なんで僕が皆さんのことをフォローしたか
僕は僕の気持ちをすこしでも多くの人に知ってもらおうと思って
僕はね中1?の時かな「起立性調節障害」になったんです
好きな人と話すことも減ってきて
その子はねとある病気を持ってたんですよ
その子は日々のストレスと虐めに耐えきれず
自殺しちゃったんです
最後に僕宛てへのメッセージが
「自分の代わりに幸せになってね」
「なのの夢一緒に叶えられなかったからなのは叶えてね」
だけど僕は叶えることも出来なかった
またこの話はいつかしようかな!
僕の家庭環境えぐ悪くて
なんで産まれてきたのかも分かんなくなるほどの
4歳で「離婚」この言葉の意味を知りました
毎日毎日部屋には怒鳴り声が聞こえて
何回も警察にお世話になって
お母さんとお父さんは朝は家にいないし
僕ね赤ちゃんの頃
わんちゃんが吠えるだけで息しなくなったらしい
当時犬猫を飼ってたから
猫ちゃんはおばあちゃん家でかってて
わんちゃんは僕の住んでた家に住んでたんです
小さな襖に散歩もできず入ってた
この話をよく小一とかからされてました
僕が生まれて無ければその子は最期まで 家族の元で笑顔で幸せに暮らせてたのに
僕が生まれてきたから何もかもおかしくなった
辛かった
泣き虫って言われたり 声をぶりっ子って言われたり 体型を言われたり
泣き虫って言われてから人の目の前で泣くことが怖くなりました
声をぶりっ子って言われてから話すのが怖くなって男だったらいいなって思うようにもなりました
体型を言われてから人前に出るのも ご飯を人前で食べるのも何もかも 嫌になりました
「無視しといたらいい」 そう思われるかもしれませんが 当日小学低学年の僕が無視することは 出来なかったんです
もうこんな時間?てすといってきます