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花梨
148
深夜二時半。
深緒は、数日ぶりのマンションを見上げる。
松田深緒
ぽつりと漏れる。今更足がすくむ。
怒ってるかもしれない。 呆れてるかもしれない。 もう帰ってくるなって思われてるかもしれない。
でも。
深緒は小さく息を吐いた。
ー逃げっぱなしは、もっと嫌だったー
エレベーターの数字がゆっくり上がっていく。その数十秒すら長く感じる。心臓が落ち着かない。
足音を殺すみたいに廊下を歩いた。
そして。
松田深緒
鍵を握る指に、少しだけ力が入らない。ようやく鍵を差し込み、ゆっくり扉を開けた。
松田深緒
返事はない。部屋は暗かった。 降谷は、いない。
その事実に、ほっとしたのか、寂しかったのか。自分でも分からない。
深緒はゆっくり靴を脱ぐ。リビングへ入った。
松田深緒
テーブルの上へ視線を向ける。
ラップのかかった皿。味噌汁。炒め物。 まるで、誰かの帰りを待っているようなテーブルだった。
深緒は冷蔵庫を開ける。保存容器が並んでいた。日付が貼られている。
昨日。一昨日。三日前。
松田深緒
小さく息が漏れる。 帰ってくるかも分からないのに。喧嘩したままなのに。
それでも。毎日、深緒のために作っていたのだ。
胸の奥が、ぎゅっと痛む。視界の端に、脱ぎっぱなしのシャツが見えた。
ソファには毛布。テーブルには飲みかけの缶コーヒー。マグカップ。溜まった洗濯物。 深緒は静かに部屋を見回す。
松田深緒
あの降谷零が。
松田深緒
きっと、まともに寝てない。まともに帰ってもいない。 それでも、深緒の帰りを待ってご飯を作っていた。
深緒はその場にしゃがみ込む。あの人も、ずっと限界だったんだ。
危険な場所を走り回って。寝る時間も削って。仲間を守ろうとして。 その上で。深緒まで失いたくなかっただけなのに。
松田深緒
返事はない。静かな部屋。 やがて、小さく息を吐いて立ち上がる。
洗い物を片付ける。缶を捨てる。散らかったシャツを拾う。洗濯機を回す。床へ落ちていたネクタイを整える。
少しずつ。部屋が元に戻っていく。無機質だった空間に、生活の音が戻る。
まるで。“家”を取り戻すみたいに。
翌日。
スーパーで買った食材を広げる。 じゃがいも。にんじん。玉ねぎ。しらたき。牛肉。
自然と、手が伸びていた。
昔。深緒が初めて作った料理は、肉じゃがだった。
両親が仕事で遅かった日。見様見真似で作ったそれは、酷い出来だった。 じゃがいもは煮崩れ、味は濃すぎて。陣平には「しょっぱ」と顔をしかめられた。 でも。 『え、美味いじゃん』 『いいじゃん、俺これくらい濃い方が好き』 そう言って、研二だけは笑って食べてくれた。
それから何度も作るうちに、気づけば肉じゃがは、深緒の一番得意な料理になっていた。
松田深緒
深緒は、調味料棚の前で少し考える。 あれはお世辞ではなく、ほんとに研二は濃い味が好きだった。
けど降谷は違う。
前に一度だけ。 「少し甘めくらいが好きです」 と、そんな話をしていた。
本当に、何気ない会話だった。でも深緒は覚えていた。
松田深緒
小さく呟く。 砂糖とみりんを少し多めに入れた。
ーーーーー
夕方。
鍋の中で、肉じゃがが静かに煮えている。
甘い醤油の香り。ぐつぐつと小さな音。 深緒は味見をする。
少し甘い。
深緒は小さく息を吐いた。 ちゃんと話そう。ちゃんと謝ろう。逃げないで。そう決めた。
時計を見る。 二十二時。 降谷はまだ帰らない。
深緒は静かに目を伏せる。
もう、薄々気づいていた。 降谷が何者なのか。何を背負っているのか。
だからこそ。あんな事、言ってはいけなかった。
日付が変わる。それでも、待った。
深夜一時過ぎ。玄関の鍵が開く音がした。
その瞬間。深緒の肩が跳ねる。 静かに扉が開く。
降谷零
スーツ姿の降谷が、玄関で止まった。
明かりがついてる。
-----
リビングに入るなり、降谷の表情が止まる。
片付いた部屋。柔らかな灯り。食卓。漂う肉じゃがの香り。数日前までの、冷たい無機質な部屋じゃない。
降谷の目が、僅かに揺れる。
松田深緒
静かな声だった。
降谷は何も言わない。その目には、薄くクマができていた。
ただ、深緒を見る。数日ぶりだった。
沈黙が落ちる。でも。あの日みたいな、刺すような沈黙じゃない。
先に視線を逸らしたのは深緒だった。頭を下げる。
松田深緒
降谷の目が動く。
松田深緒
声が少し震える。
松田深緒
降谷は何も言わない。深緒は唇を噛む。そして、絞り出すように続けた。
松田深緒
静かな声。
松田深緒
沈黙。 降谷はゆっくりネクタイを緩める。そして、小さく息を吐いた。
降谷零
低い声。
降谷零
松田深緒
胸が痛む。やっぱり、傷つけていた。深緒が俯く。
けれど。
降谷零
その声に、深緒は顔を上げる。降谷は少しだけ困ったように笑った。
降谷零
降谷零
責める声音じゃなかった。嫉妬でもない。ただ、静かな理解だった。
その優しさが、余計に苦しい。
松田深緒
降谷は視線を落とす。
降谷零
疲れた声だった。
降谷零
深緒の目が揺れる。
降谷零
降谷零
降谷零
ゆっくりと言葉を選ぶ。
降谷零
その瞬間。深緒の呼吸が止まった。 降谷は今まで、こんな言い方をしたことがない。
降谷零
降谷零
降谷零
深緒は小さく首を振る。
松田深緒
松田深緒
そう言いかけた時、今度は降谷が首を振った。また長い沈黙。でも、不思議と苦しくはなかった。
深緒はゆっくり息を吸う。
松田深緒
降谷零
松田深緒
降谷は少しだけ目を細めた。そして、小さく頷く。
降谷零
その答えが、どこか降谷らしくて。深緒は、ほんの少しだけ笑った。
松田深緒
降谷の視線がテーブルへ向く。 肉じゃが。 その香りに、降谷は小さく息を止めた。
松田深緒
降谷の目が、ゆっくり深緒へ向く。深緒は少しだけ困ったみたいに笑った。
松田深緒
一瞬。本当に一瞬だけ。降谷の表情が柔らかくなる。
降谷零
松田深緒
当たり前みたいに返す。降谷は、静かに目を伏せた。
2人は席につく。
そして。
降谷零
松田深緒
降谷零
コメント
2件
話す内容気になる~!あと二人の”ちょっと重いけど泣ける”って感じ最ッ高… これからも頑張ってね!

2人とも謝ってるの偉いけどなんだか苦しい🥺話したいとこってなんだろう🤔 1日に2つも投稿ありがとうございます🙏今回も最高でした☺️続きも楽しみに待ってます😆👍