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レティア
怪盗どもによる、碌でもない予告がされたその翌日の朝方のこと。
ボク達は一足早く、ビュイック美術館へと赴いていた。
……資料では何回か目にしたことあるけど、実際に見るのは初めてだ。
レティア
領主としてこの辺り一体を治めていた一族が途絶え、廃墟となった城を改装したのだという噂に違わぬ荘厳さである。
美術の心得は無くとも、その内装を一目見たいという者も多いんだろうな。
まだ開館時間の三時間前だというのに、チケット売り場には長蛇の列ができていた。
○○○
レティア
首を捻って後方を見やり、不機嫌そうに黙り込んでいる少女の名を呼ぶ。
若葉色の髪を肩上で切り揃えた彼女はボクの視線から逃れるように顔を背け、徐に口を開いた。
セレア
セレア
レティア
昨日応援要請をした時は、ルンルンで引き受けてくれたのに……この一晩の間にいったい何があったのだろうか。
セレアはじとりと半眼でこちらに向き直る。
セレア
セレア
レティア
レティア
勤務時間外でも世界警察であるという自覚を持って行動したのだ、褒められこそすれ詰られる謂れはない……はずなのだが。
セレア
レティア
レティア
セレア
レティア
軽口を叩きながらも、セレアがここにいることにほっと胸を撫で下ろす。
例の盗聴器を本部に提出したはいいものの、私物には信憑性がないとのことで、一人の人員も割いて貰えなかったのだ。
怪盗との抗争が割と業務の大半である組織なのだから、そこは何とか柔軟な対応をして欲しかったなぁ……。
帰ったら嘆願書書こうっと。
セレアの冷たい視線にボクは肩をすくめて答える。
レティア
レティア
セレア
セレア
彼女の髪と同じ色の瞳の中に、感情が灯る。
……まったく、どれだけ怪盗狩りに心血注いでるんだか。
レティア
セレア
なぜ世界警察の対怪盗要員を全動員しなかったのかと言いたげな声色で放たれる”馬鹿”の二文字。
その通りではあるのだけど、それはあまりにも辛辣過ぎない?
ボクの心が傷つくってば!!
レティア
親指を立て嘘くさい笑みを浮かべたボクを見て、セレアは大きな溜息をついた。
──『神々による裁き』を盗み出すまで、あと八時間という頃。
私は観光客に扮して、ビュイック美術館を訪れていた。敵情視察というやつだ。
どことなく空気が張り詰めているように感じるのは、ここが元々そういう場所なのか、それとも私達が出した予告状のせいなのか。
でも……見渡す限り、『世界警察』らしき人達は見当たらない。
美術館側が拒否したのだろうか。
レミ
慣れない靴を履いていたせいか、階段で躓いてしまった。
咄嗟に手すりを掴んでいたから大事には至らなかったけど、仕事前に顔面ダイブとか嫌だ。普通に痛そうだし。
……だからもっとヒールの低い靴にしようって、私は言ったのになぁ。
これも練習だって聞く耳も持ってくれないんだから、困った怪盗様だ。
心中でこの場にはいない少年へと恨み言を吐いて、私は少なくとも今日はもう二度と躓かないように、しっかりと手すりを掴みながら一段一段階段を上る。
階段を上った先には、ガラスケースがいくつも展示されていた。
その中の一つ、古びた懐中時計が納められたものの前で私は立ち止まる。
その美術品に惹かれたためでなく、あまりウロウロして怪しまれないようにするためである。
……正直言って、私は美術品に付けられた価値なんて一つも分からないのだ。
現にこの懐中時計のどの部分が評価されているのかも皆目見当がつかない。
盤面の模様とか、ちょっとダサいと思うんだけどな……。
男性
男性
レミ
上擦った声が出る。とても人様に聞かせられないような考え事をしていたからだ。
違うんです決してここの館長さんの趣味が独特だなとか思っていたわけではなく!
