一ヶ月はあっという間に過ぎ去って、卒業試験がやってきた。
筆記試験も作文も終わり、残すは実技試験のみ。
ううっ、緊張しすぎてお腹が痛くなってきた……。
レミ
レミ
ミア
レミ
私は慌ててリボンを解く。
身嗜みは大事だし……それに何より、せっかくユリちゃんが作ってくれた衣装だ。
最大限、活用したい。
サラはそんな私を見て、呆れた様に笑った。
サラ
サラ
レミ
私は髪を櫛で梳かしながら、サラに訊いてみた。
少し声が低くなったのは、彼女の物言いにイラッとしたからだろう。
サラは鼻を鳴らして答える。
サラ
試験内容って…………。
レミ
私の言葉に、サラとミアちゃんはそろって顔を見合わせた。
サラ
ミア
ミア
ミア
サラ
ミアちゃんはサラを無視し、私に問いかける。
ミア
レミ
ミア
……え?
ミア
サラ
…………えええええええええええ!!
レミ
二人は黙ってうなずく。
そんなの聞いてない、聞いてないよ⁉
クロト……分かってて黙ってたなあの野郎……。
強烈な痛みを訴えてきたお腹をさすり、私は自分を鼓舞する。
頑張れ私、頑張るのよ私。
この試験に私の人生がかかっているんだから! 地球に帰る前に野垂れ死とか嫌だから!
餓死なんてしたくないし‼︎
あぁ、それにしても……と私はサラを見た。
サラは私達のチームに入ってからも、私たちに心を開こうとしてくれない。
いつもツンツンしているのだ。……サラは猫なのだろうか。いや、猫ならばいつかはデレてくれるはず。つまり彼女はただのツンツンモンスター。仲良くなれる未来はない。
……それはそれでちょっと悲しいけど。
だけど一応何かを聞いたら答えてくれるから、すっごい嫌われているっていうわけでも無さそう。
ただミアちゃんとは毎日のように喧嘩していた。
喧嘩するほど何とやら、ってやつだよね。口には出さないけど。
だってこの前「仲いいの?」って訊いたら、二人揃って「「どこが⁇」」って拳を握りしめながら訊き返されたし。
誰しも目に見える危険に、わざと入りたくはないだろう。
臆病者だな、私。もう、それでもいいよ、私。
目的を違えるな、忘れるな。
あの日からずっと、この二つの言葉が頭の中にこびりついて離れない。
……そんなことをぼうっと考えていたせいだろうか。
また毛量が左右でばらついて、くくり直す羽目になった。
実技試験はグループごとに行われていて、学校全体を用いて行われるようだ。
……授業では広くても校庭しか使わなかったのに、随分と大掛かりだなぁ。
控室に座り、番を待つ。
順番は事前にくじ引きで決められており、生徒側には知らされていない。
まだかまだかと待ち構えていると、ついに私達の番がやってきた。
試験会場である校舎は、一変していた。
校舎の壁には所々歯車があり、時折カチッカチッと音を立てている。
昨日までの風景とは、まるっきりの別物だ。
教師
教師
サラ
サラ
サラ
サラ
試験開始早々、サラはそう言って何処かへと消えてしまった。
一匹狼タイプ、かな。やっぱり猫じゃない…………。
レミ
ミア
ミア
ミアちゃんは頬を掻き、照れたのか俯いた。
なかなかにレアな表情である。
もっと褒めちゃおうっと。
レミ
レミ
ミアちゃんの表情が、目に見えて凍りついた。
あれ、私……どこで間違った?
もしかしなくても、何かやらかしている。
固まった私を見て、ミアちゃんがはっと我を取り戻し、それから、おかしそうに首を傾げた。
……演技だ。
ミア
ミア
ほら。
ミアちゃんの声が、微かに震えている。
ミア
ミア
ミア
私の余計な一言が無ければ、ミアちゃんはわざわざこんなことを言わずに済んだ。
自らの過去を、こんな出会って少ししか経ってないやつに、話すこともなかった。
誰が彼女にそうさせた?
……そんなこと、分かってる。
ミア
ミア
レミ
ミア
目を閉じ、何てことなさそうに微笑むミアちゃん。
そう返せるようになるまで、どれ程の時間が経ったのだろう?
