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僕は兄が羨ましかった。
幼い頃から、 ずっとそう思っていたんだ。
兄の誠一と僕、 龍一は双子としてこの世に、 平等に生まれ落ちた。
瓜二つとまでは言えない、 二卵性双生児として。
お母さんとお父さん、 誠一と僕、 一般的な四人家族だ。
お母さんは僕たちを平等に愛し、 優しくしてくれる素晴らしい人。
お父さんは少し傲慢で、 威圧的な態度を取る人。
そんな両親の元で育っていった僕たちは、 少しずつ性格が分かれていった。
小学生になった頃だろうか、 僕は家で遊ぶのが好きで、 たまに誠一を誘った。
しかし、 誠一はほとんどの誘いを断り、 僕を置いて外へ出かけて行った。
「友達と約束してるから」
「外の方がのびのびできる」
そうやって友達ばかりで、 のけ者にされているみたいで、 内心悲しかった。
中学生になり、 僕たちは揃って吹奏楽部に入った。
誠一はサックス、 僕はフルート。
母
お母さんは平等に、 俺たちの頭を撫でた。
お父さんは、 誠一の頭だけを撫でた。
父
僕にはそう吐き捨てた。
この頃から両親の様子がおかしくなった。
お母さんは、 いつもお父さんの顔色を窺うように怯えていた。
お父さんは、 そんなお母さんをいつも怒鳴っていた。
それに釣られるように、 誠一と僕も、 部活以外で関わることがなくなった。
どうしてこうなってしまったのか、 今になっても理由は分からない。
離婚という結末が訪れるのに、 時間はかからなかった。
祖父母は僕たちに優しかった。
病院の院長である祖父、 看護婦長の祖母。
お母さんがこうなってからは、 資金の援助や、 よく介護にも来てくれた。
僕の楽器を買ってくれたのも祖父だった。
そのおかげで、 僕はフルートを続けられている。
僕は中学を転校し、 誠一とはそれ以来会っていない。
僕と同じように、 高校でも吹奏楽部で頑張っているのだろうか。
お父さんとどう過ごしているのだろう。
コンビニのバイト中、 そんなことを考えていると、 名前を投げかけられた。
「誠一?」
違う、 これは僕の名前じゃない。
振り向いた先にいたのは、 知らない制服の知らない男子高生。
男子高生
礼儀正しく謝ったその人の会計を済まし、 僕はまた品出しに戻った。
とある日の、 学校からの帰り道。
僕はフルートを持ち帰り、 最寄りの公園で基礎練習をしていた。
しかし、 僕とは別に、 どこからか力強く響く、 楽器の音がする。
それは懐かしい、 聴いたことのある音色。
誠一
声を掛けてきたのは、 サックスを持った男子高生。
龍一
その男子高生は、 間違いなく誠一だった。
僕は誠一が羨ましかった。
幼い頃からさっきまで、 ずっとそう思っていたんだ。
でもその考えは、 いつの間にか、 心の奥からすっきりなくなっていた。
僕は、 二人きりの食卓で、 お母さんに相談した。
龍一
お母さんは僕の頭を優しく撫でる。
母
僕はお母さんと、 そして誠一と一緒に遊びたいだけなのに、 そう言いかけて必死に抑え込んだ。
龍一
この時はこの言葉しか出なかった。
小学校高学年になっても、 僕たちの性格は正反対に分かれ続けていた。
僕は相変わらず、 お母さんのそばについて回るだけだった。
お母さんは洗い物しながら、 時には洗濯物をたたみながら、 僕の話を聞いてくれた。
ふと、 リビングを眺めていると、 黒い細長いケースが、 埃を被っているのを見つけた。
龍一
僕の指差した方向を見るなり、 お母さんは微笑んだ。
母
お母さんは丁寧に、 吹き方を教えてくれた。
母
僕は吹き口が付いている管だけを、 ひたすら吹き続けた。
掠れたこもるような音を出していると、 誠一が様子を見に来た。
誠一
母
お母さんは僕には別の、 一回り小さい楽器を渡し、 誠一には、 さっきまで僕が吹いていた楽器を渡した。
龍一
母
僕の時と同じように、 誠一に教えたお母さんは、 夕食の用意に行ってしまった。
誠一
誠一がしゅんと呟いた。
僕がすぐに音を出せたのとは逆に、 誠一は全く音が出せなかった。
最後に四人で話したのは、 親権をどうするかだった。
龍一
お母さんの隣に座る僕は、 開口一番そう言った。
父
お父さんの言葉に、 お母さんが反応する。
母
父
さすがに聞いていられなかった。
龍一
お母さんもお父さんも誠一ばかりで、 またのけ者になったような気がした。
そんな中、 誠一が口を開いた。
誠一
その日のうちに、 お母さんと僕は家を出た。
そこから時は経ち、 僕は今、 高校生だ。
家に帰れば、 弱々しいお母さんがいる。
龍一
母
龍一
僕は目が虚ろになったお母さんを座らせ、 スーパーで買ってきた食材で夕飯を作る。
それが僕の色褪せた日常。
離婚した直後は、 お母さんがいつも美味しい料理を作っていた。
しかし、 お母さんは徐々に物忘れがひどくなり、 それがままならなくなった。
異変を感じた僕は、 お母さんを病院に連れていき、 検査を受けてもらった。
診断結果は、 『若年性アルツハイマー型認知症』 というものだった。
祖父母にも相談し、 ヘルパーさんにも、 たまに手伝ってもらうようになった。
母
龍一
そんな会話を、 1日に何十回も繰り返していた。
母
龍一
勝手に外に出ようとするお母さんを、 引き留めるのは大変だった。
高校生活も一年が過ぎ、 ヘルパーさんと話をしていた。
ヘルパー
それは少し前から考えていたが、 僕の考えはもう決まっていた。
龍一
僕の言葉に、 ヘルパーさんは静かに頷く。
ヘルパー
ただただ、 感謝しかなかった。
いつも通り、 虚ろな目をしているお母さんに、 僕は話しかける。
龍一
母
焦点の合わない目を、 少しだけへの字にさせて、 お母さんは優しく笑う。
龍一
母
僕は深呼吸をして、 ゆっくり答える。
龍一
母
このやり取りも、 もう慣れてしまった。
龍一
母
龍一
いつもの事だ、 そう言い聞かせても、 虚しさがこみ上げてくるだけだった。
僕たちは楽器そっちのけで話をした。
誠一
あのお父さんなら、 あり得なくはないと思う。
誠一
龍一
世間は広いようで狭いというけれど、 それを痛感する時が来るとは思っていなかった。
誠一
龍一
誠一は笑顔で話しているが、 僕だったら普通に耐えられない。
誠一
その問いかけに、 僕は重い表情になる。
僕は意を決して、 母さんの病気について話した。
誠一はその事実を、 とても深く受け止めているようだった。
誠一
龍一
お互い黙り込み、 気まずい空気が流れる。
誠一
龍一
誠一がその沈黙を破り、 これからの事について話し始める。
誠一
龍一
どうやら僕たちの進路は、 同じ先に向いているようだった。
誠一
龍一
僕たちはしばらく話し込んだ後、 連絡先を交換して解散した。