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狐十
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半分くらい残っている 、 ちょっと高めのポン酢。
空っぽになりかけた冷蔵庫の前で 、 彼は俺に聞いた。
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そう言いながら俺は 、
調味料をまとめた小さなダンボールに
柚子ポン酢をコトンと入れた。
2026年6年27日。
同棲解消の前夜。
5年付き合って 、
3年一緒に住んだ部屋には 、
もう四角いダンボール箱しか残っていない。
家具は業者に引き取ってもらったから 、
テレビも 、 ふかふかだったソファも 、
二人で並んでご飯を食べていたダイニングテーブルもない。
俺たちは 、
浮気をされたわけでも 、
決定的な喧嘩をしたわけでもなかった。
ただ 、 20代の後半という大事な時期に 、
仕事の転機やら温度差やら 、
そういう小さなズレが少しずつ積み重なって 、
気づいた時には
「一緒に生きていく未来」が
どうしても描けなくなっていた。
何度も話し合って 、 沢山泣いて 、
お互いに納得して出た結論だった。
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彼はいつも通りだった。
付き合った当初からずっと 、
穏やかで 、 優しくて 、 気が利く人だった。
私が残業で疲れ果てて帰った日は 、
必ず温かいお茶を淹れてくれてたし 、
俺が休みの日にダラダラ寝ていても
絶対に怒らなかった。
掃除機をかける彼の背中を見つめる。
見慣れたスウェット。
少し猫背な姿勢。
明日には 、 この背中を見ることも 、
同じ部屋で眠ることもなくなる。
そう頭ではわかっているのに 、
心が全然追いついていなかった。
ふと 、
さっきダンボールに入れた
柚子ポン酢の瓶が目に入った。
昔 、 二人でちょっと遠くの道の駅までドライブに行った時に 、
『これ絶対鍋にあうやつじゃん』と
笑いながら買ったものだ。
ラベルの裏に印字された賞味期限を見る。
「2027年3月4日」
それを見た瞬間。
胸の奥を 、 鋭い刃物でスッと
撫で切られたような感覚がした。
来年の3月。
この賞味期限が切れる頃には 、
俺たちはもう絶対に一緒にいない。
お互いに別の場所に住んで 、
別々の仕事をして 、
もしかしたら
別の誰かと新しい生活を始めているかもしれない。
もう 、 『今日のご飯どうする?』と
LINEを送り合うこともない。
このポン酢を使い切る時 、
俺の隣に彼はいないのだ。
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掃除機を止めて振り返った彼と 、 目が合った。
彼は俺の顔を見るなり 、 目を見開いた。
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言われて初めて 、
自分が泣いていることに気がついた。
一度溢れた涙は 、 拭っても拭っても 、
次から次へと
ボロボロとこぼれ落ちてきた。
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彼は慌てて掃除機をその場に放り出し 、
俺のそばに来て 、
俺の頬を両手で包み込んだ。
そして 、 親指でそっと涙を拭ってくれた。
指先から伝わる彼の体温が 、
たまらなく優しくて 、 暖かくて。
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いっそ 、
最低な別れ方をしてくれればよかった。
『お前なんて最初から好きじゃなかった』
とか 、
『他に好きな人ができた』
とか 、
そういう酷い言葉をぶつけてくれれば 、
もっと簡単に嫌いになれたのに。
こんなに優しく涙を拭ってくれるのに 、
彼はもう 、
俺のこれからの人生にはいないのだ。
それが 、
どうしようもなく切なくて 、 苦しかった。
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しゃくりをあげながらそう言うと 、
彼は少しだけ困ったように笑って 、
それから 、 俺をギュッと抱きしめた。
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彼の肩に顔を埋めると 、
ずっと嗅いできた柔軟剤の匂いがした。
もう 、 この匂いを嗅いで安心することもない。
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絞り出すように言うと 、
彼は俺の頭を何度も撫でながら 、
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と 、 震える声で言った。
彼も泣いているのがわかって 、 私はさらに声を上げて泣いた。
ダンボールだけが積まれた 、
声のよく響く部屋で 、
俺たちは最後にもう一度だけ 、
痛いくらい強く抱き合った。
死ぬわけじゃない。
お互い 、 これからも生きていく。
それでも 、 二人の関係は 、
この夜で確かに死んでしまうのだ。
翌朝。
残りの荷物をそれぞれの車に積み込み 、
合鍵を管理会社に返し 、
俺たちは
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と 、 あっけなく別れた。
新しい家のキッチンで荷解きをしていて
あの柚子ポン酢が出てきた時 、
俺はやっぱり少しだけ泣いた。
賞味期限が切れる頃には 、
この切なさも 、
少しは薄れているのだろうか。
コメント
5件
流石に泣きますよ、
わあ〜〜〜っ第22話読み終えたよ😭💦💦 柚子ポン酢の賞味期限が「一緒にいない未来」の象徴になるの、ずるすぎるでしょ…!! 別れ方の優しさに余計泣けるし、「幸せになってね」の震え声で完全にやられた…!!! この切なさ、絶対忘れない。。