残り制限時間、19時間41分。
ぼく達はビンゴ表のななめラインの2番目にあたるキャンプ場に、バスを乗り継ぎ2時間くらいかけてやって来た。
アルク
ユウゴ
ユトリ
今の時間は、夜の7時すぎ。
夏だからまだ空は明るいけど、もう少ししたらすぐに真っ暗になる時間帯だ。
時間の余裕はあるけど、夜に子供だけで移動するのは心もとない。
色がつかなくても、今日の移動は終わりにして、キャンプ場で夜をすごすことになるだろう。
アルク
アルク
ユウゴ
バス停からキャンプ場の入り口まで、少し急な坂道を15分くらい歩いた。
いつも家族で来る時はキャンプ場内の駐車場まで車だから、こんなにつらい坂道だとは思わなかった。
アルク
ユトリ
アルクは文句タラタラだし、ユトリは疲れて息切れしている。
ユウゴ
ユウゴ
入り口の近くにキャンプ場の管理事務所があるので、ドアを開けて受付カウンターの呼び出しベルを鳴らした。
1分もしないで、事務所の奥で作業をしていた管理人さんが出てきてくれた。
木谷さん
木谷さん
ユウゴ
出てきたのは、キャンプ場の管理人の木谷さん。 母さんの学生時代の同級生で、ぼくも幼い頃からの知りあいだ。
キャンプに来た時には、道具や食材の用意など、いろいろと助けてもらっている。
アルク
ユウゴ
木谷さん
木谷さん
アルク
木谷さん
アルクの疑問に、木谷さんは口を濁して話題を変えた。
木谷さん
ユウゴ
ユウゴ
木谷さん
ユウゴ
木谷さん
ユトリ
木谷さんのセリフを、ユトリが上ずった叫び声でさえぎった。
木谷さん
ユトリは普段静かでおとなしいから、木谷さんは今まで気づいていなかったみたいだ。
アルク
アルクがぼくに耳打ちで話しかけてくる。
ユウゴ
木谷さん
木谷さん
木谷さんが鍵を出してくれた。
木谷さん
ユウゴ
鍵を受け取ると、アルクとユトリをつれて事務所を出た。
ユトリはずっと赤い顔をしてうつむいていた。
うつむいているのはいつものことだけど。
アルク
ユトリ
ユウゴ
鍵を渡されたバンガローは、キャンプ場に8棟ある中で特に古い建物だった。
床板は老朽化や腐敗で一部がたわんで隙間風が入るし、照明も裸電球だから部屋の中央あたりしか照らされない。
ちなみにお風呂やトイレなどの水場は、はなれの共同浴場を使う。
みんな、シャワーで汗を流してきて、パジャマ代わりのレンタルジャージに着替えずみ。
服は噴水での戦いで汚れていたので、洗濯機で洗って外に干してある。 外はあたたかいから、朝までにはかわいてくれるだろう。
アルク
アルク
ユトリ
ユトリ
アルク
木谷さん
話していると、木谷さんが大きな袋を持ってやってきた。
木谷さん
袋からパックのお弁当を出してテーブルに並べていく。
中身はご飯とトンカツ、唐揚げ、ミニハンバーグにウインナーと肉尽くしのスタミナ弁当だ。
木谷さん
木谷さん
アルク
ユトリ
木谷さん
木谷さん
木谷さん
木谷さんは申し訳無さそうに言うけど、このお弁当はぼく達に鍵を渡したあとで、急いで作ってくれたものだ。
シーズンオフでゆったりすごしていたところに押しかけたのに、何も言わずに準備してくれただけでありがたい。
木谷さん
ユウゴ
アルク
ユトリ
ユトリだけ何故かまた顔を赤くして、声が上ずっている。
何か違う意味があるんだろうか。
アルク
アルクがお弁当を開けずに木谷さんにたずねる。
さっきからずっと、無料ということに引っかかっているみたいだ。
木谷さん
木谷さん
木谷さんが横目でぼくの方を見る。
なぜ無料なのかを話すと、ぼくの話をしなきゃならないからだ。
ユウゴ
左肩に右手を置いてから、アルクとユトリに向かって話し始めた。
ユウゴ
アルクには再試の時に話したけど、ユトリに言うのは初めてだ。
あれは5年前の夏休み。
ぼくはバーベキューエリアの裏手の山林で迷子になり、大きな熊のような獣に襲われた。
今から思えば、あれが魔物で、ぼくが魔法使いになる切っかけだったわけだけど。
一般的には山から野生の熊が下りてきた事故として処理され、今後同じ出来事が起こらないように、キャンプ場と山林の間には電気柵が設置されるようになった。
