サボテン
サボテンだーよ
サボテン
今回はぁ〜
サボテン
階下の男って意味怖だーよ
サボテン
それじゃーあ
サボテン
スタートォォ〜
佐藤
ある日の夕方、
アパートの下の部屋の住人だという中年男が訪ねてきて、
最近、足音がうるさいと言われた。
アパートの下の部屋の住人だという中年男が訪ねてきて、
最近、足音がうるさいと言われた。
佐藤
もっとも「クレーム」という居丈高な感じではなく、玄関の前に立っていた男は
ずいぶんオドオドした様子で、
ずいぶんオドオドした様子で、
中年男
文句って訳じゃないんですけどね……
歩くなという訳にもいきませんしね……
そこまでうるさいってことでもないんですが……
すいませんね、できれば、ちょっとだけ気を遣ってもらえたら……
歩くなという訳にもいきませんしね……
そこまでうるさいってことでもないんですが……
すいませんね、できれば、ちょっとだけ気を遣ってもらえたら……
佐藤
などと、
もごもご愛想笑いを浮かべながら言うばかりだったので、
こちらとしては「気をつけますね」と謝るしかなかった。
もごもご愛想笑いを浮かべながら言うばかりだったので、
こちらとしては「気をつけますね」と謝るしかなかった。
佐藤
腹は立たなかったが、
とはいえ足音が響くような運動をしていたり、
人を何人も招いたりした覚えはなく、
文句を言われる心当たりはなかった。
床や壁が薄いのだろうかと思ったが、
俺自身は2階建ての上階のこの部屋に越してきてからの半年、
隣人の生活音が気になったことは一度もなかった。
とはいえ足音が響くような運動をしていたり、
人を何人も招いたりした覚えはなく、
文句を言われる心当たりはなかった。
床や壁が薄いのだろうかと思ったが、
俺自身は2階建ての上階のこの部屋に越してきてからの半年、
隣人の生活音が気になったことは一度もなかった。
佐藤
それから1週間ほどして、
また下の部屋の男がやってきた。変わらず伏し目がちでヘラヘラと笑いながら、
また下の部屋の男がやってきた。変わらず伏し目がちでヘラヘラと笑いながら、
中年男
足音、気をつけていただいてます?
いや、怒ってる訳じゃないんですけどね、
ただ最近、眠れなくて……
私が過敏なんだと思うんですけどね……
もう少し、どうにかできないかな、って…
いや、怒ってる訳じゃないんですけどね、
ただ最近、眠れなくて……
私が過敏なんだと思うんですけどね……
もう少し、どうにかできないかな、って…
佐藤
と消え入るような声で言ってくる。
少しイラっとしたが、相手の態度が態度だけに喧嘩もできない。
いっそ、怒鳴ってでも来られた方が気分が良かった。
少しイラっとしたが、相手の態度が態度だけに喧嘩もできない。
いっそ、怒鳴ってでも来られた方が気分が良かった。
佐藤
次に下の男が訪ねてきたのは、
その2週間後だった。
大きな紙袋を抱えたその姿をドアスコープ越しに認め、
ひとつ舌打ちして玄関を開ける。
サークルの合宿帰りで楽しい気分だったのに台無しだ。
その2週間後だった。
大きな紙袋を抱えたその姿をドアスコープ越しに認め、
ひとつ舌打ちして玄関を開ける。
サークルの合宿帰りで楽しい気分だったのに台無しだ。
佐藤
男はまた、不格好な愛想笑いを浮かべた。
中年男
あの……いい解決方法を思いついたんです……これ、
佐藤
紙袋を俺の前に突き出す。
中に入っていたのは、新品の分厚い防音カーペットだった。
中に入っていたのは、新品の分厚い防音カーペットだった。
中年男
これ……
部屋に敷いてもらえたらと思って……
ちゃんとサイズは計ってます……
ほら、真下だから間取り一緒でしょ?
部屋に敷いてもらえたらと思って……
ちゃんとサイズは計ってます……
ほら、真下だから間取り一緒でしょ?
