油崎
幸子
油崎
油崎
幸子
油崎
油崎
油崎
油崎
幸子
油崎
幸子
油崎
幸子
幸子
幸子
油崎
油崎
幸子
油崎は慣れた手つきで門を開け、
幸子はゆっくりとした足取りで中に入る。
油崎
幸子
そして、ゆっくりと門が閉められた。
その瞬間、
外界から切り離されたような感じがした。
振り返れば立派な日本家屋と庭園が広がり、
都心から離れているとはいえ
そこが東京都にある場所とは思えないような雰囲気があった。
幸子
・
・
“また来たのかい”
“熱心だねぇ”
掛け軸の女性がやや呆れたような口振りで言う。
幸子
幸子
“へぇ…そうかい”
幸子
“いいや、なにも”
幸子
“中、入るのかい?”
幸子
“………”
“一つ、頼みがあるんだ”
幸子
“その部屋にある”
“少女の絵は、傷付けないでほしい”
幸子
“古い絵でね”
“臆病な少女の幽霊が憑いた肖像画さ”
幸子
“長い付き合いなのさ、彼女とは”
そう言って彼女は笑って見せた。
“前の持ち主のときにずっと並べて飾られていてね”
“二人で来客を驚かせたり”
“他愛ない恋愛話に花を咲かせたり…ね”
幸子
幸子
“まぁ、あっちはどう思ってるか知らないけど”
“あの子は悪い子じゃないんだ”
“ただ、臆病なだけだよ”
幸子
幸子
幸子
“ああ、頼むよ”
そして、幸子はくるりと踵を返す。
手にしていた懐中電灯を点け、
そっと襖を開けた。
中は真っ暗である。
しかし、強い光を放つ懐中電灯で照らすと
部屋の中がよく見えた。
ゆっくりとした足取りで部屋に入り、
後ろ手で襖を閉めた。
部屋の広さは四畳半程度だろうか。
窓は無く、
天井の低いその部屋には
何とも言えない圧迫感があった。
正面の壁には何も無い。
視線を右に移すと、
そこには少女が椅子に座った絵が飾られていた。
その少女の青い瞳が
じっとこちらを見ている。
幸子
視線を左に移すと、
そこには文字の書かれた掛け軸が。
幸子
幸子
これと言って特別な気配は感じられなかった。
視線を前に戻し、
明かりと共に足元へと移動させる。
黒い水盆がそこに鎮座しており、
その側に真っ赤な座布団が置かれていた。
幸子
幸子
真実を見せると言われたその器からは、
ただならぬ気配を感じていた。
幸子は再び視線を少女の絵に向ける。
幸子
”……”
幸子
幸子
幸子
”……”
”知ってる”
少女は小さな声で答えた。
”あのおじさんなら”
”その水盆に吸い込まれたよ”
幸子
”真実を見せてくれる水盆、なんでしょ?”
幸子
”おじさん”
”わたしが本当に曰く付きの物なのか”
”知りたかったみたい”
幸子
”あと、その掛け軸”
”人を呪う物だって骨董屋が言ってたから”
”本当か知りたかったみたい”
幸子
幸子
幸子は愕然した。
”あのおじさんは”
”私やその掛け軸”
”あと廊下にいるお姉さんの絵も”
”曰く付きの物だと言われて買ったけど”
”信じていなかったみたい”
幸子
そう呟いて、
油崎の言った”福家は喋るのが巧い”
という言葉を思い出す。
幸子
幸子
幸子
幸子にはまったく理解できないことだった。
”おじさんは…”
”もう死んでるんじゃない?”
幸子
”だって”
”その水盆に引き込まれちゃったし”
幸子
幸子は、
視線を水盆に戻す。
幸子
幸子
幸子
それは明白だった。
ゆっくりと置かれた座布団に座る。
水盆には水が入ったままになっており、
水面がわずかに揺れる。
幸子
”新月を水鏡に映すと真の姿が見えるけれど”
”間違えれば、白い手に襲われる”
幸子
幸子
幸子
”お姉ちゃんも真実が知りたいの?”
