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それは、透き通りまるで別世界のようで、誰かの瞳のように綺麗だ。 しかし、その宝石のような世界をずっと味わうには人であるから困難だ。

それは人の命を奪う者だ。 誰かの瞳のように死んでいて、人が消える色に似ている。 人は飲み込まれれば最後、這い上がることは困難だ。

ヴゥー、と電話を知らせる携帯が揺れた。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

……チッ。

俺は、かかってきた相手を見て、軽く舌打ちをする。

面倒臭いと感じる重い指で画面をタップした。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

もしもしー、兄貴?

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

あ?何だよ。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

あのさあ…、今日水族館行かな──

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

嫌だ。断る。一人で行け。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

何かチケット貰ったんだ。
捨てるの勿体なくてさ。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

人の話を聞け愚図。…他の奴と行けば良いだろ。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

それが雪撫とか用事あるみたいで無理なんだ。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

じゃあ、兄貴にしようかなって(笑)

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

嫌がらせか。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

ああ、うん。それもある。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

クソが。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

じゃあ行こうぜ。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

はぁ…、何が悲しくて休日の昼間に好きでも無い奴と二人っきりで水族館に行かなきゃならねぇ。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

良いだろ。たまには。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

仮にも兄弟だしな一応。一応な。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

一応強調すんな。うぜぇ。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

なあ行こうぜー。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

チッ…。集合場所は?

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

現地集合で一時半な。
でさ、小学校の遠足で行ったとこなんだよ、貰ったチケット。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

あっそ。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

…切るぞ。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

え、なに急n

ブチッと乱雑に通話を切ると、黒桜は暫く無言で眉を不快に寄せた。

その理由はいくつかある。

まず朝っぱらから、愚図の弟から電話がかかってきたこと。

そしてもう1つは、水族館とかいう場所に誘われたこと。

──そんな思いを一旦かき消し、黒桜は手早く準備すると、今の今まで忘れていた水族館に向かった。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

お、兄貴ー。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

……。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

来ないと思ってたから電話で折れた時はちょっとびっくりしたわ。

そう言うと愚図は冗談ぽく笑った。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

で、どうすんだ?

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

ま、のんびり観てけば良いだろ。

相変わらずの気の抜けた返事に、やはり苛立ちを覚えたがそこは蓋をした。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

懐かしいな。

愚図は水槽の中で生きる魚を見ながら呟く。 その顔は、小学生時代と変わらず楽しそうに笑っている。

心なしか瞳がキラキラと輝いて見えるのは、恐らく青白いライトと水のせいだと思う。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

海月って綺麗だよな。

愚図の目は海月をじぃっと見ている。 海月はふよふよと水中をたゆたっている。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

……ビニール袋に足生えてる。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

うっわ。例え最悪だな。

浮かんでしまった言葉を迷いなく発すると、愚図は吹き出した。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

それだけ聞いたらだいぶキモイぞ。

確かに、ビニール袋から人の足が沢山生えていたらキモイ。だいぶキモイ。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

……気持ち悪ぃな。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

だろ。兄貴の例え酷いわ。

嫌味も含んだつもりだったがどうやら失敗に終わったらしい。

その後も特に変わった会話もなく、ただぼんやりと活発に動く魚と愚図を眺めた。

やっぱり懐かしさにふわふわとテンションが上がっている愚図の気持ちは解らない。

幼少期に初めて水族館に連れて行ってもらった時もなぜかあまり好きにはなれなかったのは、憶えている。

大人になるにつれ、その理由は明確になっていったが。

一通り見終えると、天井まで届く大きい水槽前の椅子に座った。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

──兄貴。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

あ?

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

兄貴はさ……

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

水族館嫌い?

たった今考えていたことを言われ、図星を突かれる。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

……あんま好きじゃねぇ。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

何でだ?魚嫌いだったか?

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

水。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

え?

愚図は間抜けな声を漏らして、キョトンとした顔をする。 そんな愚図から目を逸らすと、優雅に泳ぐジンベエザメを見ながら答えた。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

水が嫌いだった。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

…水…?

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

特に光の届かない、深く重く冷たい深海。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

嫌いだったんだ。人が消える時の瞳と似てる。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

それだけ。

話してみるとどうでもいいなと、自嘲した。 くだらない。と自分でひと蹴りしてもいい話だ。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

……でも、でも水は綺麗だろ?

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

はぁ?

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

深海は暗いかもしれないけど、光に当たった水は宝石みたいだし。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

それに、水は生きるには大事だしな!

愚図は笑顔で言い切った。 やっぱり俺達兄弟は価値観が違うらしい。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

やっぱ愚図とは意見合わねぇわ。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

え、そうか?

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

…て言うか、嫌いだったってことは今はどうなんだ?

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

普通。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

ふーん。いつからだ?

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

そんなこと覚えてねぇな。

軽い声で応えると、愚図は「えー。」と眉を寄せた。

いつから嫌いじゃなくなったのかは本当に分からないが、愚図の今の言葉も、もしかしたら1パーセントくらいは、原因に入っているかもしれない。

が愚図の言葉が原因に入っているのは、少し気に入らない。

菖蒲 黒桜(しょうぶ くろう)

やっぱてめぇのこと好きじゃねぇわ。

菖蒲 白狼(しょうぶ はくろう)

俺も。

愚図はニシシと笑った。

ジンベエザメはゆったりと淡い水中を泳いだ。

おしまい

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