紅蓮寮の生徒A
おい、タケル! お前本当に黄昏寮(黄色)に移動しちまったのかよ!?

紅蓮寮の生徒B
昨日まであんなに一緒に火の魔法の特訓してたのに……何があったんだよ! それに、今まで飛行術の授業じゃいつも箒(ほうき)から落ちそうになってただろ、危ないからこっちに戻って――

シュウ
……馴れ馴れしく話しかけないでくれ。それと、僕の名前はタケルじゃない

紅蓮寮の生徒A
え……? タ、ケル……?」

ケイスケ
あはは! 無駄無駄。彼はもう君たちの知ってる温いヒーローじゃないんだよ。ね、ユウマくん

ユウマ
ハッ、当然だ。如月の一族が、空を飛ぶ程度で手こずるわけねえだろ。三次元の立体機動は暗殺の基本中の基本だからな。おい秀、見せつけてやれ

シュウ
言われなくても。……【如月流・風穿ち】

シュウが箒の柄を軽く指先で叩いた瞬間、凄まじい風圧と共に、彼の身体が文字通り『光の速さ』で上空へ急上昇する
紅蓮寮の生徒B
な、なんだあのスピードは!? あいつ、今まで飛行術はクラスで一番下手だったはずだぞ!?

紅蓮寮の生徒A
まるで風そのものと一体化してるみたいだ……! 追いつけねえ!!

遥か上空、雲の切れ目でピタリと制動し、静止するシュウ
シュウ
……これで静かになった。さて、ケイスケ先輩。他寮の雑音を遮断するために、少し結界を張るよ

ケイスケ
え? 空中で静止しながら結界術? それって高等魔術――

シュウが片手をスッと差し出すと、彼を中心に薄紫色の強固な【暗殺防音結界】が、詠唱もなしにサラッと展開される。紅蓮寮の叫び声が完全にシャットアウトされる
ケイスケ
うわ、本当にサラッと張っちゃった。しかもこの結界、外からはボクたちの姿が歪んで見えなくなる隠密仕様だ……。やっぱりシュウくん、飛行も魔術もクソ上手いね!

ユウマ
ククク、今までこの実力を隠して下手くそなフリをしてたんだから、大した役者だよ。これなら上空で誰かを『事故死』させるなんて朝飯前だな

シュウ
当然だ。僕が本気を出せば、この学校の教師全員がかりでも僕の飛行術には追いつけない。『あの方』の計画を邪魔する者がいるなら、この結界の中に引きずり込んで、上空数千メートルから跡形もなく墜落させてあげるよ

ケイスケ
頼もしすぎるねぇ。……あ、結界の外で、青の寮(蒼天寮)のイツキくんが、ボクたちの急な実力の変化を怪しんでこっちを見てるよ。レンくんのスパイ活動も気になるし、どうしようか?

ケイスケ
それじゃあ、ボクはちょっと一人で青の寮の様子を見に行ってくるね。レンくんのスパイ活動が上手くいってるか気になるし。二人とも、あんまり派手に暴れて結界を壊さないでよ?

ケイスケが箒を操り、サラッと結界を抜けて下降していく
シュウ
……行ったね。さて、神代の兄貴。ケイスケ先輩が戻るまで、ここで大人しく飛行術の授業が終わるのを待つか

ユウマ
おい、秀

シュウ
何だい、兄貴

ユウマ
お前、さっきの空中での立体機動、それからこの結界の張り方。如月を逃げ出して光の世界でヒーローごっこをしてた割には、技術が一切錆びついてねえな。……いや、錆びつくどころか、名門にいた頃よりキレが増してやがる。お前、隠れて相当練習してたな?

シュウ
……毎日、素振りと魔力の練り込みだけは欠かさずやっていたからね

ユウマ
ハッ、素振りと魔力の練り込みぃ? 誤魔化せんじゃねえよ。お前が隠していたこと、俺が何個当てられるか試してやろうか?

シュウ
っ……! (箒を握る手が、一瞬ピクリと強張る)

ユウマ
まず一つ。お前、さっき箒を動かす時、左足の重心を極端に抜いてたな。あれは如月流の『無音歩行(サイレント・ウォーク)』を飛行術に応用する時の独特の癖だ。一日中空を飛びながら、どうやって相手の死角に音もなく回り込むか、頭の中で『攻撃のシミュレーション』をめちゃくちゃやってただろ。

シュウ
それは……空中での安全確保のために――

ユウマ
二つ目。お前の制服の右袖の裏……そこ、特殊な硬化魔術が組み込まれてるな? 糸を仕込むための如月特製の『絡繰り袖』だ。普通の魔法使いが、そんな暗器用の特殊魔法を制服に仕込むわけがねえ

ユウマ
そして三つ目。……お前、夜中に紅蓮寮の奴らが寝静まった後、毎日裏山に行って練習してたろ。

シュウ
……な、ぜそれを……。僕は気配を完全に絶って、誰もいない時間を選んでいたはずだ……!

ユウマ
当たり前だろ、俺も毎日、裏山に暗殺の練習をしに行ってんだよ。 同類の匂いが残ってりゃあ、いくら気配を絶とうが一発で分かるんだよ。お前が木人形の首をワイヤーで締め上げながら、どんなに嬉しそうな顔をしてたかもな

ユウマ
そこまでして、毎日毎日『人殺しの技術』を研ぎ澄ましてたんだ。……なぁ、本当のことを言えよ、秀。お前、本当は……『こっちの世界(闇の暗殺者の世界)』が、頭がおかしくなるほど好きなんだろ?

シュウ
…………

長い沈黙。結界の中には、シュウの喉から漏れる小さな、低いくすくすという笑い声だけが響き始める
シュウ
……ハハッ。アハハハハハッ!! やっぱり、神代の兄貴には何一つ隠し通せないか……!

シュウの瞳から完全に光が消え、底知れない狂気と、名門・如月流の最高峰の殺気が結界内に溢れ出す
シュウ
そうだよ。兄貴の言う通りさ……! 普通の魔法使いのフリをして、綺麗事で固められたルールに従って生きる毎日は、反吐が出るほど退屈だったんだ!

シュウ
昼間はヘラヘラと笑いながら、夜は裏山で、どうすれば一番美しく、確実に人の息の根を止められるか……そればかりを考えて、毎日ワイヤーを血が滲むほど引いていた。皮膚がヒリつくような殺気、完璧にシミュレーションがハマる快感……。僕の血は、最初からその悦びを知っているんだ。如月の一族としてね!

ユウマ
ククク……、やっぱりな。お前がどんなに正義の仮面を被ろうが、魂の底にある『人殺しの才能』と、その歪んだ悦楽の味は隠せねえんだよ

シュウ
僕は『やる』と決めたらトコトンやる人間だ。一度仮面を脱いだ以上、もう二度とあの温い世界には戻らない。……だから、今の僕は黄昏寮の中で『最高の実力者』さ。兄貴であっても、僕の邪魔をするなら容赦はしないよ?

ユウマ
ハッ、上等だ。それでこそ俺が認めた最高の弟分だぜ。あの方の計画の裏で、どっちがより多く、完璧に標的を仕留められるか……勝負だな、秀
