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第1話 - あ

2023年05月15日

#スカッと

田中俊樹

タクヤ

シズカ、いまどこ？

シズカ

今、夜勤が終わって家に帰って来たところ

タクヤ

介護の仕事は給料よくない癖に夜勤もあるんだから大変だよなーｗ

シズカ

夜勤は慣れるし、介護職はやり甲斐のある仕事だよ

タクヤ

ふーん

タクヤ

ああ、そうそう今朝チラシに、新築一戸建ての売り出しがあったぞ

タクヤ

俺の職場からも近くて、病院も近くにある

タクヤ

テーブルの上にチラシ置いといたから見といてくれ

シズカ

え？チラシ見たけど。この物件がどうかしたの？

タクヤ

その物件良くないか？

タクヤ

駐車場も2台置けるほど余裕があるし、部屋数も今より多い

シズカ

んー。魅力的ではあるけど、私はこのマンション気に入ってるし

シズカ

いいとは思うけど、住みたいとは思わないかな

シズカ

まさかここを購入しようだなんて言い出さないよね？

タクヤ

築20年のおんぼろマンションより、ピカピカな新築一戸建てに住みたいと思わないか？

シズカ

思わないなー

シズカ

部屋数だって今のままで十分足りてるし

シズカ

大学生の子供達が独り立ちしたら、今のマンションでも広すぎるぐらいでしょ

タクヤ

立地を見てみろよ！今のマンションは、俺の仕事場まで30分もかかる

タクヤ

正直、片道30分の道を車で行くのは肉体的にしんどいんだ…

シズカ

私の職場だってマンションから片道40分かかるんですけど

タクヤ

でもお前は運転が苦じゃないって言ってたからいいじゃないか

シズカ

そんなこと言うなら、あなただって通勤する時間を快適にしたいからとか言って

シズカ

800万もする車を私の相談なく購入したじゃない

タクヤ

あーうるせえな

タクヤ

俺の稼いだ金で何を買おうか勝手だろ

シズカ

私だって働いてるんですけど…

シズカ

逆の立場だったら贅沢だって絶対反対する癖に…

タクヤ

お前に良い車は不釣り合いだろ

タクヤ

俺が働いてるから、家庭はうまく回ってるんだぞ

タクヤ

あれぐらいの買い物、当然の権利だ

シズカ

その車があるんだから、通勤時間も楽しいんじゃないの？

タクヤ

だから運転が辛いって言ってるだろ。それにマンションの駐車場だって煩わしい

タクヤ

両隣がデカい車だから、駐車する時に気を遣うんだよ

タクヤ

家の前に専用駐車場があるのは楽だぞ～

シズカ

でも今更一軒家を買うだなんて…

タクヤ

お前が働きたいと言ったとき、俺は快くOKしてやったよな？

タクヤ

その恩を今返すべきだ

シズカ

事あるごとにそれを言うわよね…

タクヤ

母さんもそろそろこっちに呼び寄せたいと思ってたし

シズカ

えっ！？

シズカ

それ本気で言ってるの！？

シズカ

私とお義母さんが折り合い悪いの知ってるよね！？

タクヤ

知ってるよ。だから帰省だって年一回にしてやってるじゃないか

タクヤ

本来ならお前が子供達を連れて、長期休みごとに母さんの家に行くべきなのに

シズカ

私がお義母さんから嫁いびりを受けていたのは知ってるよね！？

シズカ

子供達だって私が産んだ子だからって、ひどい扱いをされていたのよ

シズカ

年一回でも顔を出しているのを感謝して欲しいぐらいだわ！

タクヤ

母さんに悪気はないんだから、お前の受け取り方の問題だ

シズカ

あなたも私の気持ちを理解してくれたから、年一回の帰省にしてくれたんじゃないの？

タクヤ

そうしないとお前が実家に帰ると言ってきたから、仕方なく俺が折れてやったんだ

タクヤ

母さんも年をとって丸くなってきてる

タクヤ

体もガタがきてるようだし…

タクヤ

去年行ったときに、そろそろ俺の所に来たいって言ってたんだ

シズカ

そんな話聞いてないんだけど…

タクヤ

お前の耳に入ればヒステリックになって話し合いにならないだろ

シズカ

そりゃあお義母さんとの同居なんて考えられないわよ！

タクヤ

俺は長男なんだから、こうなることは予想できてたはずだ

タクヤ

だから、母さんが住みやすいようにと、新築一戸建ての家に引っ越さないかと言っているんだ

シズカ

つまりあなたとお義母さんのためだけの提案だったってことね

シズカ

同居なんて考えられないわ…

シズカ

そもそも、新築一戸建てを買うお金なんてないでしょ

シズカ

このマンションを売って、ローンを組むつもり？

タクヤ

何言ってるんだ

タクヤ

金ならあるだろ

シズカ

そりゃあ共働きだから、多少の貯えはあるけど…

シズカ

でも新築一戸建てを買うまでの余裕はないでしょ

タクヤ

とぼけやがって。知ってるんだぞ

タクヤ

お前の父親が亡くなって相続した金のことを

タクヤ

