テラーノベル
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風は冷たく だが、胸の奥には焦げ付くような熱がある
隣で爽が細い息を吐く
俺の声に、爽が静かに頷いた
足音は砂を踏みしめる度に微かに鳴り
乾いた音から、やがて湿り気を帯びた 鈍い感触へと変わっていく
背後に広がるバナナ王国の乾いた丘陵は
朝日に照らされて淡い金色を帯び 遠くにそびえる椰子の影が小さくなっていく
代わりに、前方には リンゴ王国へと続く緑の大地が現れた
地面は徐々に草の絨毯に覆われ
甘酸っぱい果実の香りが 風に乗ってふわりと運ばれてくる
木々は深く絡み合い 枝の隙間から赤い点々─────
─────熟れた林檎が覗く森が広がった
─────ピリッッ
耳ではなく、肌で感じる微細な震え
空気そのものが軋むような感覚に 俺の呼吸が浅くなる
胸の奥に、嫌な確信がじわりと広がる
王城の高い塔が見えた瞬間
その禍々しい気配が わずかに濃くなったのを感じた
俺と爽は気配を消し 影のように城内へ滑り込む
廊下に差し込む陽の光は淡く しかし、空気は重い
足音一つ響かせぬように進む度 背筋が強張っていく
玉座の間の扉を、そっと押し開ける
そこに広がるのは 朝の淡い光が微かに差し込む静謐な空間
─────しかし その安らかな景色とは対照的に
床に伏せている男の姿が目に飛び込んだ
血色の無い蒼白の肌、微かに震える胸
唇は不自然な紫色に染まり 呼吸はかろうじて続いているものの
明らかに弱く 時折痙攣するように瞼が震えた
─────微かだが、生きている
国王の手元へと視線を辿れば
皮に微細なひび割れを持つ 紅い果実がひとつ…
その香りは鼻腔を焼き 皮膚の奥まで刺すようだった
俺はそれを、躊躇いなく齧った
───バチッッ
舌先から全身へ 痛みとも痺れともつかない衝撃が走る
心臓の鼓動が一瞬止まり
次の瞬間には、逆に 耳の奥で爆ぜるように高鳴った
────これは 暗黒魔道士ラマンダーが用意した物なんだろう
中々に効果の強い猛毒だ
…だが生憎 俺の身体はあらゆる呪いに“守られて”いる
例え毒が全身に巡ろうと どうって事ない
扉の方に目をやると
爽が警戒の姿勢を崩さず 短剣の柄に手を添えていた
その水色の瞳は 俺の方をちらりと見やり、僅かに揺れる
心配と緊張が入り交じった眼差しだった
俺は、リンゴ国王の胸に手を添え 深く息を吸い、静かに呟いた
空気が僅かに震えた
──────次の瞬間
玉座の間の天井が、水面のように歪む そのから降りてきたのは──────
淡く透き通る巨大なクラゲだった
月の光を溶かし込んだような傘は 緩やかに脈打ちながら
静かな呼吸を繰り返していた
その周囲を 骨格だけになった魚達が群れを成し
舞踏のようにくるりと回遊する
その魚達の骨は白く しかし、その輪郭には虹が差し込み
幽玄な色彩を放っていた
クラゲの長い触手が 国王をそっと包み込む
触れた瞬間、毒の紫は薄く溶け 朝露に紛れる霧のように消えていった
光は淡くも強く 冷たさよりも熱を帯び
見つめているだけで 心の奥の澱が洗われていくようだった
隠された浄化(ヴェリグナス)
……それは、記録のどこにも残らず 語り継ぐ者もいない
まるで、世界そのものが 意図的に隠したかのように 時代の狭間へと沈んでいた魔法……
揺らめく光は海底の夢のように優しく 触れた者の毒を洗い流し 命を再び脈打たせる
その光景は女神の施しのように 清らかで、祈りにも似た美を堪えていた
─────だが、救われるのは毒された者だけ
祓われた毒は全て術者の体内へ……
それは、遅延性の毒となり 術者を苛み、抗えぬ死へと導く
美しく、神聖でありながら 術者を犠牲にするその在り様は 聖なる奇跡か、それとも残酷な呪いか
真実を知る者は、誰もいない
─────ただひとり
繰り返しの果てで 俺が手にしてしまうまでは……
コメント
1件
遂にバナナ王国来たー! 次の展開が楽しみです。続き待ってます。