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目が覚めたのは、どこかも分からない森の中だった。
焦って周りを見渡すと、自分が横たわっていたすぐ側に持ってきた荷物の全てが置かれていた。
着替えや日用品、スマホに財布まで何も抜き取られずそのままの状態。
酷く不気味に感じて、とにかくスマホで誰か__月見さんと連絡を取ろうとするも、圏外らしい。
他にも何か__と探すと、そこかしこに茸が生えていることに気が付く。
なんの茸かと気になって近付いて見てみると、日本では自然でなかなか見られない茸__松茸やトリュフが生えていた。
流石にこれには吃驚して、しかしそこかしこに生えているのでこれを売っているからこの村が裕福なんだとも思った。
八橋 渉
なんてこぼれてしまうほどには、このよく分からない状況に焦っているのが現状だ。
月見さんとははぐれ、スマホも使えず、松茸やトリュフの生える薄気味悪い森の中で1人。
更には気を失う前に八尺様の笑い声を聞いた。
正直いつ死ぬか分からないため、とにかく歩こうと決心した。
八橋 渉
どれだけ歩いても一向に住宅街には出られず、それなりに重たい荷物も持っているためなかなかにキツイ。
月見さんは一体無事なのか、もし無事でなければ誰に何をされるか分かったものでは無い、そんな恐怖にも駆られてどんどん精神は削られていく。
一度立ち止まって休憩しようか__なんて考えていたその時。
不意にどこかから声が聞こえてきた。
『___!』
『__のため___!』
『八尺___に___』
『__価値____。』
少しずつ少しずつ、できるだけ音を立てないでその声の主が見える場所まで移動する。
声の主は動いている様子もなく、どうやら立ち話をしているらしかった。
息を殺しながら動き、やっとのことで見えた顔は、あの旅館にいた接客係の男性だった。
その他にも数名、何か大きなものを引き摺っている男性や、少し離れたところでランプを持つ男性、などなど。
まだぼそぼそと喋っているらしく、その内容はどうもこの村に関することだった。
「村のため」だとか「繁栄が__」とか、「食糧」なんて言葉が聞こえてくるあたり、1人の男性が引き摺るものはおそらく動物か何かなんだろう。
特に怪しいとも思わなかったので、話をしてみようともう少し近寄ってみることにして、ゆっくりと歩を進めていく。
段々と全貌が明らかになり、どうやら彼らは大きな倉庫の前にいるらしい。
そして、男性が引き摺る動物も見えそうだ__と思った時。
ランプを持っていた人がそれを落とし、引き摺られていたものを明るく照らした。
八橋 渉
動物だと思っていたのは、手足をゆるく縄で縛られた人間__それも、一緒に調査に来た月見晴翔だったのだ。
彼は抵抗する様子もなく、どうやら気を失っているようだった。
直感的に、ここにいることがバレると不味い__そう思って、慌てて蹲る。
幸い森の中は既に真っ暗で、少々音を立てたとて風の音にかき消されたためバレた様子はなかった。
自分の吐く息が酷く荒くなっているのを感じる。
頭が思うように働かないし、耳鳴りもしてきた。
それでも声は相変わらずぼそぼそと聞こえてくるし、気味の悪いぬるま風も吹いてくる。
恐怖を感じているが、それでも怪しげな男達からは目を離せなかった。
すると突然、彼らのうちの1人が倉庫の重たげな扉を開いた。
倉庫の中は斜めだったからか見えなかったが、その中に月見さんが放り込まれたのは見えたのだ。
ひゅっと息を飲み、そして我ながら酷いことを思ってしまった。
__逃げたい。
しかし、彼からすれば自分はこの調査を頼んだ依頼人であって、どちらかと言えば彼の方が立場が上。
そもそも見捨てるということで人としての尊厳を失うことになるのは自分の方だ。
逃げるという選択肢は自分の中には既になく、どうして彼を助け出すかということを考えているうちに、男達はぞろぞろと帰って行ったようだった。
八橋 渉