佐藤
俺に紙袋を押し付け、男は足早に帰っていった。
佐藤
調べてみると
ホテルなんかで使われる業務用の高級品で、3万円もするものらしい
ホテルなんかで使われる業務用の高級品で、3万円もするものらしい
佐藤
「気色悪い」より「儲かった」が勝った俺は、
言われたとおり部屋にカーペットを敷いた。
言われたとおり部屋にカーペットを敷いた。
佐藤
3日後、
また荷物を抱えた下の男が俺の家のチャイムを鳴らした。
その日、男が持ってきたのは壁に貼る吸音シートだった。
ギターを弾く友人の部屋で見たことがあり、
これも2万円ほどする値の張るモノだと知っていたのでありがたく頂戴し、
部屋に取り付けた。
また荷物を抱えた下の男が俺の家のチャイムを鳴らした。
その日、男が持ってきたのは壁に貼る吸音シートだった。
ギターを弾く友人の部屋で見たことがあり、
これも2万円ほどする値の張るモノだと知っていたのでありがたく頂戴し、
部屋に取り付けた。
佐藤
あいつのお陰でクオリティオブライフがずいぶん上がってしまった。
せっかくだから何か楽器でも始めようかなどと思っていた1週間後の夜、
また部屋のチャイムが鳴らされた。
せっかくだから何か楽器でも始めようかなどと思っていた1週間後の夜、
また部屋のチャイムが鳴らされた。
佐藤
「今度は何をくれるんだろう」とドアを開けると、
今夜は紙袋も段ボール箱も持っていない下の男が、
雨でもないのにすっぽりとレインコートを着て立っていた。
今夜は紙袋も段ボール箱も持っていない下の男が、
雨でもないのにすっぽりとレインコートを着て立っていた。
中年男
部屋の中……
見せてもらっていいですかね?
あげたもの……ちゃんと使ってくれてるか……確認したくて
見せてもらっていいですかね?
あげたもの……ちゃんと使ってくれてるか……確認したくて
佐藤
何万も散財してるんだから、
それくらいの権利はあるだろうと俺は男を部屋に上がらせた。
不思議なもので、
何度も来訪を迎えているうちに、
それほど彼を気味悪く思わなくなっていたのだ。
それくらいの権利はあるだろうと俺は男を部屋に上がらせた。
不思議なもので、
何度も来訪を迎えているうちに、
それほど彼を気味悪く思わなくなっていたのだ。
佐藤
ちゃんとマットも敷いてるし、壁だってほら
佐藤
俺が言うと、
男はニッコリと笑った。
ふと……
彼がずっと、右手をコートのポケットに突っ込んだままなのが気にかかった。
男はニッコリと笑った。
ふと……
彼がずっと、右手をコートのポケットに突っ込んだままなのが気にかかった。
中年男
良かった……この頃は足音もしなくなりました
佐藤
そりゃ何よりです
佐藤
俺は心から言ってやった。男は笑顔のまま、
中年男
でもね……
もう遅かったんです。
2週間くらい前になりますか、
再就職の面接で落とされちゃいましてね……
あなたが真夜中までずーっとうるさくするから……
一睡もできないまま試験に行ったんですぅ……
もう遅かったんです。
2週間くらい前になりますか、
再就職の面接で落とされちゃいましてね……
あなたが真夜中までずーっとうるさくするから……
一睡もできないまま試験に行ったんですぅ……
佐藤
そんなはずはない。
2週間前と言えば……
ちょうど、合宿に行っていた頃だ。
俺はそもそもこのアパートにも居なかった。男は続ける。
2週間前と言えば……
ちょうど、合宿に行っていた頃だ。
俺はそもそもこのアパートにも居なかった。男は続ける。
中年男
分かってるんですよぉ?
あなた、女房に頼まれて私の人生を滅茶苦茶にしようとしてるんでしょ?
足音だってわざとやってるんだ
あなた、女房に頼まれて私の人生を滅茶苦茶にしようとしてるんでしょ?
足音だってわざとやってるんだ
佐藤
ちょっと、何言ってるんですか?
佐藤
俺は強張る頬で、
無理に笑顔をつくろうとする。男は真っ黒な目でこちらを見た。
無理に笑顔をつくろうとする。男は真っ黒な目でこちらを見た。
中年男
だから解決方法はこれしかないんです。ありがとう、準備に協力してくれて
サボテン
終わり
サボテン
それでは解説です
サボテン
「下の男」が聞いていた足音は、どうやらとうに正気を失っていた彼の幻聴だったようです。しかし、男の主観的には「このアパートは壁と床が薄く、ある室内で生じた音は近隣に筒抜けになってしまう」ことは〈事実〉でした。
サボテン
2週間ほど前の(本当は存在しない)足音に対して強い怒りを抱いていた階下の男。そんな彼が、語り手にカーペットと壁用のシートを贈ったのは、「部屋の防音を強化させる」ためでした。その上で、「何か」を浴びてもすぐ脱げて洗い流せるレインコートを着込んで何をしようとしてるのか……説明するまでもなかったね。
サボテン
以上だよ
サボテン
わかったかな?
サボテン
それじゃあAuf Wiedersehen