数ある何かの中に数えられるという事について
不満を覚えたことはないか?
私はある
数列にも、人間にも、法則にも、分野にも、集団にも、何かの集合にも
人格にも
全てのものには個性があり何か別のものがあり 全体を纏めてひとつと言われる筋合いは無いはず
全てのものには有象無象とは言い難い何かが備わり集まって出来ている
その事実は真実だ
ときにあなたは人前で何かを主張するとき
人々の顔を気にしたり
自分の振る舞いを案じたり
自分の振る舞いを案じたり
少なくとも誰の気持ちも一切考えずに言葉も選ばずに滔々と話すこと等殊更難しい
そう思うだろう
しかしあなたの心中など気にする人は少ない
たいてい興味を持たない
だから、人々は屡々こう言う
「そんな事を気にするなど無意味だ」
と
「気にしても仕方ない」「誰もそこまで気にしない」「見ていない」
と
しかし私は違うと思う
人は結局、自分を主観でしか見れない
現代社会には自身の物差しを用いらずに思考し、そこに自身は介入しない客観的な主観が気に入られる面がある
そんな中、確かに自分の外見、見てくれを主観の不安で気にする事は愚かだと思われる
しかし私は思う
あなたがあなたについて考えるそのことそのものが
あなたがあなたについて考えるそのことそのものが
あなたにとっての価値
個性、見てくれだという事なのではないか
個性、見てくれだという事なのではないか
私にも何か、何かがある、
その気持ちが、その思考回路そのものが、私を人格たるものから更に高次の存在へと運んでくれる
筈である
み
で、書き置きなんですけど今のは
み
皆様
み
参加型を番外編にしようとしてるんですよ
み
もしかしたら戦闘要素とミステリー要素が皆無になる可能性←
み
まあ珍しーのもいーですよね
み
てか今日またあの先輩来ましたよー
み
でなんかまた
み
「僕めっちゃ頭いいからさー」
み
とかぬかしたり
み
「榊クンは職員室で楽譜コピーしようとしたら好きな人が5人できたらしい」
み
みたいな意味がわからないことを言ったり
み
しまいには偶然振り上げた腕が私の顔にあたって慌ててたし
み
30分間ずっと心配されて流石に「執拗いですよ(笑顔)」って言ったら逆ギレされました
み
解せぬ
み
それでは皆様
み
ぐんないとぅでー






