8ヶ月後
楓
先生
楓
お久しぶりです
冴月
久しぶり
冴月
受験前日ぶりだね
1週間前に高校を卒業した楓くんは、少し見ない間に垢抜けたように感じる。
家庭教師という名目上、受験が終わってからは会わずにいた。
楓くんの看病に行った日以来、お互いに好きだと伝えることもしていない。
楓
家だと落ち着かなくて
楓
呼び出しちゃいました、すみません
冴月
いいよいいよ
楓
マジで気が気じゃないです
冴月
そりゃそうだよー
冴月
あと2分?
楓
そうっすね、あと少し
楓くんはあの後順調に成績を上げ、予定通り第1志望だった大学を受験した。
今日はその大学の合格発表の日である。
誰もいない公園のベンチで、ふたり肩を寄せ合い、1つのスマホを覗く。
楓
あっ
楓
来た
冴月
おっ
大学のホームページにアップされたPDFを、楓くんが震える指でタップする。
楓
252番です
冴月
252……
冴月
楓
あった!
冴月
え、あった!?
楓くんが両手の拳を高く突き上げる。
冴月
よかった……
勉強を教えていた側からすると、反対に安心で崩れ落ちそうである。
楓
先生
身体の向きを少し変えて見つめ合う。こんなに一緒にいるのに、距離の近さには慣れない。
楓
ありがとうございました
冴月
いえいえ
冴月
結局は楓くんの頑張りだから……
楓
これで僕も大人に1歩近づきました
冴月
ふふ
冴月
そうだね
楓
楓
僕は
楓
やっぱり先生のこと好きです
楓
先生は僕のこと
楓
どう思ってますか?
冴月
冴月
私も好きだよ
楓
ほんとですか
楓
じゃあ
冴月
ほんとに
冴月
5歳上だけどいいの?
楓
同い年だったら
楓
同じ学校行けたかなとか妄想はしますけど
楓
年を気にしたことはないです
楓
先生は
楓
5歳下は嫌ですか?
冴月
嫌じゃないよ
楓
なら
大きく息を吸い、手が差し出される。
楓
付き合ってください
冴月
私でよければ
固く握手をする。
楓
お待たせしました
冴月
うん
冴月
待ってた
冴月
あっ、それでね
冴月
ひとつ私からも報告があるの
楓
えっ
楓
なんですか
手を離して、楓くんが身構えるように表情を固くする。
冴月
私、転職することになった
冴月
楓くんの大学と同じ、東京に
楓
えっじゃあ
楓
塾講師がどうとかも今はもういいってことですか
楓
頻繁に会えるってことですか
冴月
ふふ
冴月
そうだねえ
楓
やったあ
楓
本当はめっちゃ不安だった
楓
けど良かったんですか?
冴月
いいの
冴月
私の意思だから
楓
じゃあお互い新天地で頑張ることになるんですね
冴月
そうだね
楓
えーやったあ
楓
色んなところ行けますね
楓
合格より嬉しいかも
冴月
そんなに?笑
楓
そんなに!
楓
付き合ったらもう我慢しなくていいし
楓
近くにいるなら尚更ですから
無邪気に笑う姿はやっぱりまだ18歳だ。
だけど不安はない。
冴月
せっかくだし、どっか寄って行こっか
楓
焼肉行きましょ!
楓
いっぱい食べて、家帰ったら一緒に映画かアニメかなんか見ましょ!
冴月
わかったわかった笑笑
楓くんが飛び跳ねるように立ち上がって、オーバーサイズのパーカーが広がる。
透き通るような青空が、どこまでも広がっていた。