男達が離れていったことをしっかりと確認してから倉庫の方へ近付いてみる。
ガチャガチャと引いたり押したり弄ってみるが、一向に開く気配はない。
先程見た様子では引いて開けるタイプの倉庫らしかったので、何らかの方法で内からも閂をかけられているようだ。
パッと見では南京錠があるが、これはピッキングで何とかなるはず。
八橋 渉
ううんと首を捻っていると、そういえば今手元にある荷物の中に月見さんの持ち物もあったなと思い出す。
幸いなことに鞄も中身もしっかりあって、今日運転してきた車の鍵も入っていた。
自分の鞄の中にも、何か会った時のために縄や針金などなどがある。
八橋 渉
そう呟いた後、急いで男達が帰った方__旅館の方に駆け出した。
できるだけ音を立てないように、と車の鍵を開け、エンジンをかける。
エンジン音の小さな車であったこと、危ないのを分かっていたがライトを付けなかったことから、この村の人々に自分の行動はバレていないようだった。
そして再びあの倉庫の方へと向かった。
勿論、しっかりと計画も立てて。
何故か酷く静まり返っているこの村の住宅街をできるだけ音を立てないで走行する。
倉庫に着いて確認してみるも、相も変わらず倉庫に鍵はされていたし閂もかかっているようだった。
表に付けられた南京錠は、いつかのためにと練習してきたピッキング技術が火を噴き、無事に取り外すことができた。
後は閂だけ__と言っても、こちらから中の閂を抜くことはできないため強行突破である。
倉庫の取っ手に縄を括りつけ、反対側は車のタイヤなんかに結び付ける。
準備は揃った__車に乗り込み、アクセル全開。
ガタガタと音が鳴ったが、バキッという音と共に扉が勢いよく開かれる。
そしてその扉の向こうには、目を覚ましたらしくぎょっとした顔をする月見さんの姿があった。
縛られているが這って扉の近くまで来ていたようで、酷く冷たい彼の身体を抱え、サッと車に乗せて縄を解く。
八橋 渉
焦っていて上手く言葉にはできない自分を他所目に、彼は先まで縛られていたのに運転席に座った。
月見 晴翔
彼も焦っていたのか、いつもとは違う口調でそう言うと、彼はアクセルを全力で踏んだ。
村から出るためには道は1つしかなく、更にその道はさっきまでいた場所とは真反対の場所に位置する。
その道の右端には1つの地蔵が立っているから、それも目印だ。
騒ぎを聞き付けたか、車の後ろの方で人がわらわらと集まって追いかけてきているような気がする。
__瞬時、ぞわりと悪寒が走った。
ミラーを確認してみると、車と同じスピードで後ろを付けてくる謎の長身女__所謂、八尺様がいたのだ。
『ぽぽ、ぽぽぽ』
八橋 渉
月見 晴翔
しかし不思議と八尺様は追い付いて僕らをどうこうしようとしているわけではなく、僕らと同じように何かから逃げているようだった。
それを感じたのか、先程まで恐怖で縮こまっていた八橋も「あれ?」という風に首を傾げている。
追ってくる村人との距離もそこそこある、村の出口はすぐそこだ__というところで、急に八橋が声を荒らげた。
八橋 渉
月見 晴翔
徐々にスピードを緩め、目印である地蔵を越したところで車を停める。
その間にも村人は向かってきており、早くしてくれ__と焦燥感に駆られる。
八橋 渉
そう言って地蔵を蹴り飛ばした八橋。
そして追い付いたか明らかに村人が八橋を狙って撃った猟銃の音。
間一髪で避けたようだが、多分その時自分の中の何かが切れて、できれば使いたくないと思っていた"あれ"を取り出した。
そして八橋が車に乗り込んでいる最中に窓から身を乗り出して村人に向かって__発砲した。
八橋が何か言いたげにこちらを見ていたが、そんなことはお構い無しに車を発進させた。
発進させた後にミラーを確認してみると、そこには幾分か小さくなった八尺様の姿があり、その表情は笑っているようだった。
暫く走って村から離れたことで、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。