お前の通帳見て驚いた。どうして黙ってたんだ？

タクヤ

まさか全部自分のためだけに使うつもりだったのか？

シズカ

あのお金はいざって言うときのために取っておくつもりだったの

シズカ

言ったらこういう要求されるとわかってたし

タクヤ

そのお金があれば、俺や母さんが喜ぶんだぞ

タクヤ

お前が同居に前向きな姿勢を見せれば、母さんもきっとお前のことを認めてくれる

タクヤ

お前は母さんに認められたくないのか？

シズカ

お義母さんがそんなことで私を認めると思う？

シズカ

感謝されたとしてもその場限りよ。嫁を奴隷としか思ってない人なんだから

タクヤ

そういう態度だから、嫁いびりされるんだ

タクヤ

家長である俺が決めた事なんだ。妻子は黙って従え

シズカ

はあ？

タクヤ

ったく、お前には失望したよ

タクヤ

自分から金を出すと言い出しやすいようにお膳立てしてやったのに

シズカ

私のお父さんは、私のためにお金を遺してくれたんだよ？

シズカ

あなたやお義母さんのためじゃない

タクヤ

亭主が幸せなら、妻であるお前の幸せにも繋がるだろ？

シズカ

だから私のお父さんのお金を差し出せって？

シズカ

呆れた…自分勝手だとは思っていたけど、ここまでだとは思っていなかった

タクヤ

なんなんだ？

タクヤ

さっきから口の聞き方がなってないぞ

タクヤ

俺は離婚しても構わないんだからな

シズカ

あなたは昔からそうよね

シズカ

自分の意見が通らなければ離婚離婚って…

シズカ

わかったわ。帰ったら今後のことについて話し合いをしましょう

～半年後～

タクヤ

どうだ？そろそろ頭は冷えころか？

シズカ

あら？久しぶりね。どうかしたの？

タクヤ

離婚して半年経ったし、そろそろ俺のありがたみが分かったころかと思ってな

シズカ

もう離婚から半年も経ったのね…

タクヤ

そうだ。お前が感情に任せて離婚に同意してから半年経った

タクヤ

勝手につれてきた弁護士のおかげで、離婚の時に随分金を持っていかれた

タクヤ

色々ご託を並べてお前の隠してた父親の遺産は一銭ももたえなかったしな

シズカ

弁護士を挟んだのはあなたのいいように財産分与させないため

シズカ

父さんの遺産は離婚してもあなたに入らないって散々説明したのに…

タクヤ

俺とやりなおしたいなら、あのお金は全額俺に返すこと

タクヤ

遺産も全て俺に渡すこと

タクヤ

母さんの面倒はお前が責任を持ってみること

タクヤ

これが最低条件だ

シズカ

やりなおす？何言ってるの？

シズカ

私はあなたと離婚してから充実した毎日を送れて幸せなんですけど

タクヤ

強がるなよ！

シズカ

それに、感情に任せて離婚に同意って何よ

シズカ

それはあなたの方でしょう

シズカ

「俺の言う事聞けないなら離婚だ！って言ってたじゃない」

シズカ

私はそれに同意しただけ

タクヤ

俺という愛する男を失って寂しくないのか？

シズカ

寂しいなんてとんでもない

シズカ

口うるさい人がいなくなってせいせいしてるわ

シズカ

あと、あなたの愛なんてとっくの昔に枯れてるのよ

タクヤ

へ？

タクヤ

どういうことだ？

シズカ

あなたは昔からすぐに、離婚離婚って脅してきてたわよね

シズカ

言うことを聞かないとすぐ離婚だって言い出す人を愛し続けれると思う？

タクヤ

でもなんだかんだ、お前は俺についてきてくれたじゃないか

タクヤ

それは俺を愛していたからだろ？

シズカ

子供が小さい頃は、私も働いてなかったし言う事を聞くしかなかった

シズカ

思い返せばの時から熟年離婚を考えていたわ

シズカ

本当は大学卒業まで待ってあげたかったんだけどね

シズカ

でも子供達も離婚を許してくれたし、もういいかなって思って

タクヤ

お前…働くのを許可した恩を忘れたのか…

タクヤ

今のお前があるのは俺のおかげなんだぞ

シズカ

働くのを許可とか、いつの時代の人よ

シズカ

共働きになったのに、家事は全て私に丸投げのまま

シズカ

私が風邪で倒れた時なんて、虫を見るような目で文句ばかり言ってきて

タクヤ

そりゃあ朝起きて家事がなにもされてないと、気分が悪くもなるだろ

シズカ

そういう時ぐらい、自分が家事をやろうとは思わないのかしら？

タクヤ

家事はお前の仕事だろ！どうして俺がお前の仕事をしなきゃいけないんだ

シズカ

私達…夫婦だったのよね？

シズカ

それならお互い辛い時は助け合いながら生活してもよかったんじゃない

シズカ

今となったら、もっとあなたと話し合えばよかったと思ってるわ

シズカ

でもまぁ…もう私達は終わったしね

タクヤ

お前の気持ちはわかった

タクヤ

俺もお前に不満はあるが、今は何も言わない

タクヤ

だが、自分の務めを放り投げるなんてことはするなよ

シズカ

子供達のことよね？

シズカ

