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結婚して二年、俺たちの間に子供ができた。 名前は俺たちのから取って優にした。 室内に産声が響いた時、俺は思わず泣いてしまった。

優菜

もう、なんで優介が泣いてるの?

優介

だって、だってさあ

鼻水を啜りながら生まれたばかりの優を抱いた。

二年が経ち、優菜は看護の仕事に復帰した。 俺が育休をとり、優の世話をすることになった。

優介

優、お散歩行こうか

いや

最近こんなことばかりだ。 多分これは『イヤイヤ期』というものに突入している。

優介

さっきあんなに楽しみにしてたろ?

いーやー!

そんな怒涛な日々を過ごすこと一年。 優は三歳になり、物心というものがついてきたように思う。

優菜

優ちゃーん、おいでー

優介

優、こっちだこっち

優菜と俺、どっちに優が来るか、一度はやりたくなる夫婦恒例の真剣勝負だ。

ママー!

優菜

さすが優ちゃん、わかってるわねー

現実は時に残酷だ。勝負は一瞬で決着がついた。

優菜

優ちゃん、ほら、パパは?

いや

優介

なんでパパじゃだめなんだよお

もうお互い仕事にも復帰し、優は保育園へと通わせていた。

先生

優ちゃん、お父さん来たよ

保育園の先生に連れられてやってくる優は、毎回俺の手を無言で握る。 だけど今日は、なんだか表情が暗い。

優介

優、どうした、元気ない?

なんでもないの、早くお家帰るの!

優は強く手を引っ張って帰ろうとする。 それを見た先生が俺に声をかけた。

先生

お父さん、あの、優ちゃん、今日男の子とけんかしたんです。それで突き飛ばされて、幸い怪我はなかったのですが、私の注意不足で、本当に申し訳ありません

先生は深く頭を下げた。優は俯いたままだ。

優介

大丈夫ですよ。先生もお忙しいでしょうし、怪我がないならそれでいいですから

俺は軽く会釈して、優と保育園を後にした。

優介

どうしてパパに言わなかったんだ?

……

優介

別に怒らないから、話しても……

パパじゃ、いや!

嫌、と言うだけでそれ以上は何も話してくれなかった。 俺は心の中で落ち込みながら、優と手を繋いで帰った。

優介

優菜、俺嫌われてんのかな

優菜

急にどうしたの

優を寝かしつけた後、俺は優菜に相談していた。

優介

全然甘えてこないしさ、イヤイヤってことあるごとに言われるしさ、ちゃんとパパやれてんのかなって

優菜はくすっと笑い、俺の手を握る。

優菜

あなた、気づいてないのね

優介

え?

優菜

優ちゃん、言ってたよ

今日の出来事の真実を、俺は優菜から聞く。

優菜

パパが大好きで、心配かけるのが嫌だから、言いたくなかったんだって

優介

ゆ、優が、本当にそんなこと言ってたのか?

優菜

優ちゃんは照れ屋さんなのよ

優介

うーん、そうなのかあ

優菜

大丈夫! あんまり疑ってると本当に嫌われちゃうわよ

優介

そ、それだけは……!

どうやら本音を話すのはママである優菜にだけのようだった。 そこから数年、優は小学生になった。

優介

優、学校楽しいか?

んー、別に普通だよー

優は絵本を読みながら、俺の質問に適当に答える。

優介

も、もっと他にないのか? ほら、お友達のこととか

パパ、優、絵本読んでるから邪魔しないで

優介

わかった……

相変わらず、俺だけには甘えてこない。 またまた数年経ち、優は中学生になった。

ママ! パパの服と一緒に洗わないでって言ったじゃん!

