あとちょっとだけ待ってください?
先週も聞いたなー。その言葉
なぁメガネ。人から物を借りたらさ、期日までにちゃんと返す。これって人として当たり前のことだろ?
特に金はな。俺何か間違ったこと言ってるか?
すみません、で済んだら警察は要らねぇんだよ
そろそろ俺も我慢の限界。だって期日過ぎてんだもん。何回もお前に裏切られてんだもん
先週は街中で土下座して貰ったよなー。その前はなんだっけ…ああそうだパン1で踊ったな
でもまだ金返って来ないしなぁー。だからすみません、で済んだら警察は要らねえんだよ
今週はどんな形で誠意見せて貰おう……あ、そうだそうだ
なぁメガネ。この写真の女、お前のカノジョだろ
駄目だって、夜にあんな道1人で通らせたらさ。誰かに襲われても文句言えないぜ
いやー、お前にしてはイイ女ゲットしたじゃん
どうしたメガネ。顔色悪いぞ
メガネの言う通り「もうちょっと」待ってやるよ
次約束破ったら、更にヒドイ目に遭うぜ
誰が、とは言わないけど! ヒャハハハハハハ
金、金、金。 世の中金が全てだ。
金は自分を幸せにする。金があれば何でも出来る。
俺はそれをよく理解してる。誰よりも理解してる。
俺の父親はギャンブルと酒が大好きだった。
競馬だの競艇だのに熱中し、家族サービスの「か」の字もなかった。
生活費はパートを掛け持ちして母親がなんとか賄っていた。生活は楽じゃなかった。
しかし父親がギャンブルで多額の借金を抱えると、ついに愛想を尽かして出て行ってしまった。
生活は更に困窮した。父親は母親が出て行ってもギャンブルと酒を止めようとしないばかりか
窃盗や恐喝をするよう命じて来た。
生きていくためだ。 当時中学生だった俺は万引きやカツアゲを繰り返した。
しかし、弟の愛人(まなと)は母親に似て心優しい性格で、それらの行為に手を染めることが出来なかった。
故に愛人はたびたび父親から暴力を振るわれていた。 酒に酔った父親のダミ声は今でも耳にこびりついている。
「甘えたこと言ってんじゃねぇ。金の有る無しで人生が左右されんだ」
「金、金、金だ!」
俺は生きていくことに必死だった。
父親を憎いとも思わなかったし、殴られてる愛人を可哀想だとも思わなかった。
____しかし「あいつ」は違ったようだ。
腫れ物扱いされている俺達一家を何かと気にかけ、世話を焼いてくれる人がいた。
近所に住む高校生の女だ。 惣菜や日用品を「おすそわけ」と言って与えてくれた。
たぶん愛人と付き合っていた。 本人から聞いたわけじゃないが、俺がそう確信したのは
愛人が死んでからだ。
ある日を境に父親が愛人に手を出すことはなくなった。
そして愛人は一万円札を数枚持って帰って来るようになった。
こいつもようやく現実を見るようになったのだ、と少し見直した。 愛人が塞ぎ込むようになったこととは無関係だと思っていた。
___家に知らないおじさんたちが来て、お父さんが上機嫌で僕を呼んで
知らないおじさんたちに車に乗るよう言われて知らない場所の知らないホテルに連れて行かれて_____…
……というようなことが綴られ、別れの言葉で結ばれた手紙が高校生の女の家のポストに入れられた数分後
愛人は自宅の浴室で手首を切った。
高校生の女は泣きながら俺にそう告白した。
両手で顔を覆っていたため彼女の表情は窺い知れない。 指と指の隙間から呪詛を唱えるかのように震えた声が零れていた。
「子どもを売るなんて酷すぎる」 「自分の子どもをなんだと思ってるんだろう。許せないよね」
愛人が自殺してから数ヶ月後、 父親が死んだ。
「おすそわけ」と言って持って来た惣菜から毒物が検出された。 死体となった父親は
金箔でコーティングされていた。
「お金が大好きなあの人の為に思い切り豪華にしてあげたんです。 自分にいくらの値がつくか、今頃あの世で考えて楽しんでるんじゃないですか」
取り調べで、彼女が言った言葉だ。
あの後 親戚中をたらい回しにされながらも俺は極貧生活から脱出した。
「夫婦2人3脚で営んで来たカフェの2号店がどこそこにオープン」と言った内容の雑誌に載っている女の人は、母親に似ている気がした。
幸せそうに微笑む もしかしたら母親だった人。
「私は今とても幸せです。あの頃の私とは違います。あの人達とは他人です」
そう言わんがばかりの微笑み。 雑誌を破り捨てた。
俺は死に物狂いで努力した。 努力して、努力して今の贅沢な暮らしを手に入れた。
今の俺には金がある。
俺だけが貧しさから脱出出来た。 勝ったのは、勝者になったのは俺だ。
お小遣いを貰えることは当たり前、新しい服を買って貰えることは当たり前。 そんな風に生きて来た奴らを見下す権利が俺にはある。
___どこそこに2号店をオープンしたカフェは、ライバル店のスパイが紛れ込んでいたとかで経営が傾いている。
厚化粧のオバサンが媚びるような笑みを浮かべながら、俺の事務所を訪れた。
出て行って以降 一度も連絡を寄越さなかったくせに「大きくなったわね」とか言って来る。 ___俺は満面の笑みを浮かべて、言った。
さっさと貸した金返せババア
昔も今もこれからもずっと、俺は金しか信じない。期待しない。
この世は金が全てだ。金は自分を幸せにする。
金、金、金だ!
来たかメガネ。今日こそは返して貰うぜ
……なんだよその目は。 あ?
大仏事件? そんな大それた名前がついてんのか
ああそうだよ。金箔でコーティングされた死体は俺の父親だ
金(きん)にまみれた死体なんだってな。豪華なことじゃねぇか。たぶんあの世で喜んでるぜ
……ってか何?お前わざわざ調べたの?
こんなんで俺が動揺するとでも思ったか?
そんなん調べる暇があるなら さっさと金を
あぁ イテェ。 血ィ止まんねぇ。死ぬなコレ。
何かメガネの様子がいつもと違うと思ったんだよ。
カノジョに手ェ出したことでついに プッツンと来たか。
…いやでもメガネ。その大切な「カノジョ」もどっかの男から金に物言わせて奪って来たんだろ。 調べはついてんだ。
そんでカノジョに貢ぎに貢いで、俺に金を借りに来るようになったんじゃねぇか。
___あ、目が霞んで来た。マジで死ぬやつだなコレ。
メガネ、お前今日やけに大荷物だな。何持って来たんだよ……あぁなるほど…そういうことか
金箔………。だから父親の話題を出したんだな
今度は俺の番ってわけか。
たぶんもうすぐ死ぬな。もう声も出ねぇ。
だけどなメガネ。
お前が金で奪ったカノジョの元カレ、そのまま泣き寝入りすると思うか?
案外お前と同じように金箔買い込んでたりしてな。 はは。
なんてな________
木野花音 様主催 「動機コンテストⅡ」参加作品 #大仏事件
ゴールド・*** ↓
コメント
5件
憎んでいた父親と同じ道を辿ってしまったのですね。「正しく生きる」というのは、人によっては難しい事なのかも知れませんね。
金の亡者に相応しい死を、という動機ですね!参加ありがとうございます! 「あの世できっと自分に高値がつくと喜んでる」という煽り文句、結構好きですw