彼女はパチンと手を叩いた。
ミア
ミア
私は、頷くことしかできなかった。
サラ
サラ
私の名前はサラ。
思い出すのも嫌な"孤児院"の奴らがつけた名前だ。
この名が嫌いと言いきれば嘘になるが、好きでもない。
感慨深い何かを感じることだってない。
そんなただの名前である。
そんなくだらないことより…………
サラ
ポロッと心の声が漏れたみたいだ。
私は口を引き締める。これで誰かにバレたら、たまったものじゃない。
……あいつ、というのは、最近編入してきた"レミ"のこと
危機感も緊張感もまるで無くて、見てる私が嫌になる。
少し身体能力が高いくらいで、この学校の編入試験をあんな時期に受けるなんて、馬鹿げてる……いや違う。
問題は、彼女を推薦した人物だ。
レミの推薦人は、初代怪盗ブラックの生まれ変わりで、六代目怪盗ブラック様。
牢屋に捕まっていたレミを助け出したそうだ。
それで師弟関係を結んでいる?
……おかしい。
何かがおかしい。何もかもが不審だ。
なぜならば、初代怪盗ブラックと言えば、今の怪盗の基礎を作った方──偉人である。
そんな人が簡単に弟子を取るわけがない。
……それ以外に何か繋がっているのだろうか?
サラ
サラ
私はこちらに向かってきていた、警備ロボットをぶっ壊した。
「何なのよ、あいつ」の声が大き過ぎたらしい。その後すぐに、モーターの音が聞こえていた。
……どんなにあいつが気になっても、癪にさわっても今は試験中だ。
集中しなければと、私はスクラップになったロボットを蹴り飛ばしながら思った。
……大分中へ進んできた、はず。
はず、と言うのはいくら歩いても走っても、風景が変わらないからだ。
本っ当、改造の仕方が悪い。
今年の実技試験の内容は、学園内に隠された宝箱を見つけろ、というもの。
目的を見つけ、無事学園の敷地外へ出られれば合格だ。
概要を見た感じ、ここ何年かで最も簡単な試験だったから、今回こそ合格できると思ってたのに……。
校舎は魔改造されてるし、幻覚魔法で目眩しも掛けてくるし。
進んでも宝箱らしいものは、見えないし。
これじゃ、今年も不合格かな──。
サラ
サラ
サラ
見るからに怪しげな部屋のその前に。
宝箱らしきものがあった。
叫び出したいくらい嬉しい気持ちがある反面、私の頭の冷静な部分で、警鐘が鳴っている。
とりあえず、ミアとあいつに連絡するか……。
サラ
サラ
サラ
ミア
サラ
これが本当に目当てのものならば、手柄は私のもの。
違ったとしても、ダミーがあると分かれば、この後の対策も立てやすい。
残り時間は十分と少しといったところ。
ミアとかを待つ前に、中身を確認した方がいいだろうか……。
逡巡は一瞬。私は慎重に宝箱を開ける。
中には、足や手を折り畳まれた十五歳くらいの少女が眠っていた。ピクリとも、動かない。
サラ
……一応、連絡を入れておこう。
宝物でなくとも、こんな所に閉じ込められていたのだ。少女の肌に埃が被っている所を見るに、何かの事件に巻き込まれたのかもしれない。
生死の確認をしなければ。
そう、私が脈を取ろうと彼女の手首に触れた瞬間だった。
少女の、瞼が持ち上がった。
ここは、ミティフス学園管轄の土地の、とある一室。
生徒の師匠や保護者等が、テスト会場に隠された監視カメラに写った生徒を見ていた。
俺もその内の一人である。
……俺はあいつの保護者でも師匠でもないんだがな。
目当ての人物はまだ見当たらない。
あくびをしながら待っていると、どっと周りが沸いている。
人々
……今日では初だな。
周りは騒然として、久々の合格者誕生に狂喜乱舞していた。
宝を見つけただけで何を大袈裟な、と思うかもしれないが、この試験、宝箱を見つければ後はなんとかなるものである。
教師陣が全力でそれを隠すので、難易度が跳ね上がっているだけで、試験そのものは易しい。
……俺がレミをここに編入させる時に出した実技試験の案は難しすぎると苦情が来たが、これも大概だろう。
そうため息混じりに映像を見ていると、教師が慌てて駆け込んできた。
……何事だ?