優菜

そんなのパパが可哀想じゃない

優菜と優の会話を盗み聞きしていた俺は、聞かなかればよかったと後悔した。 そんな年の、バレンタイン一週間前。

毎年バレンタインは優菜と優が手作りチョコをくれるが、 作っている姿を見るのは禁止、と優に釘を刺されている。 待ちに待ったバレンタイン当日。

え、パパの分なんてないけど

優はそう言ったが、俺は待ち続けた。 でも、優が俺に話しかけてくることはなかった。

優菜

あなた、大丈夫? 顔色悪いけど

優介

優が、優があ……

優菜

拗ねてるの? 本当に優のこと大好きなのねえ

なんだか不公平だ。やっぱり俺は嫌われているのだろうか。

パパ

顔を上げると、優菜の隣に優が立っていた。

優菜

ママは洗い物洗い物っと

優が俺を見下げている。

優介

ど、どうしたんだ? もう寝る時間じゃ……

これあげる

恥ずかしそうに渡してきたのは、きちんと包装された手作りチョコだった。

優介

パパの分、作ってくれてたのか……!

べ、別に余っただけだから! あと、うじうじしててキモかったから! じゃあ、おやすみ!

優介

あ、優!

優は自分の部屋へと、階段を駆け上がって行ってしまった。

優菜

あら、チョコもらえたのね

洗い物を終えた優菜が戻ってきた。

優介

なんかもう、俺死んでもいいわ

優菜

全く、大袈裟なんだから

そういえば昔にも似たようなことがあった。 俺たちが高校の時、まだただのクラスメイトだった時だ。

優菜

木立くん

優介

み、皆川さん? 俺に何か用?

突如後ろから声をかけてきた当時の優菜は、 恥ずかしそうに何かを差し出した。

優菜

これ、あげる

それは綺麗に包装されたチョコだった。 見た感じ手作りのようだ。

優介

俺のために……?

優菜

勘違いしないでよね。義理チョコだから

長いツインテールを派手に揺らしながら、彼女は走って行ってしまった。

優介

優菜に似てる

俺は思い出し笑いをしながら、優菜を見つめる。

優菜

えー? そうかしらあ

優介

高校の時の優菜にそっくりだよ

優菜

あ、あの頃の話は恥ずかしいからやめてよお

優菜は、俺が高校の話題を出すと、すぐに赤面する。 三年後、優は高校生になり、卒業の日がやってきた。

優介

もう優も大人になるのか

優菜

早いわねえ

パパは卒業式来なくていいから

優はまた俺に冷たい言葉を吐く。でも、その言葉には続きがあった。

ま、まあ、見えないところにいるなら別だけど?

ますますあの頃の優菜に似ている気がする。

卒業式、優菜は優から見える位置に堂々と座り、 俺は後ろの方の席で目立たないように座っていた。

優が入場してくる。俺は手を振るが、当然気づかない。 卒業証書を代表者が受け取るのを待っている間、 優は背筋を伸ばし、姿勢良く座っていた。

卒業式が終わり、生徒は教室へ、保護者は多目的室へと案内された。 そこには生徒一人一人の保護者に向けた手紙が置いてあった。

ママ、パパ、ここまで優を育ててくれてありがとう

もうこの文章だけで泣いてしまいそうだ。

ママは料理が上手で、毎日美味しいご飯や可愛いお弁当を作ってくれたよね

優菜はもうすでに泣いていた。

パパは毎日会社に行って、優たちのためにお金を稼いでくれたよね

俺の時だけなんか違う。

悩んでいたときはいつもママが話を聞いてくれて、とても嬉しかったよ

なんか俺の思い出少なくないか?

もちろん、パパも役に立ったことあったよね

手紙の中でも俺はなぜか雑な扱いだ。 でも最後の文で、優は本当に優しい子に育ったんだと確信した。

いつもは素直になれないけど、ママ、パパ、ずっと大好きだよ。優より

もう俺たちは文章が見えないほど泣いていた。

優菜

優は恥ずかしがり屋さんねえ

優菜は鼻を啜りながら手紙の文面を読み返していた。 そうだ、思い出した。

優介

いや、『ツンデレ』だな、これは

まさか、俺の娘がツンデレなんて、ありえないと思っていたのにな。

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