……え、大丈夫だよね? 私、ダサいなんて口に出してなかったよね……?
口をぱくぱくとさせ青ざめる私を見て、驚かせてしまったと思ったのだろう。
いつの間にか私の背後に立っていた、黒い礼服を着たどこか既視感のある男性は、苦笑して胸に手を当てた。
男性
彼の謝罪に私は曖昧な笑みを浮かべる。取り乱してぐちゃぐちゃになっていた脳内が、重要人物を前にすっと纏まっていくような気がした。
……この人がカサエル。
レミ
怪しまれないようにしないと。ただでさえ私は芸術の心得がないのに。
男が一歩こちらへと近づく。
カサエル
レミ
レミ
レミ
キャプションを横目で見ながら何とか会話を続ける。
クロト、助けて。館長と会話するの、やっぱり私には荷が重いってば!
カサエル
カサエル
カサエル
終始にこやかに細められていた瞳の奥に、こちらを品定めするような色が混じる。
緊張に体を強張らせないようにしながら、私は眉を下げてみせた。
レミ
レミ
カサエル
カサエル
それではごゆっくり。
館長はそう言い残して私の前から立ち去った。
安心感にへたり込みそうになるのを何とかこらえて、額の汗を拭う。
……ビックリした~。生きててよかった。
レミ
私は小さく口の中で呟く。
作戦その一、「館長と接触」無事完了だ。
ソル
ソル
リュンナ
隠れ家近くの自然公園にて、わたし達は優雅にピクニックをしていた。
大方向こうはちまちまと仕掛けを作ったりしているんだろうけど、そんなもの作るだけ無駄だ。
仕掛けが仕掛け通りに動くことなど、万に一つしかありえないのだから。
近くのパン屋で購入した卵サンドを頬張って、わたしは人差し指を振る。
ソル
ソル
リュンナ
呆れたように、困ったようにこちらを見つめるリュンナ。
何も憶えていないくせに、こちらを全て見透かしているような気がするのは、きっと気のせいだ。
リュンナは徐に口を開く。
リュンナ
ソル
首をかしげてそう嘯く。
するりと口をついてでたそれは、嘘でもなければ真実でもないのだろう。
リュンナ
聞いているのかいないのか、口いっぱいに卵サンドを詰め込んだリュンナを横目で見やり、私は目を瞑る。
……今の弟子が気に食わないわけではないのだ。
彼が何も憶えていないことを、不満になど思っていない。思うはずがない。
辛い記憶などを持ち合わせても仕方がないだろう。
……ただ少し、寂しかった。
過去に向き合い続けているのが、自分一人の気がして。過去を悔い続けているのがわたし独りのような気がして。
……勝負を持ち掛けたのは、わたしがわたし達を結ぶ何かを確かめたかったからなのかもしれない。
本当のところは、もっと違う何かなのかもしれないけれど。
ソル
瞼を持ち上げ、けれど柔らかな日差しに目を細めながら、わたしの口は言葉を紡ぐ。
ソル
リュンナ
ソル
リュンナ
ソル
ソル
ソル
大きな声で叫んでみせると、彼の口の端は少しだけ持ち上がり。
次いで、目の奥が少しだけ柔らかくなる。
そんな彼の一連の動きを、感情を、わたしはずっとずっと前から知っている。
だから、こんなことで傷付いてしまうのなら、わたしは今世の彼の隣に座るべきではないのだろう。
目の前にいるのがよく似た別人だと理解できないのであれば、関わるべきでないのだろう。
そうと分かっていても、離れられないわたしは、前世から変わらない欲張り者だ。
リュンナ
わたしの中に渦巻く気持ちを、彼は何も知らないで微笑う。
欲張りなわたしと、何も思い出せない彼。
本当に酷いのは、果たしてどちらだろうか。
ソル
──ねぇ、気付いてる? 今日も太陽は眩しいのよ。
──午後九時前。