大丈夫。あの子たちが就職するまでしっかり見守るわ

タクヤ

俺が言ってるのは母さんのことだ

タクヤ

たとえ離婚したとしても、母さんの介護はお前のつとめだ

シズカ

え？

シズカ

ごめん、何言ってるか分からない…

タクヤ

数日前に母さんが倒れてしまって、介護が必要になった

タクヤ

今はこっちにきてマンションで一緒に生活している

シズカ

それは大変ね…

タクヤ

なんで他人事なんだ？

タクヤ

これからはお前が面倒を見るのに

シズカ

どうして元義母の面倒を私がいなきゃいけないの？

タクヤ

それが離婚したとはいえ元嫁の務めだろう

タクヤ

この日のために、介護職の資格を取らせてやったんだ

シズカ

あのね

シズカ

介護職に就いたのはあの年齢からでも正社員が狙えたから

シズカ

あなたのお母さんの介護を見越していたためではないの

シズカ

資格を取ったのだって、介護の仕事が好きでもっと色んなことを挑戦したいと思ったから

タクヤ

なんでもいい。とにかく明日からウチに戻ってこい

シズカ

いやよ。私は明日も仕事なんだから

タクヤ

俺の母親を見捨てるのか？

シズカ

そもそも、介護は実子がやるものよ

シズカ

私はもう他人なんだから巻き込まないでちょうだい

タクヤ

じゃあ明日から誰が母さんの面倒を見るんだ！

シズカ

介護サービスを利用しないなら、あなたが看るしかないんじゃない？

タクヤ

俺は明日も仕事なんだ！

シズカ

休むしかないわね

タクヤ

バカ言え！こんなことで仕事が休めるか！

シズカ

じゃあ今からでも利用できる介護施設や訪問サービスを探すしかないわね

タクヤ

俺はそう言うことはわからない。お前がやれ

シズカ

だから嫌だって言ってるでしょ？

シズカ

時間の無駄ね…

タクヤ

もういい。しょうがない

タクヤ

明日は子ども達に看てもらうことにする！

シズカ

子供達…あなたともう連絡とりたくないって言ってたけど返事してくれるかしら？

シズカ

あなたやお義母さんが、もっと私達を大切にしてくれたら

シズカ

離婚したとしても、困った時は協力しようと思えたのにね…

～一ヶ月後～

タクヤ

頼む…シズカ…俺が悪かった

タクヤ

少しの間だけ…母さんが入れる介護施設が見つかる間だけ

タクヤ

俺を助けてくれないか？

シズカ

お断りします

タクヤ

そこをなんとか…

タクヤ

もう仕事も休めないんだ

タクヤ

このままじゃ辞めるしかない

シズカ

それなら辞めるしかないわね…

タクヤ

そんなわけにもいかない！

タクヤ

今までのことは俺が悪かった

タクヤ

お前の気がすむまで謝る

シズカ

15年前なら今の言葉で考え直したかもしれない

シズカ

残念だけど、今はあなた達に構ってあげられる時間がなくて…

シズカ

今は仕事に習い事に、やることがいっぱいなの

タクヤ

習い事だと！？俺が寝る暇もなく母さんの面倒を見てるっていうのに！

タクヤ

家の中だってぐちゃぐちゃで…掃除だけでもしにきてくれないか？

シズカ

もうあなた達とは他人なの。どんだけ大変だろうが興味ないのよ

シズカ

あなたとの苦しい結婚生活を耐えた分、これからは楽しい事をいっぱいしようと思って

タクヤ

じゃあせめて、子供達に返事をするよう言ってくれ

タクヤ

電話もでないし、メッセージも既読無視するんだ

シズカ

そりゃあね…

シズカ

誰がお金で生活していると思ってるんだ！

シズカ

とか言って、自分の思い通りにしようとする父親とは早々に縁を切りたいでしょ

シズカ

私が働き始めてからは、教育にかかるお金はほとんど私が出してきたしね

シズカ

今更だけど、もっと相手のことを思いやった方がいいわよ

タクヤ

わかった。これからはお前たちを大切にする

タクヤ

だから助けてくれ！このままじゃやばいんだ！

シズカ

そろそろ潮時かしらねー。ブロックブロックー

タクヤ

すまなかった！

タクヤ

シズカ、今の俺を助けられるのはお前だけだ！

シズカ

介護頑張ってね！

シズカ

これからもお義母さんと仲良くね！

シズカ

じゃ、いまからディナーの予約をしてるので！

タクヤ

助けてくれ！シズカ！！俺が悪かったから！！！

～後日談～

シズカ

義母の施設は中々見つからず、義母を見捨てることもできないタクヤは

シズカ

仕事を辞めて義母の介護に専念していると聞きました。

シズカ

慣れないことをしているせいか、タクヤはげっそりとやつれているそうです。

シズカ

一方私は、子供達を見守りながら第二の人生を謳歌しています。

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田中俊樹

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