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どうしても希望を捨てきれなくて、もがいてる感じがすごく好きです! 続き楽しみにしてます!
なんだろう、と思いながら外へ出ると
校門までの道に2、30人の生徒が左右に並んで立っているのが見えた
彼らは傍を通る生徒にチラシを手渡していて
中には手作りのプラカードを掲げた生徒も居る
プラカードには
「サッカー部」や「美術部」
などと書かれていて
どうやら上級生が部活の勧誘をしているようだった
部活なんて入る気はなかった
態々人と喋る機会を増やすような事はしたくない
それでも半ば強引に手渡されるチラシの全てを断る事は出来なくて
ちぐさ
仕方なく受け取りながら
誰とも目を合わせないように校門への道を選んだ
ただ、校門を出る直前でチラシを差し出された時は
それが出来なかった
なんだか他の人とは違う
落ち着いた声だったから
つい相手の顔を見ちゃって、
チラシを差し出していたのは男子生徒
こっちを見て
ニコッと笑っている
笑顔のまま、男子生徒が言う
ちぐさ
俺は何も返さずに
さっきのように頭を下げた
ちぐさ
校門を出て
チラシの束を鞄に仕舞う
でも、途中で手が止まった
1番上のチラシに書かれた文章が、
目に飛び込んで来たから
大きく
『放送部』
と書かれたチラシ
その下の文章
「部員大募集中です。
喋る事が苦手な人でも大歓迎。
発声の方法など丁寧に教えます。
練習すれば、貴方も必ず上手に、
はっきりと声を出せるようになります」
上手に、はっきりと、声が出せる…
思わず、暫くの間
じっとその文字を見つめた
手書きの、決して綺麗じゃない、でも力強い字
ちぐさ
呟きが出たのと同時に
ドンッ
という衝撃で肩が揺れた
背後からぶつかってきた1年生らしき男子生徒が言って
そのまま歩き去っていく
そこで初めて、自分が足を止めていたことに気付いて
慌てて道を進んだ
そうして歩きながらもう一度
チラシの文字を見つめる
上手に、声を出せる…
そんなに上手くいくわけない
って、そう思った
お母さんとお兄ちゃんと暮らすマンションの
自分の部屋
閉じた窓の向こうからは
3日前から始まった道路工事の音が聞こえている
その音を聞きながら
ちぐさ
俺はベッドに腰を掛けて
ちぐさ
制服を着替えもせずに例のチラシを見つめていた
数十分前に渡された、この紙
ここに書かれている文字は
家に帰り着くまでの俺の心を、
少しだけ明るく、前向きにしてくれた
だけど、部屋の中でもう一度眺め
落ち着いて、よく考えてみたら
そういう気持ちは全部消えていた
上手くいくわけない。
心の中で、また呟く
『練習すれば、上手にはっきりと声を出せるようになります』
これは多分、吃音を持っていない
普通の人達に限ったことだ
声が小さいー、とか
口下手だー、とか
あがり症だー、とか
そういう悩みを持った人達のことで
俺のような、そもそも言葉自体が出ない人間が
幾ら練習したって無駄なんだ
実際、何度も練習した
自分の名前を言う練習
本を音読する練習
頭の中で思い浮かべた友達と会話をする練習
全部上手くいった
一人でいる時は、
1度だって言葉を詰まらすことなく喋れる
自分の名前もあっさり言えて
本に書かれた文章だって、
台詞だってすらすらと読める
空想の友達との会話だって
自分が言いたいことをそのまま声にすることができる
独り言ならつっかえない
これも、吃音の特徴らしかった
それと、歌う時もスムーズに出るし
誰かと声を発声する時もそう
個人差はあるのかもしれないけど
少なくとも俺は、
そういう状況でなら他の人と同じく普通に声が出せる
だけど、傍に人がいて
1人で話すとなると
途端に、駄目になる
多分、普通の人にはよく分からない感覚だろう
俺自身も、どうして話せなくなるのか
全く分からない
だから放送部に入って練習したって、
多分、いや、絶対に無駄だと思う
結局、俺はこの先も苦労していくしかない
中学でも色々なことを諦めて
我慢して過ごしていくしかない
ちぐさ
ちぐさ
どうしてもチラシを見てしまう
人と普通に喋れたら
どんなに楽しいだろう…
面白い出来事を友達に話したり、
見たテレビの話題で盛り上がったり
好きな本や音楽、
ゲームの話を思うままにしたり
どれも、俺にとっては夢のようなことだ
「そうなりたい」
だけど、その夢を叶えようとすると
いつも、辛い目にあう
俺の言いたいことなんて、てんで伝わらなくて
笑われて、からかわれて
そして、泣きたくなるくらいに傷ついて…
ちぐさ
そうだ
やめたほうがいい
そもそも、俺が放送部なんかに入っていいわけない
話すことがメインな部活なんて
1番縁のないところだ
もし入部したら、周りに凄く迷惑をかけることになる
だから、「入ろう」なんて思うべきじゃない
ちぐさ
気持ちが「ずしり」と重くなった
ちぐさ
ちぐさ
ボフッ(横
ちぐさ
窓の外からは、まだ工事の音が聞こえる
酷く重い
耳障りな音
ちぐさ
ちぐさ
何も無い天井を眺めながらそう呟く
一人の時は
本当に、
思いのままに言葉が出るのに…