幸子
幸子
幸子
幸子
”…そう”
”気を付けてね”
幸子
幸子
幸子
幸子
幸子
幸子は持っていた鞄の中から
黒い犬のぬいぐるみを取り出す。
先生曰く、
今の自分と一番相性の良い付喪神とのこと。
しかし、気配はどこか遠く薄く
声をかけても反応は無い。
本当にこれが付喪神なのかと疑ってしまいそうだった。
幸子
じっとぬいぐるみとにらめっこをして、
それでもどうにも思いが伝わりそうにないと思い、
胸元にねじ込んだ。
幸子
そして、
懐中電灯の灯りを
そっと
消した。
・
・
真っ暗な部屋。
水盆さえも見えない中、
だんだんと目が慣れてくると
水盆の水面が
揺れて見えた。
ユラユラと。
そして、
目の前に現れる
一人の男性。
俯いていて
その顔は見えない。
猫背なのか
背中がひどく曲がっているように見えた。
着ている物は
濃い灰色の和服、だろうか。
”何が知りたい”
掠れた声が聞こえてきた。
”何でも教えてやろう”
”お前が知りたいこと”
”何でも”
その声は
目の前にいる男性が発しているようだった。
幸子
幸子
幸子
”……”
”よかろう”
”水面を覗き込め”
”さすれば”
”真実が見えよう”
幸子
幸子は言われるまま
ユラユラと揺れる
水面を覗き込む。
幸子
その瞬間、
水盆の中から真っ白な手が伸び、
幸子の頭を掴むと
そのまま
水の中へと引き込んだ。
・
・
幸子
幸子
辺りは真っ暗で、
おまけに頭を掴んだ白い手は
どんどん幸子を
深いところへと
引きずり込んでいく。
幸子
”ああ、愚かな子よ”
”欲にまみれた子よ”
”知りたいと願ったがばかりに”
”お前も引き込まれた”
”我々と一緒だ”
”真実を望んだばかりに”
”お前は無残にも死ぬのだ”
あちこらこちらから声が聞こえる。
”可哀想に”
”まだ若いのに”
”いや、私もあれぐらいの歳に”
”夫の浮気相手が知りたくて”
”恋人の愛が本当か知りたくて”
”俺の子供が本当に自分の子なのか知りたくて”
”子供を殺した犯人を知りたくて”
”祖父が隠した遺産の場所を知りたくて”
その声は
老若男女問わず。
幸子
幸子
幸子
”でも、何も得られなかった”
”最初から真実など教えてくれないんだ”
”いや違う”
”手順を間違えただけだ”
”本当は”
”本当は”
”否、この水盆は人の欲にまみれ”
”呪われたのだ”
”多くの人の欲に穢され”
”本来の目的を失ったのだ”
幸子
真っ暗な水の中に浮かび上がる、
多くの白骨化した人々。
その全てに
真っ白な手が絡まっていた。
幸子
大量の空気を吐き出す。
幸子
幸子
幸子
”呪いの糧となれ…”
”…っ!!”
幸子
”…おいっ!!”
幸子
”呼べ!!”
”オレの名を!!”
幸子
”早く!”
”死にたいのか!”
幸子
幸子
幸子
幸子
”なら、呼べ!オレの名を!”
幸子
・
幸子
幸子
幸子
幸子
・
幸子の胸元から飛び出したのは、
真っ黒な犬だった。
大きな大きな犬。
それが幸子を掴んでいた手を噛み千切り、
幸子の襟首を噛んで
真っ直ぐ上へと駆け上がる。
幸子
視界の端に見えた、
永見伍蔵の姿。
白骨化はしていなかったが、
半開きの目は水面をぼんやりと見つめていた。
幸子
”なんだ!?”
幸子
幸子は永見を指差す。
”……了解”
黒い犬―玄憂はUターンし、
永見に絡んでいる手も噛み千切る。
幸子が手を伸ばし、
そっと握った手が
氷のように冷たかった。
幸子
”行くぞ”
再び上へと目指して駆け上がるが、
水盆の底から
イソギンチャクのように
無数の
真っ白な手が伸びてきた。
幸子
もう少しで永見の足を掴める
という距離まで迫って来た手だったが、
バチンッという音と共に
弾き返され
その指先から
グズグズと崩れていった。
・
バシャンッ
・
幸子
玄憂
幸子
幸子
玄憂
幸子は手元にあった懐中電灯を点ける。
するとすぐ側に
黒い大きな犬がいた。
ハスキー犬と柴犬を足して二で割ったような顔つきだった。
玄憂
犬がため息交じりに言うと、
真っ黒な水盆から白い手が伸びる。
”お前だけ生かすものか!!!”
それは複数の魂の叫びだった。
幸子
玄憂
黒い犬は実にしなやかに動き
手を蹴飛ばし、
食い千切る。
その隙に幸子は襖に近づいて開けた。
廊下の灯りが部屋の中を
煌々と照らした瞬間、
真っ白な手は
微かな悲鳴を上げて
水盆の中へと戻って行った。
玄憂
幸子
幸子
玄憂
幸子
玄憂
玄憂
玄憂
幸子
幸子
幸子
幸子
玄憂
幸子
幸子
玄憂
幸子
玄憂
鼻先でさしたのは、
部屋の隅に倒れている
初老の男性だった。
幸子が近づき、
そっと脈を取る。
幸子
玄憂
玄憂は首を傾げる。
玄憂
幸子
幸子
玄憂
玄憂
玄憂
実際、そういう場面はこれまで何度も見てきたが
それを幸子にわざわざ言うことは無かった。
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コメント
7件
とても緊迫感のあるお話でした…!文章のテンポがすごく巧みで一気に読み進めてしまいました。 玄憂は狼なんですね!かわいい&かっこいいです。 続きを楽しみにしております。
玄憂がかっこよかったです 永見さんが生きてると幸子ちゃんの言葉でわかってホッとしたのもつかの間、死んでる感じだった…? 続きが気になります!