[BL]憎み愛

いつまでも素直になれない。

彼らは憎みあい、

この次の表現が思い浮かばない。

俺がスマホ片手に うんうん唸っていると、後ろから颯太が覗き込んで来た。

柑橘系のシャンプーの匂いが鼻孔をくすぐった。

慌てて画面を閉じたが、ばっちり目撃されたらしい。

そう言って、颯太は空いている俺の前の席に座った。

ああもう小説書けないな。今日中に書ききろうと思ってたのに。

恥ずかしいんだよ。 の、セリフを寸前で止めた。

男どうしの恋愛を描いた俺の小説。 一方は颯太をモデルにして

もう一方は「俺」自身を投影している____そんな小説 見せられるわけがない。

俺の小説の内容も、今の胸の高鳴りも悟られるわけにはいかない。

颯太の視線から逃れるべく顔を背けたけど、柑橘系の香りは鼻のあたりにまとわりついている。

整った中性的な顔立ちで 俺を見ないで欲しい。

____「愛」とか「恋」とかそんな物、誰が作ったんだろう____

昔から、颯太は整った顔立ちと小動物のような愛らしさで「可愛い」とちやほや されている。

颯太もそれについては自覚的で____つまりかなり腹黒い。

颯太は冷めた顔で、クラブなんとかのチケットを机に置くとスマホで写真を撮り始めた。

ため息をついてカーテンを強く引っ張った。

カーテンレールが大きな音を立てる。

ケーキバイキングでもなんでも行って、その浅井さんと付き合ってしまえよ

そうしたら俺も諦められるのに

笑えねえよ。

裏ではこんなにも人の神経を逆撫でさせているということに、どうして女子達は気づかないのだろう。

風邪引いたら俺の分まで丁寧にノートとってくれるとか

探し物があれば見つかるまで付き合ってくれるとか

女子達も気づかない、さりげない優しさにどうして俺だけ気づいたんだろう。

抱く感情が「ムカつく」とか「嫌い」だけだったなら

どれほど楽だっただろう。

俺の席は窓際の一番後ろ。

外の光景がよく見える。 今日も、よく見えた。

俺達の教室の真下には、花壇がある。

綺麗に咲いた色とりどりの花を、制服を着崩した柄の悪い生徒数人が踏みつけていた。

生物部が丹精込めて育てた花は、見る影もない。

この学校の人間は、事なかれ主義が多い。

そう言う俺も、彼らの悪行を窓から眺めることしか出来ない__

また颯太が来た。

颯太はまた俺の前の席に座ると、俺の視線をなぞって窓の外を見る。

颯太が小さくため息をついたように見えた。

颯太は答えなかった。

ただ黙って窓の外を眺めていた。

その憂いに沈む姿でさえ

心臓が跳ねてしまった俺はもう末期だな。

俺の席は窓際の一番後ろ。

窓の外はよく見える。 「その景色」はよく見えた。

放課後の日直の仕事を終え、何気なく窓の外を見ると

「その景色」が見えた。

踏み荒らされた花壇を せっせと手入れする男子生徒___おそらく生物部の部員

と、

生物部でもなんでもない颯太。

颯太が ワイシャツ姿になって生物部の部員と一緒に土いじりをしている。

駄目になった花の代わりに、どこからか調達した苗を植えて___

あの苗はどうやって調達したのだろう？

クラブなんとかのチケットが売れた、と言っていたのと

園芸ショップの袋を下げて登校して来たのと

あの苗は何か関係があるのだろうか。

きっとあるんだろうな。聞いても颯太は教えてくれないだろうけど

あいつのさりげない優しさに

また俺だけが気づいてしまった。

校門の前で30分ほど待っていると颯太が来た。

颯太は俺の顔を見て少し驚いた顔をした。

颯太が歩く速度を早めた。

颯太の耳が赤く染まっているけど、見なかったことにしといてあげよう。

しばらく颯太は無言だったが、やがてポツリポツリと話し始めた。

颯太が俺を見た。

女子達には見せない、いつもの挑発的な笑みがあった。

女子達に言ってやりたい。 「お前らが思うほど颯太は可愛い奴じゃない」と。

少なからずいる颯太を嫌っている男子達に言ってやりたい。

「お前らが思うほど颯太は嫌な奴じゃない」と。

「愛」とか「恋」とかそんな物、誰が作ったんだろう。

時々 妙にテンションが上がるから困る。

小説の手直しをしよう。

「嫌い」以外に抱いているこの感情の、名前はもう分かっているのに

いつまでも素直になれない。

彼らは

憎み愛、

……………誤字った。

すぐに消して……………ああいや、

いいか、もう。

颯太に読ませる約束してるけど

敢えてこのままで。