教師
教師
は。
教師
教師
教師
俺はチッと舌打ちを一つ。
……この学校を作ったのは前世の俺である。厳密には違うのだが、統括責任者は俺だ。
何を隠していたかは今でも覚えている。
それは──。
教師
──人造人間。
とても野放しにするには鬱陶しい能力を秘めていたから、俺がここに封じた。封じるしか方法が無かった。
絶対に見つからないような場所に隠したはずなのに……っ。
焦る気持ちを飲み込み、深呼吸をする。
……寝覚めていたとしても、寝覚めたての人造人間が、俺の脅威になるはずがない。
いざとなれば俺が再度封印すれば大丈夫だ。
だからこそ、俺はなぜ奥底に隠したはずのそれが見つかったのかを考えることにした。
思い当たる可能性は二つ。
一つ、度重なる校舎の改造により、人造人間が入っていた箱が出てきて、それを生徒が見つけてしまった可能性。
そしてもう一つは、人造人間が自ら、生徒に見つけてもらうため、動き出した可能性。
もし後者ならば、今すぐにでも俺が出張らないとまずい。
これを見つけたチームの生徒は……。
ミア、サラ、それから……レミ。
あぁ、なんだ、レミのチームか。
そう知覚した瞬間、俺は一気に力が抜けた。
レミのいるチームなら、大丈夫だろう。放っておいても良さそうだ。
──……俺は彼女の子孫を、過小評価しない。
彼女ならば確実に、この事態を治められるはずだ。
周りはまだ騒いでいるが、俺は用意された椅子に座り直し、腕を組む。
自然に口角が上がるのが分かった。
……さぁ、レミ。
彼女ではないお前なら、どう動く?
レミ
私はボソッと独り言を呟いた。呟くっていうか叫んじゃってるんだけどね。
まぁ、叫んでも誰もいないし、反応してくれないし、ただただ虚しいだけだ。
ふと脳裏に、ミアちゃんの顔が浮かんだ。
……一人は寂しいけど、余計なことを言わなくて済むから楽だ。
誰も傷つけないで済むし。
どこまでも後ろ向きな自分の思考、どうにかならないかなぁ。……どうにも、ならないんだろうなぁ。
そうグダグダとしていると、サラから連絡がきた。
……凄い、宝箱を見つけたなんて。
私は両頬を叩き、サラのもとへ全速力で走った。
サラ
私が通信機についている位置情報を元に、サラがいる場所へ行くと……なぜか急かされた。
どうしたのだろう?
あのサラが焦るなんて、天変地異の前触れじゃない? なんて暢気にしている私を見て、サラは苛立ったように捲し立てる。
サラ
サラ
レミ
宝物に目? 不思議に思った私は、宝箱を覗き込んだ
中には、目を開けた少女が、四肢を折り曲げたまま入っていた。動かないから、精巧な人形だろうか。
今にも動き出しそうだ。
サラ
尚も何かを言い募ろうとするサラを振り返って見る。
彼女はぴたりと、止まっていた。
私の背後を、指差して。
レミ
嫌な予感をひしひしと感じつつ、どうか外れてくれと、私はゆっくりと、後ろに目を向ける。
少女は立ち上がって、こちらをじっと見つめていた。
私はミアと言います。
師匠がつけてくれた素敵な名前です。
私は宝箱を見つけたという、サラのもとに急いでいたのです、が……。
位置情報が二つ同時に動いています。その場で待機ではなかったのでしょうか?
このまま待っていればサラの方からこちらへ来てくれるでしょう……そう思った矢先のことです。
向こうからサラとレミが走ってきました。
それも、だいぶ切羽詰まった様子で。
……何事でしょう?
少し遅れて、見知らぬ少女が彼女達の後を追いかけてきていました。
……誰でしょう?
誰がどう見ても、彼女達が何かしらのトラブルに巻き込まれていることは明らかです。
ただ、レミ達を追いかけている少女の瞳に生気はなく、どこか機械的なものを感じました。
……もしかして。
私は師匠から聞いた、この学園の歴史を遡ります。
その中に、少女型の何かが無かったかと探し、見つけました。
……思いつく限りで、最悪のトラブルです。
あのお嬢さん──人造人間です。
この学校の教師は一体何をしているのでしょう?
試験を見ているのなら、さっさと助けを寄越しやがれです。
私は二人に、後ろの少女の危険を伝えようと口を開きます。
ミア
少女はいつの間にか、私の目の前にいました。
私は気にせずに叫びます。
予想内です。まだ大丈夫。
ミア
少女が私を、取り込んでいくのが分かります。
恐らく、動くために必要なエネルギーが足りていないため、何でも取り込みエネルギー源にしようとしているのです。
もう私の目の前は真っ暗になりそうでした。
……これも、想定内です。
ミア
レミの叫ぶ声が聞こえてきます。
私の意識だけ取り込まれているようで、自分の体全体が見えました。
まだこの人造人間は、本調子ではないのでしょう。
……そうであるなら、中からぶち壊せるかもしれません。
私は活路を見出しました。まだ絶望するには早いのです。
二人とも仲は悪いのは知っていますけど、私がこれを中から壊すまでは連携して下さいね?
私はそんな一つの願いを、適当に天に捧げることにしました。
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