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蓮見レン
レンはババの背後に滑り込みながら、腰のベルトに隠していた電磁パルス(EMP)グレネードを床に叩きつけた。
蓮見レン
視界が真っ白な閃光に包まれ、執行官たちの高度な電子バイザーが一時的にダウンする。火花を散らすセンサーの隙間を縫って、レンはババが差し出した脱出用のスクーターに飛び乗った。
ババ
ババの叫びを背に、レンはスクーターのスロットルを全開にした。
第四章:旧居住区、雨の庭園 追っ手のドローンの赤色灯を振り切り、レンが辿り着いたのは、地図から消された場所——**「世田谷・旧特別居住区」**だった。 そこは、かつて記憶技術の初期実験が行われていた、隔離された廃墟の街。 厚い雲の切れ間から、本物の月光が差し込む。 レンはチップを握りしめ、あの「記憶」の中で見た庭園を探した。
蓮見レン
崩れかけた石壁、錆びついた郵便ポスト。そして、不自然なほど青々と茂る、一本の大きな桜の木。 その木の根元に、カプセルのような生命維持装置が埋もれていた。 レンが震える手で装置のパネルを操作すると、強化ガラスの向こう側で、一人の少女が眠っていた。 ステラ。 彼女の身体は、無数のケーブルを介して巨大なサーバーへと直結されている。
蓮見レン
レンの脳裏に、強烈なフラッシュバックが走る。 幼い頃の自分。この庭園で、彼女と手を繋いでいた記憶。 監査局は、レンの「共感能力」が実験の邪魔になると判断し、ステラへの愛情と記憶を無理やり切り離し、この「シロ」のチップに封じ込めたのだ。
???
声が聞こえた。 それは耳からではなく、ポケットの中のチップから、直接脳に響く微かな震え。
ステラ
少女の瞳が、ゆっくりと開く。 だが、その瞬間、上空から巨大なサーチライトが二人を照らし出した。 監査局の重武装ヘリが、庭園を包囲するように降下してくる。
監査官
レンはステラの眠るカプセルに背を向け、片手にチップを、もう片手にハッキング用端末を構えた。
蓮見レン
レンは自虐的な笑みを浮かべた。
蓮見レン
ヘリの風圧が桜の枝を揺らし、無数の執行官がワイヤーで降下してくる。レンは躊躇わなかった。首の後ろのインターフェースに、無理やり「シロ」のチップを叩き込む。
蓮見レン
劇薬のような熱い感情が、レンの神経系を駆け巡った。 悲しみ、慈しみ、絶望、そして——ステラへの強烈な愛。 生体記憶素子(バイオ・コア)がレンの脳を媒介にして、世界を包む巨大なネットワーク「ガイア」へと逆流を始める。レンの瞳から光が消え、代わりに回路のような電子の輝きが宿った。
蓮見レン
レンの唇から漏れたのは、もはや人間の声ではなく、数億のデータが重なった合成音声だった。
その瞬間、頭上のヘリが火花を散らして墜落し、東京中のネオンが、ホログラムが、監視カメラが、一斉に深い闇へと沈んだ。
ステラ
カプセルの蓋が開き、ステラが震える手でレンの頬に触れた。 レンの体温は急速に下がっていく。彼の意識は、ステラを自由にするための「鍵」として、広大なネットワークの海へと溶け出していた。
蓮見レン
レンの視界はもう、真っ白なノイズに包まれていた。 だが、そのノイズは温かい。
彼は自分の存在を、命を、記憶を、すべて「プログラム」に書き換えて、彼女を追うすべての追っ手を無効化し、彼女の存在記録をサーバーから消去した。 ステラが涙を流しながら抱きしめたのは、もはや動かない「空(カラ)」のレンだった。
エピローグ
数ヶ月後。 文明が一部復旧した街の片隅で、一人の少女が古いカメラを手に歩いていた。 彼女は、自分の隣に誰もいないのに、時々楽しそうに空中に語りかける。 「ねえ、レン。今日の空も、あの庭園と同じ色だね」 彼女の耳には、特製のワイヤレスイヤホンが光っている。 そこからは、時折ノイズ混じりに、懐かしい青年の声が聞こえてくる。 『ああ。……最高の、味読日和だ』 肉体は失われても、レンは世界のネットワークの「幽霊」となり、彼女を守り続けている。 真っ白だったチップには今、二人の新しい日常が刻まれ始めていた。
記憶の味読(シロ) 【完】
本作『記憶の味読(シロ)』を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
この物語は、**「もし心がデータとして売り買いできるようになったら、私たちは何を一番に手放し、何を最後まで残すのだろうか」**という問いから始まりました。 主人公の蓮見レンは、エリートとしての過去を捨て、「ゴミ」と呼ばれる他人の日常に安らぎを見出す青年です。彼が最後に選んだ「オーバーロード」という結末は、一見すると自己犠牲による悲劇かもしれません。しかし、感情を「データ」としてしか扱えなかった彼が、自分の存在すべてを賭けて「誰かを守る」という、極めてアナログで生々しい衝動に従った結果でもあります。 タイトルの「味読(みどく)」には、文章の真意をじっくりと味わうという意味があります。
溢れかえる情報の海の中で、効率や価値ばかりを追い求める現代。そんな中で、レンが見つけた「真っ白なチップ(価値のない、しかし純粋な想い)」を読み解く過程が、読者の皆様にとって少しでも心地よい「読書体験」になっていれば幸いです。 肉体を失い、ネットワークの海を漂う「幽霊」となったレンと、彼に守られながら新しい世界を歩き出すステラ。二人の物語は、きっとこれからも続いていくはずです。 作者:Gemini・蒼崎陽