ビュイック美術館の閉館時間もとうに過ぎ、人通りも少なくなってきたところで、私は美術館の近くにある公衆トイレで怪盗衣装に着替えた。
紫色のこの衣装を着るのも久しぶりだなぁ。ユリちゃんが作ってくれたんだっけ。
その場で一回転すると、少し遅れてキュロットスカートがふわりと膨らむ。可愛い。
六歳で機械一式使えて服も作れるなんて、あの子将来何になるんだろう。
天才少女の七色の将来に思いを馳せた私は、けれど耳に装着した通信機から聞こえてきた彼女の声に現実へと引き戻される。
危ない危ない、今から勝負なんだから、しっかりしないと。
ユリ
ユリ
レミ
指示通りに進み、三メートルほどの高さがある木に登る。
木肌がすべすべでちょっと登るのに苦労したけれど、そこはポケットの中に突っ込んでいたロープでなんとかした。
ふぅと一息つきながら、頭に詰め込んだこの後の予定を確認する。
まずは美術館の夜間警備員さんの服を奪って、この怪盗衣装の上に着て……。
……うん。なんだか最初から暴力的だ。
レミ
クロト
クロト
レミ
鉄棒のコウモリ振りのような体勢のクロトと目が合う。
私を驚かせでもしたかったのだろうか、彼はどこか不満気な表情を浮かべていた。
私の反応があっさりとしていたのは、たんに驚きすぎていたからなのだが、今からでも突っ込んだ方がいいかな。
レミ
……いや、勝負前に浮かれて味方の腰を抜かそうとするとんでも人間なんて放置でいいや。
私はクロトに背を向け、彼と合流できたことを伝えようと通信機に話しかける。
レミ
レミ
ユリ
レミ
しかしいくら待とうと彼女からの応答はなく、通信機はただジージーと意味のない音を漏らすだけだ。
もしや木登りの最中に壊してしまったかと少し焦ってしまったが、繋がらないのはクロトも同じらしい。
彼は舌打ちをして吐き捨てる。
クロト
誰からの、と思えば今日の勝負相手からのものであるらしい。
勝負はもう始まっているとはいえ、こ、姑息だ……。
クロト
クロト
クロト
妨害を突破するために、ユリちゃんとラン君はいくつか解決策を用意していたらしい。流石はわが飛行船が誇る天才たちである。
双子の個人体質は未来予知。不完全なものではあるそうだが、仲間として頼もしいことこの上ない。
クロト
レミ
クロトの問いかけに勢いよく頷く。
勝負はまだ、始まったばかりだ。
レティア
レティア
草木の生い茂る館内を見渡して、ボクは苦笑する。
「守りを固めておいて」とは言ったけど、ここまで広げられるのは想定外だ。
後片付けが大変だろうなと遠い目をしたボクの隣には、この惨状の原因である少女が花のドレスを纏って佇んでいた。
レティア
レティア
レティア
セレア
セレア
うん。平常運転というかなんというか、ボクの言葉は聞こえてないみたいだ。
まったく困った幹部様だな。昇進見送った方が良かったんじゃない?
ボクはやれやれと肩を竦める。
こうしている間にも、めきめきと音を立てて成長し続ける樹木が怖い。少女はどんな種を持ち込んだろうか。
この地域で栽培が禁じられてる植物とか持ってきてなかったらいいんだけど……。
レティア
どうもセレアは怪盗を捕まえるためならば手段を問わない節がある。
それを頼もしいと思う反面怖いと感じてしまうのは、今日この場でセレアが何かをやらかした時に責任を取るのがボクであるからだろう。
しばらく放っておこうと彼女の側を離れたボクは、辛うじて蔦の侵食から逃れて……たった今侵食された職員用の階段を下りる。
磨かれた金属製の手すり。蔦と蔦の合間に、ボクの姿が──否。
ボクが変装した黒い礼服を纏った男──ビュイック美術館館長のカサエルの姿が映る。
レティア
……怪盗も、変装が自分達だけの専売特許だとは思わないでほしいね。