そして、キャンプ場の管理会社からは事故のお詫びとして、家族全員がいつでも使えるキャンプ場の永年無料権をもらった。
アルク
ユトリ
アルクとユトリが同時に首をかしげる。
ユウゴ
アルク
木谷さん
木谷さんは早口でまくし立てると、そそくさと出ていってしまった。
アルク
ユトリ
ユウゴ
アルク
ユトリ
食事が終わって片付けが終わったあと、ビンゴ表を囲んで今後の方針を話し合った。
ユウゴ
ユトリ
ユウゴ
ユウゴ
アルク
アルク
ユウゴ
残り制限時間、17時間58分。
こうして話していても、時間だけがいたずらに消費していく。
アルク
アルクがめずらしく言いづらそうに、ぼくの顔を見る。
ユウゴ
ユトリ
アルク
アルク
ユウゴ
襲われた時の状況がフラッシュバックして、一瞬左肩がズンッと重い痛みを感じた気がした。
ユトリ
アルク
アルク
ユウゴ
ユウゴ
言い争いになりそうな2人を、なだめて話を続ける。
ユウゴ
アルク
アルク
実は事故以来、毎年キャンプには来ているけど、事故があった場所には、ぼくも家族も近づいていない。
正直怖い気持ちもある。
アルクだって、ただの興味本位ではなく、何か理由があるのだとはわかる。
ユウゴ
意を決して、ぼくは答えた。
もう外は真っ暗だった。
月は出ているけど足元が心もとないので、バンガロー備え付けのランタンを各自持って出発した。
バンガローから出て管理事務所とは反対方向に、テントを張れる広いスペースと、そこを囲むように水場とバーベキューエリアがある。
魔物に襲われたのは、そのバーベキューエリアをこえた先にある、裏手の山林だ。
現在は動物よけの電気柵がはってあって、入れないようになっている。
アルク
アルクが感嘆の声を上げる。
うっそうと茂った山林の木々は、月明かりに照らされて大きな影を作っている。 風に揺れる様は、まるでそれひとつが大きな生き物のように見える。
ユトリ
ユトリは大きな山林に圧倒されて、少し腰が引けている。
ぼくも少し恐怖を感じている。
あの時の魔物は、ぼくを助けてくれた魔法使いに退治されているはずだけど。
アルク
アルクがビンゴ表をランタンで照らして見せる。
ユウゴ
アルク
ポケットに入れていたビンゴ表を広げてみると、たしかにキャンプ場のマスに色がついていた。
ユトリ
アルク
アルク
ユウゴ
ユウゴ
アルクがうなずいた。
ぼくもなんとなく、アルクが言わんとしていることがわかってきた。
アルク
ユトリ
アルク
ユウゴ
友達とアスレチックなどでよく遊ぶけど、蜂も蜻蛉も蝶も他の昆虫も飛んでるところを見たことはない。
アルク
ユウゴ
魔物は犬や熊のような大きな獣のイメージがあったらか、その発想はなかった。
アルク
アルクがビンゴ表の問題文『入学式の会場まで来るにはそろえて真っ直ぐ』を指差す。
アルク
アルク
アルク
ユウゴ
アルク
アルクが拳を握って前に突き出す。
……30秒くらいの沈黙。
ユウゴ
ぼくも拳を握って、アルクにグータッチした。
ユトリ
それを見てユトリも拳をコツンと当てた。
アルク
ユウゴ
いままで、そんなノリでやって来てないし。
ナミスケ
背後から声とガタンガタンという音。
振り返ると、自転車に乗ったナミスケがいた。
アルク
ナミスケ
ナミスケ
ナミスケがビンゴ表を広げてみせる。
ナミスケ
ナミスケ
3つあるキャンプ場の3つ目で、やっと正解にたどり着いたのか。
ナミスケの乗っている自転車はマウンテンバイクタイプだけど、車輪もボディも泥だらけでボロボロになっていた。
アルク
アルク
ナミスケ
ナミスケ
ナミスケは自転車から降りると、魔法具《マギアツール》のダガーナイフを振りかざした。
ナミスケ
ナミスケの背後から何本もの水の矢が飛んで来た。
アルク
アルクが風を起こして、水の矢の軌道を変え、山林に着弾させた。
ナミスケ
アルク
ナミスケ
ナミスケ
ふたたび数本の水の矢が、ぼくに向かって飛んで来た。
横に走って水の矢から逃れるが、1本だけ避けきれずに足にあたった。
足から腰にかけて、激痛が走る。
ユトリ
ユウゴ
でも痛い。
高出力の水鉄砲を当てられたような、鈍い痛みが残る。
ナミスケ
ナミスケがダガーナイフを振るった。
またも複数の水の矢が……
……こない?