八橋は隣でほっと安堵の溜息をついている。
八橋 渉
月見 晴翔
八橋 渉
僕が発砲した時に吃驚した顔をしていた八橋は、どうやらこの拳銃が僕の物だと思っているらしい。
紫の瞳が驚きと興味からゆらゆらと揺らいでいる。
しかし残念なことに、これは私物ではない。
月見 晴翔
八橋 渉
流石に眞琴から受け取った物だからと言って彼の私物だとは思っていないが、少し揶揄ったっていいだろう。
八橋 渉
月見 晴翔
月見 晴翔
八橋 渉
納得していない様子だが、そんなことには気付かないふりをした。
月見 晴翔
八橋 渉
月見 晴翔
八橋 渉
八橋によると、あれは座敷童子などの類らしい。
あの村が栄えていたのも、八尺様、もとい座敷童子があの地蔵を元にした結界の中に閉じ込められていたからということ。
結界の中に長い間閉じ込められていたから成長して背も高く髪も長くなっていた__らしい。
月見 晴翔
月見 晴翔
月見 晴翔
八橋 渉
月見 晴翔
八橋を置いて部屋を出た後、警察と出雲に連絡をしようと電話を借りに行った。
そして警察に連絡し終わって出雲の電話番号を入れたところで、僕は気を失った。
後ろから来て僕を気絶させた人が誰だったのかは分からなかったが、おそらく旅館の接客係だろう。
次に目が覚めたのは、どこかの冷たい倉庫の中だった。
手足は縄で縛られていて、緩く括られているだけだがしっかり身動きが取れないようにされている。
状況確認だけでも、と思い見回すと、真っ暗で最初は見えなかったが段々と目が慣れていく。
倉庫らしく大きな箱や棚、冷蔵庫__寒い原因はこれのせいだ__などがあった。
埃っぽくて酷い臭いがし、更に何か滴る音もして所々にシミができている。
何か滴っているので、気になって天井を見上げてみた。
月見 晴翔
今更ながら、見なければよかったと心から思った。
天井からは肉塊__それも、人の手足、頭、胴体が吊り下げられていたのだ。
ぴちゃぴちゃと滴る液体とは、紛れもなくその肉塊からの血液だった。
正直ここまでヤバい村だとは思っていなかったし、裕福なのも八尺様のおかげだろうと思っていた。
確かにあの手形を見た時から、犯罪にも関わっているという怪しい雰囲気もした。
が、この調子だとおそらく人身売買なんかもやっていて、殺した人の金銭や持ち物も奪ったり売ったりして生計を立てているんだろう。
ゾッとして、身動きが取れないが何とか這って扉の方に近付く。
どうやったか知らないが内側から閂がかかっているが、手が届かず抜けない。
冷気が漂っていて寒く、座り込んでいるため床に熱が奪われる。
二度も気を失いたくない__と懸命に意識を保っていると、外から車の音がした。
八橋だ、直感的にそう思った。
多分強行突破してくるので、できるだけ扉に近くて安全な場所で待機する。
ガタンと大きな音を立てて開いた扉の向こうに、大きく目を開いて驚く八橋が見えた。
倉庫の中とは違って、外は少し生暖かい風が吹いていた。
なんてことはあったが、話すべきことでもないし黙っておく。
しかし彼を安心させるために、
月見 晴翔
と、言っておいた。
八橋 渉
どうやらこんな目にあったことを少し気に病んでいるらしい。
結局は何とかなったし、事の発端は眞琴なのだ。
別に八橋が悪いわけではないし、焦って八橋を一人にした僕の方にも責任はある。
しかしまあ、八橋みたいなタイプの人間には余計なことを言わない方がいいのは知っている。
それでも彼に少しは気を楽にして欲しかったから口を開く。
月見 晴翔
自分で言っていて、何が「じゃあ」なんだという話だがそこは目を瞑ってもらいたい。
八橋 渉
月見 晴翔
月見 晴翔
八橋 渉
八橋 渉
どうやらこの話に乗ってくれるらしかった。
いつの間にか電波が良くなっていてスマホも使えるようで、彼はお店を調べているようだった。
月見 晴翔
八橋 渉
あんなものを見た後では肉は食べる気になれなかったことは、八橋には言わないでおいた。
__to be continued