ
ふわふわな髪に
ぴょこんと飛び出たアホ毛
って、これいるまじゃんw
記憶に残る彼の様相は
俺の親友、いるまと似ていた
人見知りの俺が
初対面のいるまとあんなに打ち解けていたのは
無意識のうちに
いるまと彼を
脳内で重ねていたからなのかもしれない
よくよく考えてみると
彼等は本当によく似ている
実験の被験者であったこともそうだが
お化けが苦手なところも
厳しいようで実は優しいところも
案外涙もろいところも
全部同じ____
あれ?
俺は微かな違和感を感じ
思考を止めた
似すぎじゃね?
冷たい汗が頬を伝い
首元へと流れていく
もしかして
いや
でも
そんなはずは……
ッだって
せり上がる嫌な予感をどうにか払い除けようと
俺は首を横に振った
そんな俺の心境を知ってか知らずか
記憶の中の相棒にかかっていた靄が晴れ始める
嘘だ
その奥に現れたのは
俺が三年間毎日見てきた
とても見慣れた顔だった
嘘だ
脳内に映る彼は
黄色に輝くキリッとした切れ長の目に俺を映し
ふっと口元を緩ませて
笑った
嘘だ
俺は叫んだ
俺の昔の相棒が
いるまだった、なんて
そんなの
嘘だッッッ!!!
コメント
3件
これは....いるなつ....なの、か....?