午前0時
『昨日』が『今日』になる時間
家族が寝静まった頃、リビングの電気をつけて
翔太
コトン、
テーブルの上に、ホットミルクが入ったマグカップを2人分置く
今日はなんとなく蜂蜜を混ぜてみた
母が知り合いから貰ったらしい、ちょっとだけ高級な瓶入りの蜂蜜。
翔太
翔太
準備が終わったら、僕は
今日も彼女を探す。
翔太
翔太
翔太
彼女の名前を呼びながら、部屋をぐるぐる歩き回る
一昨日はソファの下にいた
昨日は冷蔵庫の中
いたずら好きの彼女は、いつもおかしなところから現れる
翔太
両開きの淡い緑色のカーテンを見る
窓は開いていないから、裾がゆらゆら揺れるはずがない
……ないけれど。
翔太
カーテンの前に立つ
《ジャッ!》
端を掴み、勢いよく左右に開いた
そこには__
夜子
夜子
夜子
目を丸くしてこちらを見つめる、黒髪の少女がうずくまっていた
瞳は深海のように青く、肌は病的なほど白い
翔太
夜子
翔太
翔太
翔太
夜子
少女は__夜子は立ち上がり、カーテンの裏からソファへ移った
僕も彼女の隣に座る
夜子
翔太
翔太
夜子
翔太
子はほわりと湯気をたてるカップを傾け、驚いたように僕を見つめる
夜子
夜子
翔太
夜子
翔太
花が咲いたような笑顔に、自然とこちらも微笑んでしまう
夢中でホットミルクを飲む夜子の頭を、僕はゆっくりと撫でた
痛みのないサラサラの髪に指をすべらせる
翔太
翔太
そう聞くと、夜子は目を輝かせて僕を見て、大きく頷いた
夜子
ふと時計を見ると、長い針は30分を指していた
いつもより少し話し込んでしまったようだ
翔太
翔太
夜子
夜子
翔太
翔太
僕は両手を横に広げた
それに誘われたように、夜子は座る僕の膝の上に乗る
夜子
そして顔が向き合うように、僕の肩に手を置いた
吸い込まれそうな青い瞳が僕を貫く
翔太
翔太
そして__
夜子
夜子
夜子
夜子は、僕の首筋に歯を突き立てた。
翔太
痛みはもうほとんど感じない
慣れてしまったのか、それとも
僕が魅入られてしまったからか。
夜子
夜子は夢中で血を啜っている
ついさっき、ホットミルクを飲んでいた時のように
けれど笑顔ではない
必死に、生きる為に、命を繋ぎ止める為に
食事として、血を啜っている。
翔太
翔太
今日もこうして、何度言ったか分からない言葉を言い聞かせて
夜子の頭を撫でた。
夜子に出会ったのは、もう1ヶ月も前のこと
たまたま夜中に目が覚めて、リビングのドアを開けた時だ
突然、目の前に少女が現れた
もちろん驚いたし、なんなら警察を呼ぼうとも思った
けれど、彼女は。
僕に何をするでもなく。
ただ、そこにいて。
無邪気に笑いながら。
そんな彼女のペースに、僕は自然とつられてしまって。
彼女が人ではない何者かで、血を吸わないと生きていけないことを知り。
名前のない彼女に“夜子”と名付けて。
午前0時、僕らは毎晩のように会い。
ゆっくり、じっくり、1ヶ月間
僕は彼女が喜ぶように、甘い飲み物を用意して
とりとめのない世間話を、ソファに隣同士で座って話して
彼女に『食事』をさせて
気付けば__
僕は彼女に、無意味な恋をしていた。
満腹になったのか、夜子は僕の首筋からゆっくり口を離した
頬についた血を指で拭ってやる
翔太
夜子
翔太
もう一度頭を撫でると、夜子は嬉しそうに目を細めた
けれどそれも、一瞬のこと。
夜子
不安げに首筋の跡を見つめる
翔太
夜子
夜子
翔太
噛み跡に指を沿わせ、そっと撫でる
夜子
夜子
夜子
夜子
夜子
吐き出すように夜子はそう言った
今にも泣きそうな顔で
翔太
僕は黙って、また夜子の頭を撫でた
もう何度もしてきた動作だ
だからこそ。
翔太
僕は、笑って言った
翔太
翔太
翔太
こんな傷、いくらついたって構わない
だってそれが君のためになる
翔太
夜子
僕を見つめる彼女の目は、うっすらと涙が溜まっていた
瞬きをする度に、それは零れ落ちてしまいそうになる
僕はその涙を拭った
それからようやく、夜子は笑う
夜子
夜子
夜子
夜子
肩に顔をうずめ、夜子はくぐもった声でそう言った
翔太
翔太
とんとんと優しく、その小さな背中を叩く
…どれくらいそうしていただろうか
夜子
夜子
夜子は唐突に顔を上げる
それにつられて時計を見ると、針は0時55分を示していた
翔太
あと5分で、時間は終わってしまう
僕らは立ち上がり、ふたり揃ってカーテンの前に立った
窓を開けると、どろりとした真夜中の景色が広がっている
夜子は足を踏み出すと、窓枠に手をかけ半身を乗り出す
窓の外へ降り立ち、振り向いた
黒髪が闇に溶け込み、青い瞳が浮き上がって見えた
不思議だ
月も星も輝いているのに、彼女の体はほとんど見えない
夜子
名残惜しそうに僕の名前を呼ぶ
微笑みながら、小さく手を振った
翔太
思わずその手をこちらへ引き込みそうになり、ぐっと堪える
駄目じゃないか
そんなことしたら、君を帰したくなくなってしまうだろう?
翔太
感情を抑えて手を振り返し、僕は言う
翔太
何度も言ってきた
時計の針が終わりを告げる度に
君を引き留める代わりに、何度も__
夜子
夜子
夜子
夜子
「だから」
「だから、また明日。」
翔太
そう言って、笑いながら、夜子は。
僕の前から、姿を消した。
翔太
窓を閉める
振り返ると、誰もいないリビングが広がっていた
時計の針は午前1時を示している
翔太
テーブルの上に置かれた、ふたつの空のマグカップ
洗うために持ち上げると、蜂蜜の匂いが鼻を掠めた
直前まで彼女がいたのだ
無邪気で無害で世間知らずで、僕にまっすぐな感情を向けてくれる彼女が。
翔太
翔太
溜め息を零し、僕はカップを持ってキッチンへ向かった。
午前0時
1時間だけの奇妙な逢瀬
僕らの恋は、きっと明日も実らない。
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