ナミスケ
ナミスケも異変を感じたようで何度もダガーナイフを振るが、水の矢は飛んでこない。
その代わりに、木谷さんが飛ぶような勢いで走ってきた。
木谷さん
木谷さんの言葉でだいたいわかった。
ナミスケは水場の水道を全部全開にして、攻撃用の水を確保していたんだ。
ナミスケ
ナミスケは自転車に乗り直すと、木谷さんが来る前に去って行ってしまった。
木谷さん
木谷さん
ユウゴ
と言っておこう。
アミキティア魔法学校のことを話しても信じてもらえないだろうし。
木谷さん
ユウゴ
一応、木谷さんは納得してくれたみたいなので、そういうことにしておいた。
今の時間は、夜の10時半。
残り制限時間、16時間28分。
バンガローに戻ったぼく達は、ビンゴ表を囲んで、もう一度明日の行動を話しはじめた。
ビンゴ表のマスを埋めるには、場所だけではなく、その場所で魔物に襲われた人がいないといけない。
後はFREEの右下の2つのマスに色がつけばラインができるけど、その2箇所で魔物に襲われた人は、どうやって探せば良いんだろうか。
アルク
アルクが手を挙げる。
アルク
ユトリ
ユトリが声を荒げる。
ぼくは以前に聞いていた話だけど、やっぱり衝撃的な内容だ。
アルク
アルク
男のぼくは気にならないけど、女の子がファッションに制限があるっていうのは、結構辛いこともあるんじゃないだろうか。
アルク
アルクがぐいっとニヤけた顔を寄せて来た。
ユウゴ
同情して損した。
ユトリ
アルク
ユウゴ
ユトリ
ユトリ
ユトリがFREEのすぐ右下の、海岸のマスを指差す。
それなら、アルクの日本家屋と合わせて、ビンゴのラインが完成する。
アルク
ユトリ
ユトリがうつむき、肩も小さく下がった。
アルク
ユトリ
アルク
ユトリがスーッと深呼吸をしてから、話し始めた。
ユトリ
ユトリ
その鮫が魔物だったんだ。
ユトリ
ユトリの家は、離島の別荘なんて持っているんだ。
私立中学に通っていると言っていたし、お嬢様なんだな。
アルク
ユトリ
アルク
ユトリ
ユウゴ
たぶん、顔に大ケガをしているから、ご両親も少し過保護になっているんだと思う。
ユウゴ
アルク
ユトリ
ユトリがさらにうつむき縮こまる。
会えないってことは、事故か何か不幸があったのだろうか。
ぼくとアルクは地雷を踏んだかと思って、お互い横目で目配せした。
ユトリ
ユトリ
アルク
ぼくも母さんに家を追い出されたけど、比べようもない。
入学できなかったら、ユトリはどうなるんだろう。
アルク
アルクが仕切り直した。
不安は残るけど、一応、残る2マスの行き先の目処はたった。
翌朝はバスの始発に乗るために、5時に起きた。
冷たい水で顔を洗って目を覚ますと、洗濯しておいた服に着替える。
管理事務所の木谷さんはまだ寝ているので、お世話になりましたとメモを残して、出発した。
残り制限時間、10時間00分。
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